不可侵領域



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先日敵船との戦闘で右腕前腕の骨が折れた。曲げた相手は、リーチのある長物使いで短剣を扱う私とは相性の悪い戦闘スタイルであった。何とか勝利を収めたが払った代償が大きすぎる。戦闘後にそれはもうポッキリと、曲がってはいけない方向に少し曲がり腫れ、赤みを持つ腕を見て思わず「こんなになるもんなんだな」と痛みを忘れた感情を抱いた。
かすり傷程度なら放っておいてはいいものの、今回の怪我は後々の海賊人生に影響する可能性が高い。
なにせ利き腕なのだ。ここで変に折れ曲がったままでは普通に生活を送るにしても不便が生じる。
少しある医療知識で処置は早く正確な方がいいなと静かに判断した。
味方と敵の血が飛び散る甲板の上を、血を広げて歩くことがないようになるべく避けて辺りを見渡し目当ての人間を探す。
探し人…ホンゴウは戦闘後のため忙しそう走り回っているはずだ。きょろきょろと頭を動かしていると「どうしたんだ?」と後ろからクルーに声をかけられた。振り返りながら腕を見せヘラっと笑う。
「多分折っちゃってさ……」
「ホンゴウさんでも探してんのか?」
「甲板の先の方でさっき誰かの手当してたぞ」そんな情報を手にし感謝を述べ目撃情報場所へと歩みを進めた。

───────

この辺は冬島の海域らしく、冷たい風が戦闘中流れ出た汗を冷やす。
甲板の先の方に太陽の光を反射させる金糸を見つけて「ホンゴウー」と緩く呼び掛けながら近づく。
呼び声に気づき、一旦治療する手を止めて後ろにいる私を振り返った。
「怪我、しちゃって」
「は?どこを」
「や、腕がさ」
なんとなく後ろに隠していた腕を前に出してヒラヒラと手を振るとホンゴウは目を見開き「ッ早く見せろ!」そう言って、治療中のクルーの処理を近くにいた奴に引き継ぐと左腕を引かれて医務室へと連行された。
問答無用だと言わんばかりにずんずんと進む彼は出会った頃は背丈も何もかも変わらないようなものだったのに今ではもう足のリーチが変わっていて、最後の方は駆け足になりながら進んだ。
雑に開かれた医務室のドアは閉められることなく開放感に満ちている。丸椅子へと無言で座らされるとホンゴウは対面へと腰掛けた。
「腕だせ」そう言われ前に差し出した手を優しい手つきで触診される。熱を持つ腕に触れる冷たさに心地良さを感じる。触られることで痛みを感じない訳ではなく、触られて叫び声をあげるほどではない。
折れた箇所に触れられた時、走った鈍痛で顔が歪んだのを彼は見逃さなかったらしい。「…ここだな」触れているだけかと思っていたのによく見ている、流石赤髪海賊団の船医。口から零れていたらしい。
「医者、舐めんなよ」そう言って口角をあげる彼は魅力に満ち溢れていて、つい視線を絡め取られる。出会った時はただのガキだったのに、彼に視線を奪われるようになったのはいつからであろうか。
「折れてるから固定だな」
そう告げると、立ち上がり、固定するための添え木を手に取り前腕に固定される。骨の位置を正しい位置に動かしてくれたからだろうか激痛が走り息が漏れた。
「4週間は絶対安静な、戦うなよ。動かすのもダメだぞ」
「それはちょっと約束できないかも」
「約束しろッ!!」
安静にしないとな、と骨折症例が載っている本を見せられる。そこには完全に骨がくっつくのは2-4ヶ月かかる、変形して骨が癒合すると腕の動きが制限される、などが書かれている。そんなの稀だと思ったことが伝わったのかさらにページが捲られ説明が続けられる。
「綺麗に折られてるから神経とかには傷はついてないだろうけど」
神経に傷ついてたらとか骨が飛び出していたらといった合併症状といった"今回は"なかった体が縮こまることをつらつらと述べられ目が遠くなる。
「……まぁ、今回は固定だけで済んで良かったな」
鎮痛剤は出しておくの言葉を最後に処置は終わりを迎え、固定され首に釣られた腕を引っ提げて医務室を後にした。

