- ナノ -

春は何かと行事が多い

新入生の入学に、長屋の部屋の移動、下級生の春の演習という名の遠足に 進発宴会という名の花見 そして


「今年もこの時期が来たか」

「何ですか?」


一枚の紙を持ち、難しそうな表情をする鴇の手元を鉢屋が覗き込む


「ああ、今年の予算の決裁書だ」


忍術学園は基本方針を学園長が決め、細かい規則や考慮点については教師達がおおよそ決め、あとは生徒達へと丸投げされる

それは生徒達自身で上手く処理できるよう自立心を養うものでもあるし、ある程度の自由を残してくれているからだ

しかしこの予算については毎年頭の痛いところである


「予算については、会計委員会で割り振りを決めるのではないのですか?」

「よく知っているね その通りだ」


同室の団蔵が初めての予算会議が近づいていることに興奮していたことを思いだして、庄左ヱ門が首を傾げる

自分の独り言に視線が集まってしまったことに苦笑して鴇が良い機会だと資料を並べる

庄左ェ門と彦四郎には難しそうに見えるものばかりだ


「各委員会への割り振りを決めるのは完全に会計委員会の仕事 私達、学級委員長委員会も来月の決戦に向けては、心してかからねばならない」

「えー 学園長先生に直接交渉したらいいじゃないですかー」

「尾浜、それは駄目だと去年も言っただろう 真っ当な筋から申請せずに横からかっ攫うような真似はしたくない」

「またまたー、それは建前なくせにー」

「まあ、文次郎を論破して予算を多く取れてしまうのは仕方がない 言い負ける奴らが至らないのだから」


ふふ、と静かに笑う鴇に三郎の背にぞくりとした何かが駆け上がる

そう、自分は2度 歴代の会計委員長に膝をつかせたこの人の正面突破を目の当たりにしている

あの時の空気はそれは恐ろしかった

なんたって、上級生をぐうの音もでないまでに説き伏せたあの時の鴇は完全に目が据わっていた

あれは、普段上級生から理不尽な物言いに耐えていた反動だったのだから



「…っと、話がそれたな」


いかん、と学級委員長委員会の予算申請案の資料を横に避けて、本題の資料を鴇がすっと前に出した


「これが学園長先生から提示された今年の基本方針」

「…全学年、基礎体力の向上と用品の備蓄確保?」

「去年は風邪が流行ったろう?」

「ああ、そういえば」

「まあ、仕方がないと言えば仕方がないんだが、やはり身体が資本だからな だからこれは体育委員会に今年の活動方針として提示せねばならん」

「…体育委員会に、ですか?」

「まあ、小平太にこのまま体力をつけられる行事を考えろというと毎日裏裏裏裏山までのマラソン大会になるからな ある程度の企画は此方でしておかねばいけないだろう」

「この消耗品の備蓄確保というのは?」

「保健委員会の救急道具、包帯、薬 全般的に不足しているって去年の報告であがってきていてな 予算を勝ち取れない保健委員にも非はあるが、いざという時に治療できないというのは死活問題だ」

「あと火薬委員会の火薬や銃、炭もですよね 去年は寒かったから炭もほぼ使い切ってしまいましたし」

「お、よく見てるな 鉢屋 まあ来年はコレもお前達の仕事になるからな、今年はしっかり手伝ってもらうぞ」


要するに、各委員会が通常の活動を行うための予算を計算するこの時期に、学級委員長委員会では学園全体の1年間の活動計画を立て、それを各委員会が計上できる形にまでもっていかねばならないということだ

なんというか、親みたいなことをしてるなと庄左ェ門は思った


「あと、これが食費に充てられる予算 おばちゃんにも確認したんだが、やり繰りは学園の方でしていただけるらしいが、やはり肉や魚の確保は値が張るから難しいようだ」

「去年は下級生達の遠足で魚釣り大会をしたり、兵庫水軍の方達に交渉して大分確保できましたよね」

「あれ、でもお肉もちゃんと出てたと記憶してるんですけど?」


首を傾げた勘右衛門に、三郎が渇いた笑いを発する


「知らないのか 勘右衛門 そこは六のろの先輩方が熊やら猪やらを狩ってきてくださったんだよ」

「へー さっすが…って熊!?」

「美味かったろう?」


ニコリと笑う鴇に、凄いです!とキラキラした眼差しを向ける彦七郎と庄左ヱ門

今年も美味いもの食わせてやるからな、と鴇が笑えば嬉しそうに笑う一年生2人


(いやいや、ちょっと待ってよ 熊?)

