理性に負けてキスをして*



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ガチャと扉の開く音がする。ぽーっと働かない頭をゆっくりと動かすとそこには水を持ったホンゴウさん。

「ほら、飲めるか?」

なんて声をかけながらペットボトルをこっちへと投げてくる。上手くキャッチできず、座っていた私の脚にペットボトルが着地する。
正直18時から飲み始めた体に水分は入らない。なんとか蓋を開けてちびちびと飲み蓋をしめ、寝っ転がった。

────ホンゴウさんと合流したのは、23時30分。
来たら最後終電が無くなる時間。
たまたまホンゴウさんからLINEが帰ってきて、通知を見た酔った友人に「気になってるって言う男?貸せ」と半ば強引にスマホを奪取された。なにやら画面をタッチすると、勝手に電話をかけていた。友人とホンゴウさんの面識は無いのに、無理やり呼び出したのだ。
その時はまだ1軒目で、私は酔いもあまり回っていなかった。

「ごめんね?無理してこなくていいから」

「いい、行くから待ってろ」

軽く謝罪を述べると、そう一言返され、通話は切られた。ちょっといい子ぶってみたけど、来て欲しかったから嬉しかった。
2軒目で合流したときにはもう酔いは回っていて、3軒目で友だちが知らない男と飲み始め存在を捨てられた時にはもう1人では歩けないほどだった。
余裕で終電を逃した私たちは、明日も授業があるとホンゴウさんが探した寝れる場所へと足早に移動した。

ただの一般大学生にはお金もあまりないし、いるのは始発までの3時間。カラオケに入る時間でもなく、かと言ってホテルに入れるほどの間柄ではない。
ホンゴウさんは自分のスマホを取り出すのが億劫らしく、常に手で持つ派の私のスマホで何やら調べて、行き着いた先はネットカフェ。

受付のお兄さんとホンゴウさんが話してるのを、ふわふわとした頭でなんとなく聞いている。どうやら部屋に入るにはアプリ会員登録が必要らしい。
自分のスマホは手元になく、ホンゴウさんの手元にある。ちょいちょいとホンゴウさんの袖を引っ張り、アプリを自分で入れる意志を伝えるとバーコードを読み取りインストール画面まで開いて、「ほらよ」と手渡しされる。

顔認証をして、インストールをして会員情報を入力していく。終わったらスマホをホンゴウさんに渡して進めてもらう。
自分にはもう画面が見れない。そんな酔っぱらいの私が終わったのに、ホンゴウさんはまだ終わってない。ちょっと面白くてからかいの声を上げた。

「ホンゴウさん、酔っぱらいより登録遅いのっ、」

そうすると、頭上で「うるせぇよ」と雑に返答をされた。そんな酔っぱらいの所業を店員さんは慣れたような視線で見ながら業務を進める。

「部屋は、お二人一緒にですか?別々ですか?」

「あぁ、別々……」

「やだ、一緒に入ろ?寂しいじゃん、」

すんなりと口からこぼれるわがまま。つい、本気のような冗談のような声色をきいてホンゴウさんは困惑したような顔を浮かべている。困らせたいわけじゃない謝って撤回しよう、そう考えていると困ったような、焦ったような声が耳に届く。

「…ホントに言ってんのか?」

「もちろん!」

これは私の下心だ。どうせホンゴウさんは私の事どうとも思ってないだろうし、ここで1人というのも寂しい。
それに、今は酔っぱらいだ。何しても許される。酔っぱらいは免罪符である。
どうしても折れない私に根負けしたようにため息をつくと、ホンゴウさんは店員さんに「すいません、2人でお願いします。」と告げた。私の勝ちだ。

「当店では、いかがわしい行為は禁止されていますので」

「…もし、行われていた場合見つけ次第退店処置を取らせて頂きます。」

そんな内心を知ってるのかのように、店員さんから爆弾が投げ込まれた。
ホンゴウさんは私の事そんな目で見てないからそんなことありえないのに、店員さんの目にはただの男女にしか見えないのだろう。まぁ、酔っぱらいの女を連れて午前2時にネカフェに来る男なんて渋谷ではそう見えるか。でも初めてするならちゃんとした所がいいななんて考える。
内心で驚いたような嬉しいような感情抱えながら納得する。そして、面白半分にホンゴウさんにからかいの声をあげる。

「だってさ、ホンゴウさん、」

「手、出しちゃダメだからね?」

「出すわけないだろ、バカか?」

バカじゃないんだよなぁ、本当は手出して欲しいなんて内心で思う。「では、前払い制のため…」の声から財布を取りだしお金を払うと、部屋の伝票を渡される。
思考回路は残ってるのに、体はアルコールに侵食されているせいで真っ直ぐに歩けない。しかも今日はちょっと背伸びをした10cmの厚底ブーツ。危なかっしい動きをする私の腕をホンゴウさんに掴まれて部屋に入った。

部屋は3人横になったら寝返りも打てないだろう部屋。たぶんホンゴウさんが3人は無理な部屋。リモートワークも推し進めていたネカフェだから、パソコンはしっかりと設置されていてブルーライト眩しいくらいに出している。
どうせ寝れないしなんか見ようかとマウスを握ると後ろからマウスを奪われる。

