- ナノ -

裏裏山から聞こえてくる鶯の鳴き声に春の到来を感じる

部屋に篭もりきりだと何かと根をつめすぎてしまいそうで縁側で資料を読み漁っていたのだが、逆効果となりそうだ

ふわ、と小さく欠伸をして眠い目をこする


(しかし、予算が足りん…)


鴇の手元にあるのは生物委員会の年間計画書と予算案

生物委員会委員長代理の竹谷がチェックしてほしい、ともってきた今年度の予算案である

生物委員会は人数こそ多いものの、竹谷以外は下級生だ

五年の竹谷が委員長代理、三年の伊賀崎孫兵を除けばあとは一年生が四人

面倒見がよく、懐の広い竹谷は一人でせっせと働いているが、こういった事務類になるとやはり不安が残るのだろう

申し訳なさそうに予算案を見てくれないかとやってきた彼を無碍に返すほど、鴇も鬼ではない


「おつかれのところ、本当に申し訳ないっす」

「いや、すまん 不謹慎だった」


資料が足りず、追加でもってくるよう指定した書類をもってきた竹谷が欠伸をしていた鴇に苦笑する

竹谷自身も鴇の目の下に浮かんでいる隈に気付いているようだ


「どう、ですか?」

「うん、よくまとまっている 見積もりもそんなに大きく外れちゃいない」


こういった予算案は過去数年の実際に要した経費と節約できた経費などをもとにある程度は推測でたてるものだ

生物委員会の場合、動物達の餌代や定期検診代など決まった出費が多い

過去実績から竹谷が導きだした数字も良い線をいっていると素直に思う


「よっし!」

「ただなぁ、籠も飼育小屋も大分古くなってるだろう」

「へ?ああ、毎回修理しながら何とかやってるんですけどね」

「私個人の気持ちとしては、飼育小屋くらいは建て直せる予算を申請したいなぁ」

「マジですか!?」

「ん、大真面目な意見だ」


今年は一年生が四人も入った

こんな言い方をしてはなんだが、虫や動物に逃げられる率はあがる一方だろう

竹谷達だけならはガタのきている籠などでも上手く調整して扱えたが、不慣れな一年生はまだそんな技術がない

虫くらいはどうとでもなるが、動物が逃げて回収率が下がるのは避けたいところだ


(竹谷の負担も増える一方だしなぁ…)


小屋の新築を提案すれば、竹谷の目がキラキラと期待に満ちる

ああ、これは大分我慢していたなと思えば、竹谷がもの凄い勢いで食いついてきた


「と、通りますかね?申請」

「見積もりが妥当ならな、私は有りだと思う」

「……見積もり、か」

「必要最低限の出費に抑えれば、文次郎も文句は言うまい あれだって鬼ではないからな …ん?どうした?」


うーん、とガリガリと髪をかいた竹谷に首を傾げれば、竹谷が困ったように笑う


「餌代とかなら大体の金銭感覚あるんすけど、こういったのって初めてで、妥当な金額よくわからないんすよ」

「なんだ、それなら聞けばいい」

「?誰にです?」


今度は竹谷が首を傾げれば、鴇が後ろの部屋の一室を指さした

その部屋の主に竹谷もピンと来たようだ


「ああ!今居られますかね?」

「いるはずだが、…竹谷、ここは万全の体制で臨むべきところだぞ」

「へ?」


ちょっと聞いてきますと立ち上がろうとした竹谷を制止して、鴇が笑う


「今後の委員会に関わる話だからな 協力要請をしよう」


ついてこい、と立ち上がった鴇に竹谷もはあ、と腰をあげて後に続くのであった


















「留三郎 いるか?」

「あ?鴇か?」

「開けても?」

「おう」


外からかけられた声に食満留三郎が声を返した

六年でこうやって此方の返事を待ってから開けるのは嘉神鴇くらいだ

文次郎や小平太は突然戸をあけて喚いてくるし、仙蔵は声はかけるものの次の瞬間には開けている

長次は声が聞こえないからいつも向こうが先に開けるのに毎回吃驚させられている

そう考えればやはり鴇が1番まともだと留三郎は思っている


(好きか嫌いかと言われれば、また別の話だが)


すっと開いた戸を見ながら見上げれば、鴇が静かに入ってきた


「どうした?珍しいな、お前が俺に用事があるなんて」

「いや、用事があるのは私ではないのだ」

「ん?」

「竹谷」


後ろに控えていたのか、竹谷が少し緊張した面持ちで入ってきたので留三郎も身体を起こした


「生物委員会の飼育小屋を改築したいんだが、予算の見積もりが検討つかなくてな」

「ああ、そういうことか」


食満留三郎は用具委員会委員長である

材木費や用具代、設計や必要日数などを割り出すのは委員会では日常だ

早速要件を確認し、選択肢をいくつか提示する


「ある程度の強度がやっぱり必要だからな、松や栗の木がオススメといえばオススメだな」

「入手しやすいのは?」

「裏裏山にゴロゴロ生えてるのは栗だな 松は意外と少ないんだよ」

「裏裏山か…、少し遠いな」

「そういう意味じゃスギが1番だな そこら中に生えているし、加工もしやすい」


ただ耐水性があまりなぁ、とぼやく留三郎に竹谷は素直に感心する 流石用具委員長だ


(作ってやれば、1番手っ取り早いんだが… 今溜まってる仕事との兼ね合いが微妙だな)


