- ナノ -

小平太は考えていた

何故こんなことになったのかと

小平太は戦っていた

理性と本能をフル稼働して


(私、)


それは小平太にとって至福の時間であった

そして同時に生殺しの時間でもあった

七松小平太は悩んでいた


(どうすればいいんだ?)


腕のなかで眠る鴇を抱えて、小平太は石のように固まっていた










まず何故小平太が鴇の部屋にいるのか、話は数時間前に遡る


「伊作、鴇見なかったか?」


スパン、と挨拶もなしに開かれた扉と開口一番の問いに伊作が苦笑する


「見てないよ それと、小平太 保健室は休んでいる人もいるんだから静かに開けてって言ってるだろう?」

「あ、そうだった ごめん」

「今は誰もいないからいいけどね」


目当ての人物がいなかったことに落ち込んだのか、珍しく溜め息をついている小平太に伊作が尋ねる


「鴇に用事?」

「いや、用事というわけじゃ…なくて」

「?」


歯切れの悪い回答に伊作が首を傾げると、小平太がうーんと唸って

しばらく考え込んでいたが、溜め息をついて、実はと口を開く


「鴇、最近働きすぎてないか?夕べも布団で寝た形跡がないんだ」

「え、そうなの?」

「朝も昼も夜もずーっと委員会室で仕事仕事仕事… 部屋に帰ってきた様子もほとんどない」

「…それ、いつから?」

「私が知ってる限りじゃ、今日で5日目」


小平太の言葉に伊作も思わず眉を顰める

仮眠はとっているだろうが、そんなもの身体にいいわけがない

昔から鴇はそういった無茶をすることが多い

確かに今は一番忙しい時期であるだろうし、倒れることこそないから最低限の自己管理はできているのだろうが、あの年で忙殺なんて洒落にならない

聞いてしまえば、気になってくる

どうしたものかと考えていれば、視界にあるモノが飛び込み1つの案が思い浮かぶ


「小平太」

「?何だ?」

「鴇の部屋で待ってなよ 多分3時間後、いったん部屋に戻るだろうから」

「?何でそんなことわかるんだ?」

「ふふ、秘密 でも予言してあげる」

「?そうか、なら待ってる!」


細かいことは気にしないのか、えらく自信満々に伊作が断言したからか、コクリと頷いた小平太がじゃあと退室する

ひらひらと手を振って、伊作はさてと、と腰をあげた

もう少ししたら、鴇がやってくる

今日は保健室の在庫状況を調べると前から約束をしていたのだから


(見ては、ないものね?)


騙すような形になった小平太に申し訳ないと思いながら、伊作は手元の薬草をすり鉢に放り込んだ

来ると言えば、まず小平太と鴇がここで揉めるだろう

そんなのは非効率だし、自分だって鴇に用事がある

それを終えてからで十分だろう


(ちゃんと鴇をそっちに送るからね)


ゴリゴリと急に調合を始めた伊作に、部屋にいた乱太郎は首を傾げるばかりであった







さて、小平太は伊作に言われたとおり、鴇の部屋で彼の帰りを待っていた

本当は人の部屋に勝手にあがるのはよくないのだろうが、鴇と小平太の仲だ 

部屋の書類を倒してしまった時は流石に怒られたが、勝手に部屋に入って鴇が怒ったことはない


(鴇、)


ぐるりと部屋を見渡せば、普段はきっちり片付いている部屋も所々畳の上に書類が散らばっている

これを見ると鴇が今どれだけ忙しいのか容易に想像がつく

鴇は1人部屋である

彼の生活リズムを把握している人間が実質的には誰もいない

基本長屋は同じ組の人間と同室になるのだが、六のろは小平太と長次と鴇の3人

流石に狭いため2室に分かれており、こうして遊びにこないと鴇とは会えない

隣同士の部屋だが、同室とはまた少し感覚が異なる


(…近くて、遠いなぁ…)


鴇と同室になりたいと思ったことはある

それでもそんな言葉を飲み込んで、小平太はずっと長次と同室暮らしをしている

長次のことだって大好きだ

だらしのない自分の世話をしっかり見てくれる長次にはいつも感謝の念が絶えないし

長次が私に聞かせてくれる本の話だって本当に面白い

私がその日の出来事を大きな声で話しても長次は煩いと邪険にしないし、静かに耳を傾けてくれる

それでも小平太にとって、鴇は特別な存在であった

長次に抱く想いと、鴇に抱く想いの違いを小平太は理解している

どれだけ鴇がつれなくても、どれだけ鴇が厳しくても、小平太にとって鴇は特別な友であった


(鴇は、覚えていないかもしれないけれど)


ゴロリと畳の上に寝転がって目を瞑る

まだ忍たまとして幼かった頃の、あの日々の記憶は今でも色鮮やかに小平太に記録されている


(鴇、早く戻ってこないかな)