「何してる。さっさと寝ろ」

「動画みたかったのに…!」

文句を垂れるが、男の人の力に叶うはずもなくマウスを奪い返すことはできない。マウスを奪ったホンゴウさんは、パソコンを電源ごと落とした。
電源ごと落とさないでスリープにすればいいのに、なんてくだらないことを考えるがそんな思考回路もホンゴウさんが投げ渡したクッションで飛び去っていった。顎から首に与えられた衝撃は柔らかく、抱きしめるのに適してそうな大きさだった。

むにむにと変形するそれを抱き抱えながら、顔をうずめる。
正直、2時過ぎに与えられる眠気には叶う訳もなく目を閉じて数十秒。敷き詰められたクッションに振動が走った。どうやらホンゴウさんが寝っ転がったようである。
始発まで一緒に居れるのに、寝て時間を過ごすには惜しすぎる。でも、わがままなんていえない…私も寝ようとクッションを抱き枕のように抱いて寝っ転がる。
クッションは腕が余る程の大きさで、指先が寂しく人で握りしめて手遊びを行う。

「ね、ホンゴウさん手かして?」

「何言ってんだ。俺の手は貸さないから寝ろ」

相手にされないのはわかっていた。でもここまで来たら何とかなれ、押せ押せの精神だ。どうせ酔っ払いとしか思ってないのだ。
私に残っているなけなしの理性なんて押し殺せ。自分の手を離し、ホンゴウさんの手を手繰り寄せる。私の手の届くところに投げ出すのが悪い。
手を離そうとしてくるのを握って離さないようにする。

「……はぁ、繋ぐだけだからな」

「ふふ、ありがと、ホンゴウさん」

繋ぐだけでなんて収まるわけないのに。ホンゴウさんは優しすぎる。その優しさに甘えているのは私だけど、他の女の子にもこうしてるのかと考えて少し気分が沈む。
沈んだ気持ちを、浮き上がらせるかのようにホンゴウさんの手で遊ぶ。最初は普通に、ただ手を繋ぐだけ。次に指先で少しホンゴウさんの手を撫でる。私の手とは違う硬くて筋張ったような手の感触を堪能する。
するりと撫でるのを辞めると両手でホンゴウさんの手を挟み込む。ピクリと手が動き、驚いたような反応にかわいいななんて思いながら、私の手を握る手を外して指先を搦め合う。

「こら、遊んでないでさっさと寝ろ」

少し、避難するような声色で言われるが気にしない。「うん」と気のない返答をする。どうせ手を繋いだら握るも絡めるのも変わらないのだ。さっきは手をただ握るだけだったから触れることの出来なかった、指の付け根の角張りに触れる。

不意に今までされるがままだった指が意志を持って動いた。するりと、私の手の甲を長い手で撫でられ、そして遊びは終わりだとでも言うように固く握られた。
これ以上わがままを言って愛想をつかれてしまうのは嫌だ。変なところで根性がない私はホンゴウさんの手をぎゅっと握りしめた。目を閉じるとすぐに夢と現の世界の狭間へと誘われた。

小さく「クソっ」と吐き出された呟きで意識が浮上する。どうかしたのだろうか「…ホンゴウさん?」と尋ねるが帰ってくるのは気にするなの一言。気にするなと言われても、浮上してしまった意識は酔いも覚めてきた今再び沈めることは難しく、ホンゴウさんの手を握り、撫でて遊ぶ。少し乾燥した手に自分との違いを感じる。

「…っ なまえ 、だめだやめよう」

焦ったような、我慢するように絞り出された声と共に手が離れようとした。「だめなの?なんで?」と質問を返すがダメなものはダメらしい。少しの抵抗の後に手を解放してあげる。「はぁ…」と安堵のようなため息が耳に入る。
ホンゴウさんは自分に手を握られて焦っていたのだろうか?そんな事は無いはずなのに、安堵のようなため息は私の脈ありのメーターを振り上げる。

クッションを少しずらして、目の前に横たわるホンゴウさんの顔を見つめる。気配を感じたのか、こちらを向いたホンゴウさんと視線が交わる。目を見つめること数秒。思うがままに呟く。

「ねぇ、ホンゴウさん。」

「ちゅーしよ?」

「はぁっ!?」と素っ頓狂な返事が返ってきて笑みが漏れる。ホンゴウさん私で焦るんだ。さっきまで少し閉じがちだった目は、眉を釣り上げるほどに開いている。「だからちゅーしよ?」 と同じセリフを繰り返すと、先程より落ち着いた声色が耳を撫でた。

「だめだ、俺とお前は付き合ってもないだろ」

「お前その辺の男にこんなに軽く言うなよ、一瞬で喰われちまうぞ。」

据え膳なんか美味しく頂いてしまえばいいのに、私のことを心配して諭してくれる。彼のこういう優しさがたまらなく好きだ。
あぁ、だめだ、好きが溢れる。

「言わないよ、ホンゴウさんだから言ったの。」
「ホンゴウさんが好きだから言ったんだよ。」

「ねぇ、だからちゅーしよ?」

「ぁあ、もうッ……」唸るように吐かれた声と共に、横を向いていた私の体は真上をむいていて、天井の蛍光灯の光は影に覆われている。いつの間にか私が握っていた手は顔の横でホンゴウさんの手に握られていて、自分の置かれた状況を把握する。どうやら覆い被さられているようだ。目をぱちくりとさせていると「もう知らねぇぞ」のセリフとともに顔が近づいてくる。




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