───────

骨折してから数週間がたった。利き腕が使えないストレスはたまらなく多い。戦うこともできないし、雑用も満足にこなすことができない。みんなに迷惑をかけていて申し訳ない気持ちが胸に募る。
食事面では、食べたいのに満足に食べることができない。ルウさんが左手を使ってちまちまと食べ進める姿を見かねたかのように、次の食事からは小さく食べやすくカットされた具材と刺して食べるように用意されたフォーク。ルウさんの優しさにより食事の面は快適なものとなった。

次に着替えだ。これが一番困ってるかもしれない。
男所帯の船ではクルーの誰かに着替えを手伝わせる訳にも行かないが、着替えないわけにも行かない。
ボタンは止めれないし、腕も通りにくい。結果袖口と首周りが広い大きめのTシャツを着るようになった。動かすと地味に痛いけど被るだけ通すだけの簡単な仕様だ。

最後にお風呂。ただでさえお風呂は苦手なのに、もっと苦手になってしまった。切る機会を失い長く伸びてしまった髪の毛を洗うのも手間がかかるし、その後風で乾かすのもだるいのだ。冬島の海域のせいで、体が冷えるのが早く、着替えも素早く行えない。
その結果、3日に1回しか髪の毛を洗わなくなった。入らない日は濡れタオルで体を拭くだけ。髪の毛は正直バサバサになるけどめんどくさいより勝るものはなかった。

たまたま廊下でホンゴウとライムにすれ違った時にライムにバサバサになった髪の毛を見られ「お前、めんどくさいのはわかるけど手入れぐらいしっかりしろよな〜」と声をかけられてしまった。
「手、使えないからめんどくさくて」
女子としてはダメなのはわかってるけど…と告げると「…まぁ、利き腕じゃない方で洗うのは大変だもんな、早く外れるといいな」なんて同情の言葉をかけられた。



そんなやり取りをした後、少しした後にクルーに「ホンゴウさんが医務室に来いってさ」と告げられ、医務室へと足早に向かった。
骨折の定期検診はまだ先のはずだ。なんかしたかなと思い当たる節を考えるが浮かばない。
木の扉を控えめにノックすると中からのぶっきらぼうな返事を合図にドアを開けた。
「なんか用だった?」
「…あ、いや、ちょっとな」
控えめに返事が返され、その後もあ〜だのや〜なとぶつぶつと呟いている。痺れを切らし「はっきり言って」と言うと心を決めかねたかのように彼は声を発した。
「や、おれが髪の毛洗ってやろうか?」
そう言いきった彼は、言い訳かのように「気づいてやれなかった」や「お前が良ければだが」なんて呟いてる。
「いや、遠慮しとく」なんて返せば満足に髪洗えてないんだろ?清潔にして欲しいと言われるけどそれどころじゃない。ホンゴウにお風呂の介助を頼むなんで今は無理だ。今じゃなくてもこの先もキツい。せめて心の準備が必要である。
「どうしたら入る」
「どうしても入らないから!」
なんでこんな押し問答になっているんだ。今日は無理だ。今色々見せれる体ではないのだ。
そんな抵抗も虚しく肩に担がれお風呂へと連行される。唯一動かせる脚をバタバタと動かすが、ガタイのいいホンゴウには一切通じない。しかし待って欲しい、見せれる体じゃないのだ。こういう乙女心を分からない彼は彼らしくも感じる。
体が開放されたのは、浴室の前。
「待って、本当に今日はムリだから」
一緒に入る、洗ってもらうなんて体も心も準備が足りない。なんでこの人は私の髪の毛を付き合ってもいないのに当然のように洗える権利を得ていると思っているのだろか。"気づけなかったから"申し訳ないから手伝うという行動しか頭にない彼が狂おしく愛しく思う私も私だろうか。「今日は1人で入るから」と断ると心配そうな顔を浮かべる彼に大丈夫だから、髪だけ乾かしてとお願いすると渋々と言ったように納得して貰えた。