「……誰、だ」

「!」


部屋の障子の向こうから聞こえた声に小平太が飛び起きる

久しぶりに聞いた声に思わず頬が緩む


「鴇!私だ!」


外から鴇が障子を開ける前にスパン!と勢いよくあける

障子が破けると怒られたって構うものか、今はそんなことより


「こへい、た か」

「鴇!?」


開けたと同時に倒れ込んできた人影を慌てて小平太は抱きとめた

何が起こったのかはよくわからないが確かにこれは鴇だ 

自分が鴇を見間違うわけもないし、匂いも鴇だと告げている

ただ、鴇から抱きついてくるなんて珍しすぎる

流石の小平太もその異常事態に気付いて鴇の顔を覗き込めば、鴇の眉間には皺が寄っていた


「鴇、どうした 苦しいのか?」

「ちが、う 眠い…」

「へ?」

「い、さくに 薬、盛られ…」

「鴇!?」


1度大きく身体を痙攣させて鴇が全く動かなくなった

ズルズルと落ちていこうとする身体を慌てて掴みなおせば、静かな寝息が聞こえてくる

元々の疲労と伊作の睡眠薬が乗じて抵抗できなくなったようだ


(おお、やるな 伊作)


保健室での台詞はこのことだったのかと理解して、完全におちた鴇をよいせと抱き上げ障子を閉める

鴇の方が少し背は高いが、身体つきは自分の方が逞しい

簡単にもちあがる鴇の身体を少々呆れながら、小平太は布団まで運ぶことにした


(あ、れ?)


いざ布団に運んできたものの、そこからどうすればいいのかわからない

いや、寝かせればいいだけだろうと留三郎のつっこみが聞こえてきそうだったが、小平太にだって理由があった


(外れん…)


倒れ込んできた拍子に小平太の服の胸回りを掴んだ鴇の指がほどけないのだ

力任せに引っぺがすのもできなくはないが、指先だけに折れそうで怖い

どうしたものかと指先を触れたり離したりしていれば、それが気持ち悪かったのか鴇の指が離れた

望んだことだったが、それが寂しいようなほっとしたような

モヤモヤとした気持ちが小平太を襲ったが、まあいいかと鴇の身体を倒そうとした次の瞬間であった


「う、ぁ?」


今度はするりと鴇の腕が小平太の首に回される

いつも鴇の胸に飛び込み、首にしがみつくことはあっても鴇からそんなことをしてもらったことはほとんどない

一瞬何が起きたかわからずに呆けていた小平太であったが、理解したと同時に身体がカッと熱くなる

慌てて離れようとしたが、想像以上に腕はしっかりと小平太に絡まっていて容易に抜け出せない


「鴇っ…」


弱り果てて思わず鴇の名を呼ぶが、鴇は深い眠りについてしまっている

バクンバクンと馬鹿みたいに心臓が鳴って痛い


(…駄目かもしれん)


普段の暴君はどこへやら、クラクラと目眩を覚えて小平太は溜め息をついた















鴇が眠り初めて1時間、ようやく小平太も現状に適応し始めた

外れないものは外れないし、こんなに鴇を間近で独占できる時間なんて滅多にないのだ

この機会を小平太はありがたく受容することにした

壁に背を預けて鴇を膝の上へと乗せれば体勢は安定

まだまだ夜は冷えるため、布団をたぐり寄せてすっぽりと2人でかぶる

自分の腕のなかで熟睡する鴇の顔を覗けばまた少し心臓が痛む


(…また、無理したなぁ)


うっすらと見える隈は化粧で隠しているのだろう

今ならどれだけ見つめていても怒られないし、今ならどれだけ触れても怒られない

はらりとほつれた髪に指を絡めれば、柔らかさにするりと落ちる

流れるような灰色の髪に指を通して梳けば、指先が冷たかったせいか、熱を求めて鴇が甘えるように擦り寄ってくる


(猫みたいだ)


首元に埋められた鴇の口から零れる吐息が肌を撫でる

ぎゅうっと抱きしめても今の鴇は私を押し返さない

いつからか、これだけの距離でいることに鴇が抵抗するようになったのは


「鴇、私最近寂しいんだ」


もう少しだけ、と腕に力を込めて、鴇の首元に小平太も顔を埋める

鴇が深い眠りについていることを利用して、思わず愚痴をこぼす


「鴇は格好いい 勉学も、実技も何でもできて、」


本当に格好いいのだ その落ち着き払った態度も、穏やかな性格も何もかも


「皆が鴇を頼る その信頼を裏切らない鴇は凄い」


自慢の友だ どこにだしても恥ずかしくない、絶対的な人

それなのに

それなのに、


「どうしてだろう 学年があがるにつれて、鴇を遠くに感じるんだ」


一緒にいられる時間が減った気がする

一緒に笑い合う機会を逃している気がする

昔は食事だって当たり前のように一緒にとったし、鍛錬だって毎日毎晩、私と長次と鴇でやった

横を見れば鴇はいたはずなのに

いつだって私を優先してくれて、私を甘やかせてくれたのに

私のことは全て鴇に聞けと言う先生方の言葉を、私はみっともないと思わずに嬉しいと思っていて

ある意味、これが絶対的な私達の関係だと思っていたのに

いつの間にか、鴇との距離があいてしまった

後輩に慕われる鴇を誇りに思うのに鴇に甘やかされる彼らに嫉妬する

鴇が鉢屋を頼るのだって気に入らない

鴇が綾部を追い払わないのも気に入らない

鴇が黒木の煎れた茶を美味そうに飲むのが気に入らない


(そんな些細なことに苛立つ私が、私は一番嫌になるのに)