(ああ、勘右衛門は長期のお使いに行ってたから知らなかったよな 七松先輩と委員長がふらりと山に入っていってな 冬眠する前の丸々肥った熊を半日で獲ってきた)

(……素手、で?)

(そんなこと怖くて聞けるか ただ1人1匹の予定だったが、同時に2匹もとっても腐らせるからということでやむなく1匹になったそうだ)

(何ソレ 超怖い)


ヒュンヒュンと矢羽根を飛ばしている五年生に気付いているのかいないのか、まあそこらへんはまた今年も同じ対策をとるかと鴇が適当に処理をする


「しっかし、なかなか終わらないよなぁ…」


思わず零れた鴇の愚痴

それにハッとして最近うっすらと目の下に隈が浮かんできた鴇を心配そうに一年生が見上げる

学級委員長委員会は普段は学園長先生の指示がなければ基本動かないとは聞いていたが、それは行動の話であって、学園の生徒代表でもあるようなこの委員会は上級生の仕事がとんでもなく多い

企画・運営はもちろん、普段は目安箱なる意見投書箱を設置しているためそこに寄せられる苦情や問題にも実は対応している

縁の下の力持ちというか、完全に基礎土台の部分である


「よし、時期としては予算会議前だ 各委員臨戦態勢に入ってくるからな 小競り合いが増えると思うので、各自注意しておくように」

「「はい」」

「尾浜と鉢屋、今年は委員長委員会の予算案をまとめて私に提出」

「…会計委員長との交渉も?」

「やってみたいなら穴のない予算案を作ってこい 問題なかったら文次郎に挑ませてやるよ」

「「御意」」


ニヤリと笑った鴇に三郎と勘右衛門もニヤリと笑う

必要な資料を適当に五年に渡し、思い出したようにいくつかの文を懐から鴇が取り出した


「今福、少しおつかいを頼まれてくれ これを保健委員と用具委員、生物委員に届けてほしい」

「委員長に渡せばいいんですね」

「ああ、生物委員は委員長がいないから竹谷に渡してやってくれ」

「はい」

「さて、黒木 暇か?」

「僕におつかいがないのであれば、そうなります」

「ふふ、よし、私についておいで」


立ち上がった鴇に勘右衛門が口を開く


「鴇先輩、どこ行くんですかー?」

「予算会議前だというのにな、予算案を作っていない馬鹿がいるんだと」

(ひっ、)


酷く冷たく笑った鴇に勘右衛門も思わず息をのむ

一体どこの委員会だ そんな無謀で愚かなことを、


(あ、)

「先輩としての自覚が足りないようだからな 躾なおしてくる」

「体育委員会の七松先輩ですか?」

((庄ちゃん!!))


気付いても名前をだすことに抵抗のあった三郎と勘右衛門の思いをぶちやぶるかのように、庄左ヱ門が鴇に該当する者の名を尋ねる


「そうだよ 黒木は賢いね」

「あり、がとうございます」

「はは、照れてる?可愛いなぁ」


書類くらい持ちます、と両手を出した庄左ェ門に、ありがとねと半分資料を渡した鴇が部屋を後にする

そんな2人の気配が遠ざかるなか、三郎と勘右衛門がぼそりと呟く


「七松先輩、死んだな」

「庄ちゃん…末恐ろしい子…」


あの冷たい笑いが自分達に向くことのないように、三郎と勘右衛門は早速予算案作成にとりかかるのであった





----------------------------------

(黒木、今日の委員会の話、ついてこれたか?)

(少し難しい言葉がありましたけれど、何となくは)

(今の五年がいるうちに、学べるものは学んでくれ 次の代がお前と今福まで飛んでしまうのが心配だ)

(鴇先輩が、)

(ん?)

(鉢屋先輩や尾浜先輩のことみたいに僕らを信じてくださるなら、僕はその期待を裏切るつもりはこれっぽっちもありません)

(…言うね こりゃあ、うちも安泰だ)


05_後輩指導



prev | next