- ナノ -

平滝夜叉丸は困っていた

普段から同室の綾部喜八郎に困らせられることも多かったが、また別の意味で困っていた


「どうしたものか…!」

「…いっそ、滝夜叉丸先輩が一から作り直した方がいいんじゃないですか?」

「いやいや、三之助 いくら優秀な私であっても、そこまででしゃばりすぎると美しいを通り越して要らぬ苦労を背負うはめになる」

「おーい 滝夜叉丸!三之助!バレーするぞー!!」


校庭からブンブンと手を振っている我らが体育委員会委員長の七松小平太の声に、適当に愛想笑いを返す

机の上に広げた書面は、乱雑な書き殴りが並んでいる


「しかし…、これを流石に提出するわけには、」

「邪魔するぞ」


突然割って入ってきた声に、滝夜叉丸がはっと振り返る

あまり訪問者もいない体育委員会に来た「その人」の用件が滝夜叉丸にはひとつしか思いつかない


「あー 鴇先輩、庄左ヱ門」

「金吾」

「やあ、皆本 元気かい?」

「はい! 鴇先輩 また剣術を教えてください!!」

「私でよければ、いつでもおいで」


よしよし、と髪を撫でれば嬉しそうに金吾が頬を赤くして笑う

適当な挨拶もそこそこに鴇の視線は完全にこちらを向いている


「嘉神先輩っ…」

「邪魔するぞ 平」

「!鴇っ!!」


一瞬で匂いでも嗅ぎつけたのか、外にいたはずの小平太がもの凄い勢いで走ってくる

今は、今だけは逃げたほうがいいのではと滝夜叉丸は思うが、そんなこと小平太が気づくはずもない


「ひっ!」

「平、それを見せろ」


そんな姿を気にも留めず、差し出された手に滝夜叉丸は条件反射で紙を、次の体育委員会の予算案もどきを手渡した

本当なら委員長である小平太に一言断りをいれるのが筋だが、鴇の目が大分据わっているため仕方なしだ

これでも、どちらに着いたほうが犠牲が少ないかわかっているつもりだ


「鴇っ!珍しいなっ!!一緒にバレー、ぶっ!!」

「小平太、聞きたいことがあるのだ」


鴇に抱きつこうと飛びかかった小平太の顔面には、ボールがグリグリと押しつけられている

べちゃりとあと数十センチのところで鴇に届かなかった小平太が涙目で彼を見上げれば、鴇はとても綺麗な顔で笑っている


「?なん、だ? 鴇、痛い…」

「予算案、これは冗談だよな?」


一番聞きたくない言葉が大好きな親友から発せられ、小平太の身体が大きく跳ねた

よくよく落ち着いてみれば、鴇の目は据わっている


「妙な噂を聞いてな、心配になって来てみたんだ 体育委員会は今年、年間計画書もろくに作らず、その場の勢いで予算を奪い取るとな」

「…えっと…………」

「私もそんなわけあるかと思っているのだよ 小平太はそんなその場任せのやり方を私がどれほど嫌うか十二分に承知のはずだからな」

「…………っ…」

「体育委員長になった今年、小平太はさぞ気合いを入れて予算案を作成するはずだと まさか後輩達を困らせるような真似はしていないと」

「………………」

「返事はどうした 小平太」


足を組み、ニコリと笑う鴇のドスの利いた声に小平太がビクリと肩を震わせる

もともと、このように頭を使わねばならない事務が小平太は大嫌いであった

よくわからないし、手続きがどうのと文句を言う文次郎の言葉も全部力で押し切ってきた

今年ももう直接交渉で挑もうと思っていた矢先、どこの誰が鴇に知らせたのか


「後輩を睨むのは筋違いだぞ 小平太」

「しかし、鴇 私は」

「言い訳をするお前は、嫌いだ」

「嫌いとか!簡単に言うな!!」

「好きでもないものを、嫌いと言って何が悪い」

「私は鴇が好きだ!!」

「話を逸らすな 小平太 私は委員長の仕事を放棄しようとしているお前を軽蔑しにきたのだ」


鴇だって小平太がこういった事務が嫌いで苦手なのは充分知っている

細かいことを気にしない小平太が、1人で予算案を作成できるとは正直思ってもいなかったし、それでもいいと思っている

人には向き不向きがある それを誰かが補って成り立つのであれば、それはその形で充分だと鴇も考えている

ただ気に食わないのはそれを小平太が放棄に近い形で諦めたことだ


「お前がこういったものを作るのが苦手なのは知っているよ」

「……………」

「だからといって、これは作らなくてもいいものか?」

「………駄目、だ」

「そうだ、歴代の委員長達が皆、必ず通ってきた道であり、これが学園のルールだ」

「…………でも、」

「お前のソレを目の当たりにしながらついていかねばならない後輩たちをお前はどうするつもりだ」

「…………う、」

「私が散々ソレに泣かされてきたのを、お前は知っているのに?」


その言葉に小平太ははっと顔を上げたが、すぐさま気まずそうに顔をそらした


「……でも、よくわからんのだ…」

「1人で作れとは言っていない 平だって次屋だって時友だって予算会議がどれほど大変なものかは知っている 皆本だって手伝う気は充分あるはずだ」

「………………」

「それでも不明な点、不安な点があれば私のところにもってこい 私がお前の質問を拒んだことがあったか?」

「な、い」

「そうだ 夜中でも朝でもいい お前が困っているのなら、私は助けてやりたいと思うよ」


本当か、と尋ねる小平太に、勿論だと当たり前のように鴇が返事をする

うー、あーと唸りながら小平太が小さな声で呟く


「できたら、褒めてくれるか?」

「なんだ、ソレ まぁ、いいよ褒めてやるよ」

「私に構ってくれるか?」

「よくわからん対価だが、構わんよ」

「…わかった やって、みる」

「そうしてやってくれ」


凍り付いていた空気がふと緩めば、緊張に固まっていた滝夜叉丸や次屋達もふうっと息を吐いた

ぎゅっと鴇の腰に抱きつく小平太の上で、鴇が小平太にわからぬよう矢羽根を飛ばす


(すまんな 手のかかる委員長で)

(いえ、私達の方こそ、ご心配おかけしまして)

(やれば出来る子だから、よろしく頼む)


こうして体育委員会も予算会議までにはなんとか予算案を作成することができたのであった







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(お、おかえりー 庄ちゃん)

(どうだったー?七松先輩フルボッコされたー?)

(いえ、完全な調教でした)

(?)


珍しく興奮したように頬を上気に染めて熱く語る庄左ヱ門と普段通りに仕事を始める鴇に5年生コンビが首を傾げる


(黒木、お茶が飲みたい)

(はい!ただいま!!)

((…庄ちゃん、何を見たんだろう…))


06_絶対関係



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