チラリと自分の机を振り返った留三郎を鴇がじっと見る

もう一声ほしいというのが竹谷と鴇の意見だが、それをお願いするには留三郎にとって自分達では役不足だ


(よし、竹谷 呼べ)

(うす)


悩む留三郎に隠れて竹谷が後ろ手で外にいる「彼ら」を呼ぶ

待機が解除されたため一気に騒がしくなった廊下に留三郎が怪訝そうな顔をする


「何だ?誰か、」

「「食満先輩ー!!」」


わっと流れ込んできたのは一年は組のよい子達

生物委員会1年の佐竹虎若と夢前三治郎、そして用具委員会1年の福富しんべヱと山村喜三太だ


「お、お前達 何の用…」

「食満先輩が飼育小屋を建ててくれるかもしれないって聞きまして!!」

「は?」

「すっごいですね!食満先輩、小屋も建てれるんですかぁっ!!」

「いや、俺はまだ」

「こらこら1年生、留三郎も忙しいのだからあまり無理を言ってはいけないよ」


もう小屋を建てることが前提となっている一年生達に留三郎が慌て出す前に鴇が一旦釘をさす


「えー、作れないんですかぁ」

「用具委員長を侮ってはいけないよ 佐竹 小屋くらい留三郎の手にかかれば容易に建つが如何せん留三郎は人気者でな 仕事も多いのだよ」

「そう…なんですかぁ」


しょんぼりと項垂れる後輩たちを宥めるように、鴇がそうだと代案をたてる

何だろうか、この居心地の悪さは

鴇が気を遣って仕事を取り払おうとしてくれているのに、何かがモヤモヤする


「だから学園で建ててもらおう 学園長先生も大工のお知り合いは多いとおっしゃってたから」

「はーい」

「待て、引き受けるかどうかは俺が決める」


虎若の頭を撫でようとした鴇の手をガシリと掴み、留三郎が鴇を睨む

これはあれだ、暗に自分には力不足と言われているような苛立ち

目の前で油揚げを掻っ攫われるようなもどかしさ

そして、


「無理するな 今はお互い忙しい身だ」

「学級委員長様の忙しさに比べれば、こちとらまだまだいけるんだよ」

「修理じゃないんだぞ 改築だ」

「だからどうした 別に難しいもんじゃねえ」


そう言えば、やっぱりすごーい、と嬉しそうに笑う一年生達に留三郎も聞いていて嬉しくなる

やっぱりそうだ 後輩に頼まれたら多少無理してでもできると言いたい

これは見栄というか留三郎のプライドの問題だ


「食満先輩、食満先輩!僕たちもお手伝いしたいです!」

「おう、一年生の初仕事にしちゃ少し難しいかもしれないが俺が教えてやる」

「「わーい」」


喜三太としんべヱの喜ぶ顔を見て、留三郎の口元が緩む

もともと子ども好きな留三郎は新しく入ってきた三人の一年生にぞっこんなのだ

多少の忙しさと引き換えに、委員会内の交流だって深められれば一石二鳥というやつだ


「ならば飼育小屋に関しては、見積もりから任せていいか留三郎」

「おー どうせ文次郎が費用がかかるなら見送れって言うんだろ?なるたけ抑えてやるよ」

「だそうだ よかったな、生物委員会諸君」

「ありがとーございます 食満先輩!!」


わーい、と飛びついてきた一年生達にデレる留三郎を見て、後は任せるかと鴇は静かに退室する

パタリと障子を閉め、思い通りになりすぎた状態になんだか恥ずかしくさえ思えてきた


(…チョロすぎるぞ 留三郎)


予算を1番抑えるのはやはり自作に限る

しかし、竹谷が一人で小屋を建てるには技術も人手も足りない

そうなると餅は餅屋、用具委員会に委託するのが1番早くて確実だが留三郎の承認がなければ予算だって大きく変わってくる

了承を得る鍵は一年生

五年の竹谷では留三郎の心をくすぐるには如何せん役不足だったのだ


「嘉神先輩!」


後を追ってきた竹谷に鴇が振り向けば、竹谷が嬉しそうに笑う


「本当に、ありがとうございました」

「よかったな 持つべきは可愛い後輩だ」


ハイ!と頷いた竹谷に鴇も笑う


「今年も、期待してるぞ 竹谷」

「頑張ります!」


鴇だって下級生は可愛いが、この苦労をし続けている5年生だって可愛い後輩だ

特に竹谷と久々知には肩身の狭い思いをさせているし、彼らが六年に気を遣っているのだって知っている

委員長会議の会場設定や茶の準備まで頼まずともしてくれる彼らは優秀な後輩だ


(これくらいは、手伝ってやったってバチは当たるまい)


深く頭を下げる竹谷の肩をポンと叩いて、鴇は自分の可愛い後輩たちのもとへと戻ることにした





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(黒木、今福 お茶しよう)

(お茶、淹れます)

(んー、今日は私が淹れたい気分だから座ってて)

(鴇先輩?何か良いことでもありましたか?)

(いや別に?ただ、後輩っていいなと思ってね)

(????)



07_持つべきは可愛い後輩である



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