2,悋気は女の七つ道具



Name Change

時刻は20時を少しだけ過ぎた頃、駅から少し離れていて自宅から1番近いコンビニに足を運んだ。己の体には少し小さいようなドアをくぐると、ピンポンと軽快な入店音が自分を迎えいれた。入って左手にあるレジ台にふと目を向けると、店員の女と目が合った。目が合ったことに、店員は少し焦ったのか慌てて「っいらっしゃいませー」と声を上げた。そんな様子を見て少し微笑ましく思わず笑みが漏れた。

20時を過ぎるこのコンビニは、やることがあまりないのかレジに1人従業員が立っているだけだ。店員は暇そうである。なので店内で唯一動く自分を観察し、求められる行動を察するかのように、緩やかな視線を向けられている。視線を気にせずに今日の晩飯を選んでいく。
晩飯を粗方選び終えるとレジに向かう。レジでは、入ってきた時に目が合った店員がレジのモニターを注視しているのか向かってくる自分の気配に気づいていないようだ。レジ台にカゴを置く音で、客が来たことに気づいたのかモニターを見ていた目線を上げる。「こんばんは、いらっしゃいませ〜」と少し間延びした声が耳を撫でた。店員はガッツリご飯系が詰められているカゴの中身を一瞥すると、こちらに疑問をなげかけた。

「これらの商品温めますか?」

「あぁ、よろしく頼む」

その言葉を皮切りに、店員は複数ある商品を少し眺めると温めを始める。全ての商品のコードを通していきながら袋の有無を尋ねられる。袋を頼み、コンビニへ足を運んだ本来の目的を達成するために煙草の箱を手に取る。
「あと、」と声をかけると、店員は画面から顔を上げると箱に目がついたようだ。

「Peaceをワンカートン貰いたい。」

「かしこまりました。Peaceワンカートンですね〜」

了承すると後ろの煙草の棚、下の扉を開けてPeaceのカートンを探し始めた。Peaceは定位置が定められているのか迷うことなくカートンを取り出している。その間に忘れないようにPeace、Peaceと小さく呟いてるのが微笑ましい。取り出したカートンを手に取り自分に向かって確認の形をとる。カートンに目を通すと、頷くとバーコードを通す。

「すみません、御手数ですが年齢確認の方をよろしくお願いします。」

絶対に20歳を越えてる自分に対して行われる年齢確認。機械が発する年齢確認の音声を遮るようにボタンを押す。確認表示を消してから告げられた合計金額の支払いを済ませると、レジ袋に温めた物も詰められていて手際の良さに感心する。

「お箸、何膳かお付けしますか?」

「1膳つけて貰えるか?」

1膳の言葉に頷くと、袋の中に箸を入れ込む。袋の持ち手を持ちやすいようにくるくると1本にまとめあげられている。さらに取りやすいようにパーテションを避けてくれている。その気遣いに「ありがとう」と声をかけると、立ちはだかるパーテーションを避けながら手を差し込むと手と手が一瞬だけ触れ合う。外から来た自分と違い、中で動く彼女の手から温もりを感じる。ありがとうございました〜、またお越しくださいと背に投げかけられながら店を後にした。

最寄りのコンビニということもあり、仕事が1番落ち着く毎週水曜日にカートンを買っていくことが習慣となった。
初回に対応してくれた彼女は毎週水曜日はシフトに入っているらしく、すっかり自分からするとおなじみの店員となっていた。規則が緩いコンビニなのか彼女の髪色は明るく、耳には大ぶりや小ぶりのピアスが数個ついていて、爪には可愛らしいネイルが施されていた。一般の人よりも長い爪で今日に袋詰めやレジ打ちをする様子から器用なもんだななんて感想を抱く。

数週間通うようになると、覚えられているのか、レジにたどり着く頃には煙草が棚から用意されるようになった。
覚えられていたことに驚きつい口から言葉が漏れた。

「覚えててくれたのか。ありがとう」

「よくご利用してくださるので、つい」

同じ曜日同じ時間にくる、一般社会においては比較的大きな体を持つ自分は覚えやすい客なのであろう。
今まで馴染みのコンビニを作らなかったのは数回行くと店員から連絡先のメモを渡されることで足が遠のいていた。しかし、数回対応してくれる彼女はその素振りはなくあくまでも客と店員の距離を保ってくれていた。そのため嫌悪感はなく、むしろ言う手間が省かれるので好都合なことであった。
いつも通り出てくる年齢確認のボタンを押して支払いをする。支払いを終えると、レジ台に置かれている煙草のカートンを手で掴み彼女に向かい一言告げる。