"髪を乾かしてもらう準備が出来たら呼ぶ"の約束の元、一旦外で待機してもらう。彼が扉を開けて、出た瞬間その場へと座り込む。なんでこんなことになっているのか理解が追いつかない。彼の純粋な心配してくれる気持ちを嬉しく思うがデリカシーの無さに頭を抱える。そんなとこも愛おしく思う自分はもう随分と彼の虜になっているらしい。
ここで立ち止まって考えていても仕方がない。彼を廊下で待たせているのでサクッとシャワーを浴びることにした。

───────

閉じられた扉は、しばらくすると控えめに開かれた。
ちょこっと除くのは、髪の長い女。この船でたった1人の女であるこいつは、俺よりも少しあとに加入してきた。
出会った時に残っていた幼さは年月とともに消え去っていた。
半ば伸ばしっぱなしになっている髪をなびかせ戦う姿は、普段の軽い雰囲気と比べると酷く妖艶で目も心も奪われ虜になるのに時間はかからなかった。
滅多に大きな怪我をしない彼女が自分を訪ねてきた時は正直肝が冷えた。
幸い大きな後遺症が残りそうな怪我ではなく、しばらくの間日常に不便が出る形になった。
数ヶ月戦えないことについて不満を持っていたが、未来に投資すると思って我慢して欲しい。
物思いに耽っていると「ホンゴウ?」と脱衣所に入らない俺を訝しむように彼女が眺めている。
こちらの気持ちを悟られないようにぼーっとしてたと笑って返し温風をだす装置を手に取る。

彼女がライムと選んで買っていたオイルトリートメントを少々荒れてしまっている髪の毛へと塗布する。
塗り込みながら、ライムと会話するのを見るまで気づかなかった自分の気の使えなさに自分を殴りたくなる。
男所帯で生活する彼女が、生活し難くなるのは馬鹿な頭でも想像できることなのに。
「…なァ、他に不便にしていることないのか」
なにか手伝いたいという気持ちの表れだろうか。風を止めて口から溢れ出た言葉は静寂をもたらした。
「忙しいホンゴウの手を煩わせる程じゃないわよ」
彼女はへらっと鏡越しに笑いながら、拒絶の反応を示す。
ただ頼って欲しくて、頼られたくて溢れた言葉を拒否された事にショックが滲み出ていたらしい。
「じゃぁ、また乾かしてくれる? 」
「なんなら髪の毛洗ってやるぞ」
「ほんと?なら洗ってもらおうかな」
考えなしの提案に一緒に風呂に入ることに気づき、顔が赤くなる。赤くなった俺を見て彼女は大きな声を上げて笑い「じゃぁ、明日楽しみにしてるね。髪の毛、乾かしてくれてありがと」そう投げかけて乾いた髪を翻し、俺の肩を叩き脱衣所を後にしていった。

───────

危なかった。自室に戻ると床に座り込む。平静を保ていただろうか。先程のやり取りでホンゴウが赤くなる姿を思い出し、笑いが込み上げる。
ここまで来たらやりきるしかない。どうせだし入浴剤入れて私は湯船に浸かったまま髪の毛洗ってもらおうと棚にしまってある使い切りの入浴剤を手に取る。
リードするホンゴウは素敵だが、それは普段の純情なホンゴウがあるからこそだ。思考に意識を取られつつ、いつもより少しだけ念入りにスキンケアをしてから眠りについた。

翌日はいつも通りの暮らしで、いつも通りこじつけた宴で腹ごしらえをすると早めに喧騒を背に自室へと足を進めた。
そういえば、いつ頃はいるのかを決めてなかったと今更のように気づきこのまま行為が流れるなら流れるでいいのかもしれないと無駄な思考をぐるぐると巡らせるが、コンコンと控えみにノックされた音で思考の海から引き戻される。
返事をしながらドアを開けるとそこには約束の相手。小さく「あ」と漏れた声に少し不満そうな表情を浮かべている。
「…風呂行くぞ」
「んぇ、今から? 」
待って準備すると告げ、まとめておいたお風呂セットを手に取る。扉を背にし待つホンゴウに駆け寄り、行こと出発の合図を出した。彼は無言で私の手からお風呂セットを奪い去って言った。上でのどんちゃん騒ぎと対比するような静けさで足取りが重くなる。
「ねぇ、お風呂ホンゴウも一緒に入る? 」
「はァ!? バカか、入るわけないだろ」
重い空気を払拭するかのように冗談を繰り出していると、脱衣所へと辿り着いた。
「目閉じてて、呼ぶから」
「おう」と返事をしながら後ろを向く彼は、とても紳士でちょっとぐらい下心を出してくれてもいいのにと思う。
さすがに全てを脱ぎ晒す訳にも行かず下に着ていた水着になり先に湯船へと向かう。

