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沈黙に満ちたリビングに立ち尽くして、十分は経ったろうか。泣きやまぬ様子のレグルスへ近付き腕を伸ばせば、彼は俯いたまま後退し小さく首を振った。
俺は今更に怖くなって、その細い手首をしっかりと掴む。レグルスは肩を揺らしこちらを見た。
「レグルス、」
「っ、兄さん…」
「…幻じゃないんだな」
「僕は、…僕は」
「すべてダンブルドアから聞いている」
語弊があるだろうか。ダンブルドアは俺に、『レグルスは死んだ』と告げた。俺が投獄され暫くたった後、闇の魔法に魅せられ――、堕ちたと。ブラック家の地位は崩壊し、屋敷とクリーチャーだけが残った。
しかしクリーチャーはレグルスの生存を知らなかった。俺が家を見限っても、俺に流れる血には抗えない。つまりクリーチャーは俺を欺くための嘘は吐けないのだ。
考えながら、ふとダンブルドアとリーマスは何処に行ったのだろうと思った。それにルーナは、未だ部屋で怯えているのだろうかとも。
「レグルス」
「…」
「寒くないか。暖炉にあたって少し待っていろ」
「…ん、」
無声呪文で暖炉に火を入れ、少し勝手の変わったソファの間を縫う。レグルスを座らせてクッションを渡せば、そっとそれを抱き寄せた。
廊下に出た直後、玄関のドアが慌ただしく開いた。
「リーマス、」
「リーマス。上にルーナが居るようじゃ。そちらを頼む」
「はい」
「さてシリウス、その様子じゃと彼は来ているのだね」
「…、」
先に入って来たリーマスはらしくもなく汗を拭いながら階段を上っていった。俺は何も訊けないまま居間へ向かうダンブルドアに着いて行く。
ダンブルドアが手を振り、シャンデリアに控え目な光が灯ると、ソファに座っていた筈のレグルスが窓際に立っているのが見えた。無意識に彼へ近付く俺をダンブルドアが手で制す。
「レグルス」
ゆらめく暖炉の火。眼下からの外灯の明りが、レグルスの頬を照らしている。
「手放しで受け入れる気はない」
「解って、ます」
「じゃが、こうして君が帰って来たことを心から嬉しく思う」
「先生。私は」
「…今は何も語るでない」
言ってダンブルドアは俺に向き直ると、彼を部屋に案内してやりなさいと告げて姿眩ましをして居なくなった。まだ片付いていない仕事があったのだろうか。
階上のリーマスとルーナは何をしているのだろう。暖炉の中で薪が爆ぜた。
レグルスは相変わらず肩を竦めている。近付けば再び避けられて心臓が痛んだが、彼が嫌悪感からしている所作でないことは明白だったので、強引にローブを引き抱き締めた。萎縮した体から確かに鼓動が伝わって、なんだか妙な気分だ。
「兄さん」
「…悪かった」
お前を置いて行ったこと。逃げたこと。構ってやれなかったこと。助けてやれなかったこと。すべて押し付けて、束の間の自由を楽しんだこと。そして。
「悪いのは僕だ」
「…」
「待てずに、……兄さんを信じられずに馬鹿をしたのは僕の方だ」
「違う」
「違わない」
捲られたローブの下。忌々しい契約の証が、皮膜の上に浮き上がっている。
「僕はきっと、召集されれば拒めない。その時が」
これが罰なのだと、そう思った。
「僕が死ぬときだ」
100122