「まってよライ!」
「ロー!飛び出さないで」
「ママ、はやく!」
久し振りのロンドンは暖かかった。
男――レグルス・ブラックは、埋(うず)もれてかすれた記憶を手繰り寄せ何とか故郷に辿り着いた。はて、家を出てどのくらいになるのだろうか。そんなことを考えながらぼんやりしていた彼は、陽がもう陰り始めたことにも気付いていない。
「おいついた!」
「つかまったー」
「ママー!」
「はいはい」
見慣れない公園のベンチで(家はこの辺りだった筈なのだが)、すっかり様変わりした町を眺めていた。
風一つ吹いていないのに、広げた新聞がレグルスの手の中で踊る。彼はそれを無感動に見下ろしながら、ひとつ溜め息をついた。
「ふたりともママがつーかまえた」
目の前を通り過ぎた双子らしき少年らを、同じく、明るいブロンドを伸ばした女性が抱き締める。無垢な笑顔にレグルスの頬が綻び、慌てて口許を隠した。
女性は目が大きく、その銀色の瞳にはまだあどけない少女のそれがある。
「あ、ママ、ローカンがね」
「ライ、いっちゃだめ」
「どうしたの?」
「"リーマスおじちゃん"のいろエンピツ、もってきたんだよ」
「あら」
ローカン、と呼ばれた男の子が、小さな背に背負っていたリュックサックを渋々下ろした。母親が中身を確認し、怯える息子へ手を伸ばす。
「もらったの?」
「…ううん。ごめんなさい」
「ローカン」
下を向いたままのローカンへ、母親はやさしく話し掛けた。ライ、と呼ばれていた男の子も、母を真似てローカンの頭を撫でる。
ぼろり、ローカンが泣き出すのと、母親がふたりを抱き締めるのは同時だった。
「悪いことだって解ったら、もういいの」
「……っママ、おこってない?」
「うん。ライサンダーもありがとう」
「かえしにいく?」
「そうね。早い方がいいわ」
「やった!おじちゃんのいえのジュース、またのめる?」
「ふふ、ちゃんと謝ってからよ」
その前にローのお顔を綺麗にしないとね――、そう言うと母親は空いているベンチを探してレグルスの方を見た。
…瞬間、眉を寄せ彼を凝視する瞳。
俺を知っているのだろうか。レグルスも女性を見つめる。
「ママ?」
「どうしたの?」
ふたりが言った"リーマスおじちゃん"。それが俺の知っている彼と、重なるのなら。レグルスの頭に、姉からのたくさんの手紙の内容がふつふつと甦(よみがえ)る。
「あなた――、」
母親がレグルスの手元を見た。不自然な動きを繰り返す新聞。
それが決定打となったのか、彼女は些か慈しむような目を向けて。
「レグルス・ブラックね?」
状況を掴めずぽかんと開口したままのライサンダーが持っていたのは、短くなった琥珀色の色鉛筆だった。
(――レグルス、姉さんに新しいお友達ができました。その子は名の通り月の精霊のような、とても可愛くて目の大きな女の子です。今度あなたにも紹介したいので、いつでも帰って来て下さい)
091215