透明な水が乳白色へと変化した所で、ホンゴウを呼び寄せる。躊躇いがちに入ってきた彼はお湯の色からうっすら見える水着に安心したように小さく息をついた。
「着てない方が良かった? 」
「冗談言うな。洗うだけだから着ててくれないと困る」
それでもちょっと顔を赤くする彼にふふと笑いが込上げる。笑いながら「髪の毛、洗ってくれるんでしょ? 」と問いかけると、彼は大きくため息を着くと風呂桶とシャンプーとトリートメントを手に取った。
湯船に右腕をつけないように浸かりながら、頭を投げ出す。静かにお湯が打ちかけられ、彼の指を頭皮に感じる。自分の指とは違う力強さと大きさに意識を持っていかれる。
指の腹で頭皮を撫でるように洗われ、長い髪を梳きながら後頭部へと流れていく。会話がなく静かに繰り返される心地よい動作に、いつしか目を閉じる。
緩やかな心地は、当てられたお湯に奪いさられた。シャンプーを洗い流す動作は先程の心地良さとはちがい物足りなさを覚えた。髪のお湯を絞り、トリートメントを塗布する動作、馴染ませるために粗い櫛で髪を撫でられる心地良さは先程とはまた違う感触であった。
しばらくすると再びお湯が掛けられ、現実へと引き戻される。髪の毛の水分をタオルで軽く拭われる。
「終わったぞ。体あったまったら出てこい」
ホンゴウが出ていったことで、下がった人口密度。会話はない行為で、変わったのはホンゴウが出ていっただけなのに急に寂しさを覚えた。

ゆっくりと肩まで浸かり十数え、湯船からざばりと立ち上がった。ドアの前に置かれたドライタオルデ体の水分を拭い、脱衣所へと進んだ。
開閉音に気づいたのか、彼は手に持っていた本を閉じこちらへと目を向ける。「お待たせ」と声をかけると「冷えないように服を着ろ」と言われ背を向けいそいそと夜着のワンピースへと頑張って腕を通す。

振り返り声をかけ、昨日のように髪の毛を乾かしてもらう。ライムと選んで買ったオイルトリートメントを手渡し、荒れ狂う髪の毛へと塗ってもらう。
温風を耳に感じ、頭皮に大きな手が当てられる心地良さに目を閉じると緩やかな睡魔に意識を掴まれる。
いつの間にか眠ってしまったようで、「おわったぞ」と肩を叩かれ意識が浮上する。
2人だけのこの時間が終わってしまうことが寂しくて、彼を困らせるわがままを言いたくなる。言ってしまったら彼は私を軽蔑するだろうか。
「…ボディクリームも塗ってくれる?」
スルッと口から溢れた言葉は、やはり彼を困らせたようだ。鏡越しに見る彼の眉根は寄っていて、ハァーと息をつくと左肩に大きな重みを感じた。驚いて左肩を見ると彼の頭が押し付けられていた。ガバッと顔を上げたかと思えば腕を私の体へと巻き付けてきた。
驚き跳び跳ねる体を押さえつけられ、耳元へと口が寄せられる。
「俺ばっかり意識してる」
「そんな事ないよ。ライムとか他の人にはこんなことさせないよ? 」
腕に包まれている腕から左手を抜き出し体を左に向ける。
彼の左頬に左手をあて、するりと傷のない肌を撫でる。
「ホンゴウだけ、ここまで許してるのも好きなのも」




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