「また来る。」

「お待ちしていますね。」

笑顔とともに耳を撫でる言葉に微笑みを浮かべながら、出入口へと足を進めると背中に「ありがとうございました〜」と投げかけられながら店を後にした。

宣言通りその日から毎週水曜日通うようになった。あの店員は毎週水曜日の夕方は毎回働いていた。店の客足は日によってまばらで、混んでいるときは混んでいるし空いている時もある。
あの店員は、彼女は色んな客から好かれているようだった。
老人がレジに戸惑っていたらレジから出て隣に立って手伝っていた。シルバーカーに商品を引っ掛けてる客には、商品の受け取りから受け渡しまで全て手伝っていた。
俺以外の客の煙草や、コーヒーなど常連の買う物を把握しているようであった。レジを打ちながら常連と思しき客と仲良さそうに談笑する姿をよく見かけた。
気が使えるいい子なのだろう。
レジで会う彼女は流行に敏感なのか身だしなみに気を使っているのか、はたまたお洒落を楽しんでいるのか。
彼女の髪型は会う度少しずつ違っていて、髪色も染めているはずなのに色斑は見られず、根元からの色もそんなに変わらない。爪も2.3週間に一回は変わる。
最初は彼女の変化がちょっとした楽しみで、ただの店員と客の関係なだけだったのに。
いつもは詰められると困る店員との距離が詰められないことに心が疼いた。

─────気がつけば、彼女に心を奪われていた。

自分の気持ちに気がつけば、逢瀬が一週間に一回では物足りなくなっていた。
ある水曜日の20時過ぎ、逢瀬を増やす方法を思いつき店へとやってきていた。
いつも通り、レジにくる自分に対しカートンの箱を用意して待っている彼女。その姿を見ると用意してくれていた好意を覆すこれからの自分の行動に少しだけ申し訳なさが顔に浮かぶ。

「悪い、今日はバラで買わせてくれ」

「珍しいですね、何個にしますか??」

「3つで」

「かしこまりました。」

いつもはカートンで買う煙草をバラで買う。その申し出を受け彼女は嫌な顔ひとつせず返事をしてカートンは端に避けて、後ろの棚からバラで3つを手に取る。自分の方に向けられた煙草の銘柄を確認する。確認するまでもなく覚えているのに体裁は守るらしい。後ろに並ぶレジ待ちの客が居ないことを確認するとバーコードを通そうとする彼女に静かに声をかけた。

「今日は何時から何時までなんだ?」

「いつも通り、17-22時ですよ」

「そうなのか、頑張ってなお嬢さん」

外に貼ってある求人から、働いている時間帯はある程度把握していたが彼女の口から聞き、情報に確信を持たせる。あとは何曜日に入っているのかを聞き出したいところだななんてストーカー染みた自分の行動に呆れ、乾いた笑いが喉を抜ける。

バラで買った日を境に、彼女とは一言二言だけ言葉を言葉を交わすようになった。大した会話では無く、今日は寒いですねとか前に買って美味しかったものとか他愛もない世間話だ。世間話のついでのように「いつ入ってるんだ」となんとなしに問いかけ、彼女がいつシフトに入ってるのかを把握した。どうやら半固定シフトらしい。彼女には悟られないようにじっくりと、ゆっくりと外堀を埋めていく。


バラで買うようになって2週間がたった。この頃には週3.4日で彼女にレジ台越しで会うようになり、結構仲のいい常連の客と店員ぐらいに落ち着いていた。
行く日数を増やすようになると1つ障害が増えた。水曜は比較的仕事が落ち着いていて、残っていても周りに仕事を投げつけて20時には店へと行けるようにしていた。
しかし2日に1回のペースとなると、20時に行くのは少し難しくなっていた。
もうすぐ12を指す長針を見ながら、オフィスの背もたれに寄りかかる。深く長い溜息を吐くと、横から「幸せ逃げんぞ」となんやかんや歳若い上司が騒いでいる。歳若い上司…シャンクスの喧しく、煩い声を右から左に流しながら、なんとか22時までには店に行けるように煙草に火をつけキーボードに手を置いた。


