二十七日の朝。
朝食を貰うため大広間に向かう俺を、絵画の中から誰かが呼び止める声がした。

『校長たちに聞いたの、リーマスの体調がよろしくないんですって?』

歩きながらでいいわよ、と言ったバリ侯爵夫人は、渡り廊下の額の中をひょいひょい移動しついて来た。

『――きっと昔のことを思い出して少しナーバスになっているでしょうから、あなたは気を確かにね』
「…昔のこと?」
『貴方のお母様、マリアが亡くなったのは彼が満月明けに体調を崩されたときだったの』
「…」

母さんのことは、正直言うとあまり記憶に無い。彼女は俺が三歳を迎える前に急逝したそうだ。

『…もしかして、深く入り込みすぎたかしら。ごめんなさい』
「いや、」
『では此所で失礼しますわ。シリウス、よい休暇をね』
「どうも」

ドレスをつまみ会釈した彼女は慈愛の眼差しで俺を見ていた。ダークブロンドの縮れたロングヘア。整った顔立ち。色を変えれば母さんに似るのだろうか、ふとそんなことを考えた。
廊下が切れ、大広間につく。縮小されたテーブルが教授陣のテーブルとくっついていた。

「おはようブラック」
「おはようございます」
「今日の煙突飛行は私の部屋の暖炉を使うよう、ダンブルドア先生に頼まれました」
「よろしくお願いします」
「はい」

マクゴナガル先生はそう言ってテーブルから立ち上がり、では後でと大広間を出て行った。
俺は適当な場所に腰掛ける。現われた取り皿とグラスに一通りメニューを並べていると、目の前の席に黒い男が颯爽と腰を下ろす。

「…今日帰省するのかね」
「はい」

スネイプ先生はローブの内ポケットから何かを取り出して、俺に手渡した。硝子の小瓶に、無色透明の液体が入っている。

「マダムの薬が今夜あたり切れるそうだ」
「薬?」
「一時的に熱を下げる魔法薬を処方したらしい。また熱が出るようであればそれを飲ませろ」
「ありがとうございます、」
「何かあれば梟を飛ばせ。急用でも無い限りは学校に居る」

ひとつ頷いてベーグルを口に入れた。スネイプ先生はかぼちゃの冷製スープを皿に注ぎ入れ、ローストチキンを切り分けた。要るかね?と言われたので二枚ほど貰った。
彼は父さんの幼馴染みであり、このホグワーツで同じ時間を過ごした仲間だそうだ。初めて会った(覚えている)のは、五歳のときの祖父の葬式だったと記憶している。
遠回しで誤解されることも多いが、信頼出来る人だと思う。ジェームズなんかはあまり好きじゃないようだが。

「…お前とリーマスに限って大丈夫だとは思うが」

ぽつぽつと食事を終えこの場を後にする生徒たち。一番近くの席に座る女子にも聞こえないよう、スネイプ先生の声は潜められていた。

「浅薄なことはするな」

「?…はい」
「では失敬する。大事にな」

テーブルに吸い込まれていく料理を横目で見つつ、俺はローストチキンを頬張る。スネイプ先生はやはり颯爽として大広間を後にした。





090817
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