あんなに柔らかい笑顔、簡単に他の奴にやらないでよ

あんなに優しい声で、他の奴を甘やかせないでよ

こんな細かいことを気にするような自分ではなかったはずなのに


(ドロドロ、する)


鴇を閉じ込めたいわけじゃない

鴇をこんな汚い感情で独占したいわけではないのに


「鴇、」


ぎゅうぎゅうと鴇を抱きしめても遠くに思える

こんなに近いのに、すごく遠い気がする


「たすけてくれ、鴇」


寂しい、寂しいのだ 

いつから鴇は皆の鴇になったのか

いったいいつから、私の鴇じゃなくなったのか

年を重ねるにつれて、距離が開いていくというのなら、私は大人になんてなりたくない

もう子どもでないのだから、少しは体裁を気にしろと言うのなら、私はずっと今のままがいい


「こ、へいた?」

「!」


突然聞こえた声に、びくりと身体が跳ねる

思わず確認するように胸元を覗けば、虚ろな表情の鴇が私をじっと見つめていた

とろんとした目を見れば、まだまだ薬が効いているのがわかる


「ど、した?」


その声があまりにも穏やかで、妙に自分の心臓に響いて小平太の身体のなかに何かがこみあげる

そして、ほろりと零れた私の涙を鴇の指がそっと拭った


「悲しいことでも、あったか?」


また少し眉間に皺のよった鴇を見て、慌ててゴシゴシと目を擦った


(嫌だ、呆れられたくない)


赤くなるから止めろ、と鴇が私の腕を掴む

どうしたと問う声が優しすぎてまたジワジワと涙が浮かんでしまう


「鴇、」

「うん?」

「鴇っ…」


柔らかい視線が私を見てくれる

心配そうに、大切そうに


「長次に、叱られたか?」

「…………っ」

「後輩に、無茶なトレーニングでも強いてしまったか?」

「…………っ」


ブンブンと首を横に振れば、鴇がまた困ったように眉を潜めた

それでも優しく撫でてくれる手が気持ちよくて、溢れた感情が止まらない


「…私、か お前をこれだけ困らせているのは」

「ちがう、鴇っ…」

「私くらいだろう お前を、叱り、つけて、振り回せるのは」

「ちがう、鴇っ、私」

「…なかないでくれ こへい、た」


ぎゅうっと背に回された鴇の腕が私を強く抱きしめる

幼子をあやすように背をポンポンと撫でられて、髪をくしゃりと撫でられれば歯止めが利かなくなる

ぎゅうぎゅうと抱きしめ返せば、痛いはずなのに鴇は文句の1つも言わない


「おまえに、なかれるのだけは、にがてだよ」


ぐっと身体を引かれ、布団の上に倒れ込む

流れに身を任せていれば、鴇が私の頭を胸元に抱き込んで目を瞑る

薬に抗えないのか、またウトウトし始めた鴇に抱きつき返す


「鴇、」

「すまん、ね、むいんだ こへいた」

「…そうだろう」

「おきたら…はなしをしよう…」


きっと起きたときには覚えていないのだろう

私のこんな感情も、1度眠ってしまえばきっと忘れられる

私が鴇を困らせるなんて、あってはいけない


「こへいた、」


ぎゅっと目を瞑って寝ようと思ったのに、名を呼ぶ鴇の声に目を開ける


「おまえが、だいじだよ こへいた」


それはそれは綺麗な顔で、それはそれは優しい声で

鴇は私にその一言だけ呟いて、また深い眠りについた


「私も、鴇が大事だ」


その一言が聞けたのが満足で、その一言だけで胸のなかが何だか軽くなって

小平太も深い眠りについたのであった












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(……?なんで小平太がいるんだ? あれ、いつ戻ったっけ?)

(…鴇)

(お、長次 おはよう コレ、どういう状況なんだろうか)

(…?)

(……だよな、昨日の記憶がなくてな…)

(…とりあえず、)

(ん?)

(最近働きすぎだと、小平太が心配していた)

(……そうか、ありがとう 大分すっきりした)

(礼なら、小平太に言ってやってくれ)

(ふふ、そうだな)






うちのサイトの小平太はメソメソしててすみません

鴇がツンツンしすぎてて、その反動でこんなことになっています。

普段はいけドンですが、実はいろいろ考えてるって設定が好きです。

他所様のいけいけドンドンな男前暴君、大好きです


小平太や長次とのはじめましてシーンはまた別のお話で書きたいと思ってます

11_近くて遠くなったキミへ



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