気が付いたとき僕は寝室に居た。肩を抱いて蹲った体勢で横になっていたらしい。
身体を起こすと頭がずきずきしたので、ラグにもう一度転がった。

(…十時半、)

壁掛け時計から目線を動かすと、剥れた壁紙が目に入った。ついで見たサイドチェストの上のランプが落ちて割れている。けれど窓のカーテンは閉まっていたし、…ドアも鍵が掛かっているようだ。溜め息が出た。
ダンブルドアが来てくれたのは昨日の夕方だった。先の手紙の返事に対する詫びと、シリウスは明日帰ること、そして屋敷に魔法を掛けてくれると約束して下さったのだ。

久々の狼化は不思議な感覚がした。ぼんやりとする意識の中、なぜ自分が一人なのかとそれを嘆いて吠えていたような気がする。
マリアが生きていた頃は、彼女の類稀なる才能と努力によって、僕は狼化してしまってもいくらかの安心感をもって過ごせていた。人狼薬が開発されたのはちょうどシリウスが入学して一か月後のことだったから、四年近く僕は変身していなかったのだ。その間、薬を飲んで部屋に篭りきれば僕は無害な人狼となれていた。
傍らに小さくともあたたかな命がある。言葉は操れなくとも、人間を象っていなければ襲う心配もなくて。大型の鴉に変身できる彼女の存在はとても大きな力になっていた。
シリウスが生まれて一度目の満月の晩、僕は離れの小屋でただマリアを待っていた。滾るような気持ちを静めて、床に丸まったまま高い窓を見上げる。彼女が今夜中に入って来れば、シリウスは狼化していないということ。あの晩は、いやに月が近かった。煌煌と輝いたそれに、周りの星たちが光を亡くしていて――。





「――父さん、」

思惟の深い渦の中、凛とした声が響く。
いつの間に帰宅したのだろう、ローブもそのままに肩を落とした愛息子が、そこに居た。

「おかえり、シリウス」
「…ただいま」

笑んだ頬がちくりと痛む。傷つけてしまったのだろうか。上体を起こして身体を見回すと、所々が痛みを訴えた。…右脚のふくらはぎに大きな傷があるらしい。ラグが色を変えていた。

「ごめん、お昼だね」
「…」
「今用意――、」

シリウスが膝をついたと思えば、彼は目許を片腕で押えて深呼吸をしている。ダークグレイの双眸は涙に濡れていた。

「……シリウス…?」
「救急箱持って来る」
「ああ、大丈夫だよ。自分で居間に下り――、わ!」

慣れぬ浮遊感に心臓が跳ねる。傷をさわらないよう細心の注意を込めた両腕が、軽々と僕を持ち上げている。

「シ、シリウス、下ろしなさい」
「やだ」
「…歩けるから、」
「危ない」

息子に横抱きされる日が来るとは夢にも思わなかった。しっかりした足取りで階段を下りるシリウスは、それでいて僕に振動を与えないよう慎重だった。何だか気まずくて、顔を伏せる。
居間のソファに下ろされた僕は、動くなと念を押されて大人しく俯せになった。

「父さん、熱は下がったのか?」
「…どうだろう、随分楽になったけれど」
「スネイプ先生に解熱剤貰ったから、上がったら言って」
「セブルスが?」

一通りの救急道具が入ったそれを持ち戻って来たシリウスに目線をやる。ズボンをたくしあげ、傷口を顕にすると、思い切り彼が眉を歪めた。

「痛みは」
「あんまり」
「…見たところ深いけど」
「血が酷いだけだよ」

テーブルの下から杖を取り出して(理性がないときに使ったら大変なので隠しておいた)、大方の血液を取り払う。シリウスがオキシドールの瓶を傾けて、細かく切り分けた脱脂綿にかけていく。

「滲みるよ、」

組んだ腕に顔を埋め、そっと唇を噛んで痛みをやり過ごす。びく、と足先が跳ねるのを押えながら、ただひたすら終わるのを待った。

(終わったら、二人でぼうっとしたいな)

窓の外の雪は止んでいた。雲の晴れ間から時折差す陽光がやけにあたたかかった。





090821
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