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「連れ出してよ」

リーマスはそう言って、その白い手を差し出した。
俺はなにも言わずに立ち尽くしている。リーマスはまっすぐに俺を見て、暫時ののちにひとつ笑った。

「うそだよ」

ひらり、柵の向こうで身体を翻し、また困ったように眉根を寄せて笑うのだ。

「…驚いた?」

酷い顔をしているね、リーマスが心配そうに俺を見た。刹那、俺はぞくりと嫌なものを感じて振り返る。
そこには――、











「変な夢でも見たの?」

飛び起き、息の上がった俺に話し掛けたのはリーマスでも、後ろにいたアイツでもなかった。
大きな目が俺を覗き込んでいる。月明りに照らされたブロンドが、少女をヴィーラのように見せていた。
伸ばされた小さな掌に頬のラインをなぞられる。次いで首に下ろされた手がぱっと離れた。

「シリウス、熱があるよ」
「…そうか」
「うん」
「リーマスは?」

同じ部屋で寝ていたはずの彼がいない。そして、昨日父親に連れられ自宅に帰ったはずのルーナが、ブラック邸にいる。
頭痛に顔を歪めると、錠剤を差し出したルーナ。

「飲むといいよ」
「…ありがとう」
「母さんのレシピなんだ。効用は、不安を取り除き幸せを運ぶ」

ただの解熱剤だって父さんは言うけど。ルーナは言いながらコップに水を入れて渡してくれた。

「先生はダンブルドア校長と急用でお出かけ。父さんも大きな仕事が入ったから此所へ送ってもらったの」
「君のお父様は此所を――」
「嫌い?…ううん、校長が魔法を掛けてるんだもん。一番安全なのは此所だって、解ってると思う」

それにしてもよっぽどの仕事なのだろうか、毛嫌いしている男の家に一人娘を置いていくなんて。更に今夜はふたりきりときている。
己であればそんなことは出来ないと思う。大事な子供を、つい先日まで殺人鬼として名高かった男の家に預けるなど。

「シリウス」
「…」
「まだ顔色が悪いね」
「何か、言ってたか」

あの夢を見たのは久し振りだった。

「…?寝ているときに?」
「ああ」
「レグルス、って聞こえたよ」

ベッドに腰掛けこちらを心配そうに見るルーナの頭をそっと撫でる。やはり背後の男はレグルスだったらしい。

「……レグルスって、シリウスの弟?」
「兄らしいことはひとつもしてやれなかったがな」
「死んだの?」
「…ホグワーツを卒業してすぐ行方不明になったらしい。俺がアズカバンに行ってる間に、この家の所有者はいなくなったわけだ」
「…」

黙り込んだルーナの肩をぽんぽんと叩き、部屋に戻るよう言った。室内と言えど暦は冬だ。自分の風邪を移してもいけない。

「おやすみ。ルーナ」
「…おやすみ」

ルーナに与えている部屋のドアが閉まる音を聞いて、俺はまた夢の続きを思い出す。





(兄さん)

レグルスが優しいことを知っていた。一緒に来いと言うだけでは、レグルスが両親を見捨てられないことも。

(身体壊さないでね)

ひそめられた声が、俺へ助けを求めていたのではないかと今更に思う。けれど、連れて行くまでの余裕と理由がなかった。
俺はレグルスを捨てたのだ。

(また学校で、)






「…レグ――、」

「シリウス!」

ばん、と扉が開き肩を揺らしながらルーナが叫ぶ。

「だ、だれかいた、下にっ、」
「…落ち着け、大丈夫だ。ここにいろ」
「シリウス、危ないよ」

飛び付いて来た彼女をベッドに座らせて、階下に急ぐ。
この屋敷へ入れる人間は限られている。ダンブルドアの魔法を超えられる魔法使いが来るのには、未だ時期が早すぎる。
そうだとすれば。…あとはこの家の血を引く者しかいないのだ。

鼓動が早まり、脚が縺れる。ダンブルドアの話を聞いた限りは、一概に喜べないかもしれない。
それでも。

「――レグルス!」

明かりの消えた居間で、黒い男は泣いていた。





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