シャンクスによって飲み屋に連行されそうになるのを同僚のスネイクを生贄にして逃げ帰ってきた。目に入ってきた店の灯りを遠目に腕時計で時刻を確認する。
時刻は21時45分を過ぎた頃、ギリギリ彼女のシフトの時間には間に合ったようで息を吐く。透明な窓ガラスから見える彼女は、いつもより気だるげに佇んでいる。扉を少し屈みながらくぐると軽快な入店音がお店に鳴り響いた。
俯きがちだった彼女は反射的に顔を上げ「いらっしゃいませ〜」と発した。心做しか声色が疲れているように感じた。レジ台をチラリと見る目と彼女の目が合うと、ゆっくりとレジへと歩みを進めた。今日欲しいものは煙草だけだ。
こちらを静かに見つめている彼女は、近づく自分を見て我に返ったのか、慌てて後ろの棚からPeaceを3つ手に取り、レジに来る自分を待っている。ぼーっとしていて、少し行動が慌ただしい彼女は普段の姿からは見られないもので口元に笑みが浮かぶ。

「今日は遅いんですね。」

「あぁ、少し予定が立て込んでてな。」

「もう今日はいらっしゃらないかと思ってました。」

そう笑って一言、二言小さく交わす会話。会話をしている間にレジ業務を進められていく。短い逢瀬はお会計と共に終わる。「じゃあな」と言葉が投げかけ、レジを去る。背中にいつも通りありがとうございました〜と間延びした定型文を投げかけられた。
入ってきた時と同じようにドアを屈みながら通り抜けると、左手に喫煙スペースがあるのが目に付いた。いつもならさっさと家に帰るところだが、コンビニは大抵店員も出入口は一緒である。ちょっと吸ってれば逢えるかもなと悪戯心に火がついた。

買ったばかりの煙草を1本口に挟み、ジッポを取り出す。親指で蓋を開け、中指でダイヤルを回す。カチッとなった後に着いた火を口元の煙草に当て火をつける。
ゆっくりと吸い込み、口に溜まった煙を夜空が広がる暗闇へと吐き出す。
すると、軽快な入店音が聞こえた。ちらりと入口に目をやると、最近更に強くなった寒さに身を縮こませ「さむ」と一言呟く彼女がいた。
咥えていた煙草を口から離し、片手でスマホを操り帰宅しようとする彼女に声をかけた。

「お疲れさん」

彼女は手に握り操っていたスマホの画面から、弾かれたように顔を上げると驚いたように目を丸くしてこちらを見返す。

「お、お疲れ様です?」

余程驚いたのか、接客の時には聞くことがないような吃るような声。頭には見えないはずのクエスチョンマークが浮かんで見えた。その驚きようが面白く、「ふは」と思わず漏れ出た笑い声が聞こえたのか、じっとりとした視線を向けられてしまう。

「お兄さん、なんでいるんですか」

疑問を投げかけられるが、バカ正直に「お前に逢えるかと思ったから」なんて言える訳もなく。彼女から呼ばれるお兄さんを否定して名前を教え込むことにした。

「ベン・ベックマンだ、お嬢さん。」

「ベンさんは「ベックでいい」」

「…ベックさんなんでいるんですか」

ベンさんなんて他人行儀な仲は物足りなくて、欲張った呼び方をさせる。名前を呼ばれたからといって理由は今はまだ言えない。

「煙草の銘柄を覚えてくれるいい店員さんがいる店にちょうどいい喫煙所があってな」

飄々とした態度でするりと躱し、そこからぽつりぽつり言葉を交える。今の彼女は就業中と違って少し砕けた話し方をしてくれる。その特別な感覚を嬉しく思った。
しばらくすると、彼女は寒さを堪えるようにマフラーに口を埋める。寒いし長話も良くないなと会話を切り上げる。寒空の下、レジ前で交わすよりも少しだけ長い会話を楽しんだ。

22時前に行き、煙草を吸っていると彼女との逢瀬を楽しめることに味をしめ、行く時はその時間帯に行くようになった。シャンクスからの飲みは断る手間があるが、仕事を投げることなく来れるので俺からすれば一石二鳥であった。
彼女が気持ち悪がっていないといいとは思うが、ベックさんと素直に呼んだことから不快感は抱かれていないだろう。むしろ時たまこちらを見る目線は好感を獲ているだろう。

夜22時頃、家に食べるものが何も無く、珍しくいつも彼女が入らない曜日に店へと足を向ける。店に入っても当然彼女はおらず、まぁそうだよなと思考をめぐらせ店内を回る。メシを手に入れ、なんとなしに外を見ると灰皿の位置に彼女がいた。
店から出ようとした足を止め、店内の入口から少しズレたところから彼女見る。彼女は灰皿の隣にたち灰色のセブンスターの箱を取りだし、口に咥えライターで火をつける。何を考えているのか空を見つめながら煙を口から吐いていた。
意外だった。煙草を吸ってる素振りは感じなかった。
それに、シフト終わり灰皿の密談では吸うことは無かった。自分に隠されているのか。そこまで依存していないのか。面白いものを見た。ゆっくりと上がる口角をさげながら、彼女が吸い終わると店を後にした。


