カウントダウン | ナノ










「いい加減やめて欲しいんだけど…」
「嫌だね」
「……何なの…」
「俺の台詞だ。こんな可愛いものが出るなんて聞いてない」

現在進行形で馬乗りになっている男を見遣る。痩せた腕は僕の髪に伸びている。正確には、そこにあるはずのないもの、へ。
その指を振り払い横を向くと、シリウスが顔を寄せて来る。閉じた瞼を唇が掠め、その上へ移動した。

「…ぁ、ちょっと!」
「へえ…」
「…やめてよ」
「その耳でも感じるんだ?」

なまあたたかい吐息に肩が揺れたのを自覚し、自由な両手で顔を覆った。意地悪く笑う恋人を睨み付ければ、誘ってる?と返された。

「猫耳みたいだな」
「…、るさい」
「可愛いですよ教授」

聞き覚えのある言葉。(…ああ、ルーナにもそう言われたんだ)

「…」
「見られるのが嫌で俺を避けてたのか?」
「べつに、」

「――本当に?」

逸らせないダークグレイの瞳。見つめれば、僕が拒めなくなることを知っている。

脱狼薬を飲みはじめて、こんな風に身体に異常が現れることはよくあった。…耳のみならず(絶対目の前の男には言わないが)、尻尾が生えてきたときは愕然とした。
セブルスには身体に変化があれば逐一報告しろと言われていたので既に知られていたが、ホグワーツ退任前にルーナにばれたのはどうにも釈明できない失態だった。その場にセブルスが居たこと、そしてなによりもルーナの考え方に助けられたとしか言えない。

「こら」
「っ、」
「俺以外のこと考えんな」
「まっ、…んん!」
「……息殺すなよ」

ただでさえ満月のせいで気分も具合も悪いというのに。いっそ噛み付いてやろうかと思惟して、おそろしい考えに寒気がした。
僕の息が上がるころ、シリウスが音を立て唇を解放する。涙の浮かぶ両目を隠すように右腕をのせれば、そっとその手を退けられた。

「…なに」

目線は合わせない。天井がやけに暗く見えた。

「今日、ここで寝る」
「だめだ」
「なんで」

聞くまでもないだろう。

「…危ないから」
「急に狼化するのか」
「……しないだろうけど、」
「じゃあスニベリーを信じろよ」
「…シリウス、だめったらだめだ」

可能性が無いわけじゃない、けれど。あのセブルスのことだ、間違いは絶対に冒さない(僕に貸しを作りたくないだろうから)と思う。
そう来ればあとは僕の過失だ。ルーナに見られたことや、シリウスが帰って来たあの晩のようなことは二度とあってはならないのだ。

――もし。隣で眠るシリウスを噛んでしまったら。

ぼろりと涙があふれるのと、シリウスが口を開くのはほぼ同時だった。

「…悪かった」
「…」
「変身すればいいだろ?」
「、ん」

罰の悪い子どものような台詞を吐いたお坊ちゃまは、僕の目尻に唇を寄せてそう言う。

「大丈夫」
「……なに?」
「これ以上悪くはならない」
「…」

何の話、と無骨に聞き返すことはしなかった。
僕らの行く末。

「ぜんぶ終わったら、ゴドリックの谷に小さい家を建てるんだ」
「…好きにしなよ」
「そこにはおまえとハリーがいる。ハリーには可愛いガールフレンドができてるかもな」

夢を語るシリウスは嫌いじゃない。でも彼の夢の中での僕は、やけに美化されているような気がする。

「おまえがミトンつけたまま俺やハリーの部屋に来るんだ。朝だよ、今日は出掛けるんだろうって」
「うん(僕はお母さんなのか)」
「――俺の罪が晴れて、変身しなくても大手を振って外出できる日が、必ず来る」
「…そうだね」

笑めば頭を撫でられた。執拗に耳を弄るその手を掴み、見つめ合う。
暫しの沈黙の後、シリウスが口角を上げて言った。

「愛してる」

ぼん、と姿を変えたシリウスを抱き締めながら、幸せな未来を想った。

(どうか神様、彼だけは連れていかないで)





091006
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