階下でドアノッカーが数度鳴るのを聞いた。
あの危なっかしい父のことだ、また確認もせず扉を開けるだろう――、そう思い早足で部屋を出る。階段を下りながら玄関からの声がないことを訝しんで、杖に右手を添え廊下を走った。
「父さ――」
ばちん!
……なにかが破裂したような大きな音がした。角を曲がると、エプロンをつけたまま玄関に立つ父さんの背中が見えた。父さんの前に立っている見知らぬ男が、左頬を押さえてうっすらと笑みを浮かべている。
「…痛いじゃないか」
「マリアの分。…やっと返せた」
「お前の分は?」
「殴られたいなら殴ってやろうか」
「は、ごめんだね」
男がそう言い、俺に気付いた刹那。
「っ、」
目の前で起きていることがよく理解できないままに、また俺の頭はぐるぐると渦巻く思惟の海へ放り出された。
父さんが人を殴った。父さんが肩を震わせた。父さんが。
「お前の子か、リーマス」
俺以外の誰かを抱き締めた。
父さんが誰かの腕に抱かれて泣くだなんて。
(知らない)
こんな父親は知らない。彼は自分の知るリーマス・ブラックなのであろうか。
不意に足下から世界が瓦解していくような妙な感覚に、頭を横に振った。そうしてまっすぐに前を見遣る。
男は父の肩を抱きながら、俺に慈愛の眼差しを送っている。俺の中に男は居ない。幼少期に会っているのだろうか。それとも初対面なのだろうか。
男を殴った理由を、マリアの分と父は言っていた。ならば母と面識があったのか。
「はじめまして、シリウス」
男はそう言って、腫れた頬を引きつらせて笑った。
091124