灰皿の密会は行われた回数を重ね両手で数えるのが大変になってきていた。遠目に見える店を捉えながら時刻をチェックすると時刻は21時50分より少し前。
外はいつもと気温は変わらないが、風が冷たく身体を殴りつける。
軽快な音楽と彼女の歓迎を受けながら入口をくぐり、店に入る。彼女はいつも通りレジに立っている。他に客はいない。レジに向かって一直線に向かうと彼女はこちら向かって少し申し訳なさそうな顔をうかべる。

「すいません、煙草売り切れちゃってて…」

「…そうか、明日には入るのか?」

「明日のお昼には入るかと」

「分かった、じゃあPeaceLightsを1つくれ」

どうやら、申し訳なさそうな顔をしていたのは煙草が品切れだったかららしい。普段吸っているものより少し軽いLightsは少し物足りないが、少々の我慢だ。
そういえば、今日の外は寒かったなとレジ横にあるホット飲料から2本手に取り、レジに置く。コーヒーブラックとレモンティー。
ブラックは自分用だが、彼女はレモンティーが好きだろうか?苦手だったら回収すればいいかと判断を下す。
袋の有無を尋ねられ、どうせそこで飲む用だと断る。
彼女は袋をつけないからとレモンティーにテープを貼り付けた。会計が終わると、アウターのポケットにコーヒー缶とレモンティーを入れ、ゆったりとレジを立ち去った。

店から出るといつも通り、買ったばかりのいつもと違う煙草を1本口に挟み、ジッポを取り出す。
親指で蓋を開け、中指でダイヤルを回してつけた火を口元の煙草に当て火をつける。
ゆっくりと吸い込み、口に溜まった煙を夜空が広がる暗闇へと吐き出す。
いつもより軽い煙草は少し物足りなさ、口寂しさを覚える。
軽快な音楽が耳を撫でると「お疲れさん」と出てきた彼女に声をかける。密会開始の合図だ。
こちらを見上げ「お疲れ様です」と言う彼女にアウターのポケットからレモンティーを取り出し、差し出した。

「え、いいんですか?」

「お嬢さんに買ったものだからな」

「てっきり家にいる彼女さんに渡すものかと」

「彼女はいない。居たらこんな所で油売ってないさ」

彼女に突拍子のない質問をされ、静かに誤解を解く。
こっちは手に入れるために必死なのになと煙草をふかしながら考える。こちらを見上げる顔は何故か納得したような顔で、なんとも言えない気持ちを抱く。

「今日は残念でしたね。」

「あぁ、俺の楽しみが少しだけ薄くなった。」

「やっぱり違うものなんですか?」

彼女は煙草を吸ってる。それもセッターだ。軽いものを吸った時の物足りなさは分かるはずなのに、当たり前のようなことを質問してくる。
しかし、こちらは彼女が喫煙することを知らないていだ。

「少しだけ物足りないな。」

「口寂しいならキスでもします?」

驚いたように彼女を見る。
彼女は悪戯が成功したような笑みを浮かべる。

知っているだろう。この口寂しさは、

「じょ、冗談ですよ。ベックさん…っ」

「ベックだ。お嬢さん」

彼女からの据え膳だ。喰らってやろう。
慌てたように笑みを消し、名前を訂正するように開かれた彼女の口を塞いだ。

──────悋気は女の七つ道具

「なぁ、ベック。お前最近付き合い悪くねぇか」
昼下がりのオフィス。拗ねたように口をとんがらせてこちらに文句を言う赤い髪。その言葉に呼応するかのように周りから「確かに、最近飲み誘っても来ねぇよな〜」と賛同を得てしまった。
めんどくさいものに絡まれた、と話題を流そうとした時に変に勘に鋭いヤソップから「もしかして女か?」と尋ねられる。
途端に盛り上がる周辺。「ベックが女落とすために飲みを断るなんてな」「どんだけガード固い女なんだよ」
様々な憶測が頭上を飛び交う。
それらの声は俺の真意を1つになり「で、どうなんだよ、女なのか?」と尋ねてくる。

「ほっとけ、いま口説いてんだよ」




TOP



×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -