恋に上下の隔てなし*



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 流行りの歌を口ず小さくさみ、手に取り込んだばかりの洗濯物を抱えながら、軽い足取りで船内を歩く。手に抱えた洗濯物を各部屋に届け終え、手に残った自分の洗濯物を自室へと置くために、踵を返し来た道を戻った。自室へと向かう途中、お頭が副船長を携えて難しそうな顔をし、話しながら歩いてくる。
 もうしばらく、お頭とはまともに話せていないが、目まぐるしく変化する世界情勢に忙しそうなのは目に見えてわかっている。少しだけの我慢をするだけだ。すれ違いざまに「お疲れ様です。」とだけ言い残し、足早に自室へと向かった。
 仮にも女の戦闘員だからと与えられた自室はお世辞にも広いとは言えず、寝られるだけの場所と少しだけの私物を置いておく場所があるだけである。それでも共同部屋で野郎達と暮らすよりは断然いいに決まっているし、みんなからの優しさから与えられた部屋なので文句は心の片隅に置いておく。
 そんな自室の部屋の扉を開けると、目の前に広がっていたのは両手を広げたら壁についてしまいそうな狭い部屋ではなく、真っ白な広い部屋。見間違いかと扉を閉め、再び開けるが目に見える景色は変わらない。

「な、なんで!?!?」

 思わず大きな声をあげ、部屋から後ずされば、その声に釣られるかのようにぞろぞろと人が集まってくる。その中には、当然のようにさっきすれ違ったお頭たちもいた。

「突然大きな声なんてあげてどうした?虫でもでたか?」

 いつの間にか、私の後ろへと来ていたお頭にそう声をかけられ「今更、虫で叫び声なんてあげない!」なんて可愛げのない返事を返してしまう。「で?何があったんだ?」笑いながら楽しそうに聞いてくるお頭に「これ」と、微妙に開いている部屋へ目線をやり、扉を開ける。そこに広がっているのは、相変わらず真っ白な部屋で溜息が漏れる。

「なんだ?これは、」
「わかんない。部屋に戻ってきたらこうなってたの。」
「部屋には入ったのか?」
「何があるか、わかんないし入ってないよ。」

 お頭が「そうか。」と呟き、私の後ろから部屋の中へと歩みを進めた。部屋に入るとき、お頭の右手が私の左腕をがっしりと掴んで引っ張った。まさか腕を掴んで引きずり込まれると思わず、「え?」と、声が漏れたときには時すでに遅く、何の抵抗もなく白い部屋と足を踏み入れた。
 何が起きるのかわからない部屋にいるのは怖く、すぐに部屋の外へと出ようと後ろを振り向くが時すでに遅く、部屋の扉は下から徐々に消えかけていた。慌てて助けを求めようとするが、廊下に見える面々は「楽しんで来いよ。」と言いたげな顔でこちらに向かってにこやかに手を振っていた。

 *

「もう!お頭のせいだよ!」

 腰に手を当てて、目の前に立つ男へと非難の声をあげる。しかし、当の本人は考えがあるのか、それともなんとかなると思っているのか、余裕そうに口元に笑みをたたえている。そんなお頭を放り、どうすれば出られるのかを、視界の端に映った髪の毛を手で触りながら考える。

「……久々に、な」

 俯きがちに考えていると、そんなセリフが上から落とされた。視線の先にあった程よく日焼けした胸元が、落とされたセリフに合わせて上下し、上がる胸元につられて私の視線も上がる。お頭と目線が合い、続きを促すように見つめると、再びお頭は口を開いた。

「久々に、二人っきりになれたんだ。いいじゃねェか、せっかくの招待だ。誰の招待か分からないが楽しませて貰おうじゃねェか。」

 その言葉に、最近はお互い与えられた仕事や当番で何かとタイミングが合わなかったことを思い返す。顔を合わせば少しだけ会話を交わすが、二人っきりでゆっくりとできていなかった。黙った私に対し「な?」と問いかけられ、差し出されたお頭の腕に導かれるように部屋の中心へと歩みを進めた。
 廊下から見た部屋の中は、何もないただの白く広い部屋であった。だが、私とお頭が中に入ったことで何か変化が起きたのか、部屋の中には、二人が座ってちょうど良い大きさのソファとちょうど良い高さの座卓が置かれていた。
 とりあえず立っているよりかはと、ソファに並んで腰を掛け一息ついていると、目の前に畳まれた紙が降ってきた。その紙を手に取ると、お頭が好奇心を隠すこともなく、興奮した様子で私の方へと身を預け「何か書いてあるのか?」と声をかけてくる。
 左肩にお頭の熱を感じながら、畳まれていた紙を開くとそこには大きく『50回しりとりしないと出られない部屋』と書かれており、戸惑いの声を漏らしてしまう。

「50回もしりとり……!?」

 信じられない文言に頭を抱えたくなる。縋るように横に座る男へと目線を向ければ、お頭は「……へェ」と楽しそうな声色をにじませた。

「へェ、じゃないよお頭!」

 隣に並ぶ彼の鍛えられた太ももをバシッと軽く叩き、咎めるように声をあげる。そんな抗議は、彼にとったらお遊び程度のじゃれ合いにしか感じないのだろう。だっはっはっと豪快に笑う姿に、お頭の方へと体重を預け、もう一度太ももを叩いてしまう。
 ひとしきり戸惑う私の姿を笑って満足したのか、少しだけ真面目な声色が耳を撫でた。

「ご丁寧に部屋から出る方法を示してくれてンだ。試すしか他はねェだろ。」
「……そうだけど、」

 その言葉に上手い否定の言葉が浮かばず、言葉がしりすぼみになってしまう。なんとなく空気が気まずく、下がった視線の先でお頭のズボンの柄を指先でなぞる。

「無理に出ようとして、船壊したら後が怖いしなァ。」

 思い浮かぶのは白髪交じりの頭髪をし、いつも煙草を咥えている副船長の姿。もし、この部屋を壊して出たとして、実際の船にまで損害が出たら怒られるのは明白だろう。硬い拳が脳天に刺さる感覚をうっすらと感じ、顔を顰めてしまう。ふと、ズボンの柄からお頭へと視線を上げると、お頭の口角が頼りなさげに下がっていた。大方、副船長に怒られる想像をしたのか、怒られる何かをやり残してきたのだろう。

 *

「……しりとり、私からでいいですか。」

 この部屋に入ってから数分が経ったが何も変化が起きず、諦めのように言葉をこぼす。私が考えるようにズボンの柄をなぞっていた間、お頭は手持ち無沙汰だったのか眼前に垂れていたであろう私の髪の毛を手でくるくると指先で遊んでいた。お頭は「いいぞ」と、指先に巻き付いた髪の毛をほどく。
 回数を数えようと、お頭に預けていた体を起こししりとりを始める。「しりとり」「りんご」「ゴーグル」「ルビー」最初のため、止まることなくしりとりの回数を重ねていく。数えようとしていたしりとりの回数は、ご丁寧に数えてくれているらしく、机の上に数字が浮かび上がっている。
 途中、お互いのルールをこすり合わせるように「なァ、次ってビでいいのか?」「ビでいいよ」「じゃ、ビンクスの酒」「ケーキ」なんて確認を重ねながら、言い淀むことも少なく言葉を繋ぐ。
 部屋を出るためのしりとりの回数は順調に重ねられ、残り数回となったとき事件は起きた。

「腕相撲」
「う……、腕比べ」
「ベックマン」

 あっと言葉が漏れ、お頭の顔を見上げたときにはもう遅く、机の上の数字が0へと戻ってしまっていた。「お頭!」抗議の声を上げるが、お頭からこちらに向けられる視線が熱く、鋭く、思わず黙ってしまう。

「……ここにいるのはお頭じゃねェだろ?」
「や、でもいつみんなの前に戻るかわかんないし……」

 お頭ではなく、シャンクスと呼んでほしいのだろう。薄々気づいていたが、そう呼んでいたのは閨中だけであったため、気恥ずかしさから言い訳が無意識のうちに零れる。
 シャンクスの右腕が後ろから私の首に回され、「もうみんな知ってるから気にするな」という言葉とともに、わしゃわしゃと頭を撫でられる。みんなが知っていることを知っていても、心の準備まで終わっているわけではない。しばらくの葛藤の後、意を決し彼の目を見つめ返す。高く整った鼻筋、長い睫毛に、左目に走る三本の傷、潮で傷んでいる赤い髪。カサついた唇に、程よく日焼けした精悍な顔つき、彼をの全てに心臓が跳ねる。覚悟は、決めるしかなさそうだ。

「……シャンクス、」

 零すように口から溢れた呼び声に、彼は優しく「なんだ?」と低い声で応えてくれる。まるで私の反応を楽しみ、慈しむかのようなその声色に覚悟が決まる。いつまでもやられっぱなしは海賊としての名折れだ。

「なんだじゃないよ!あとちょっとだったのに何で終わらせたのよ!」
「お前とまだ一緒に居たくてな?」
「もう……」

 抗議の声をあげるが、甘い言葉と視線に負けてしまう。果然、私はシャンクスに弱い。目線をそらし、頬を膨らませ、拗ねるような態度をとる。
 首に回っていた力強い腕が、グイっと頭を掴みシャンクスの方へと強制的に目を向けさせられる。近づいてきた顔に無意識に瞳を閉じてしまう。唇が近づくのを感じ、キスを落とされる期待と緊張で体が小さく震えた。しかし、唇に落とされると思った感触は、私の頬に優しく落とされた。少し伸びた髭が顔に触れ擽ったい。
 リップ音を立て、離れた唇は耳元へと移動し吐息の熱を感じる。

「せっかくだ、もっと近くにこい」

 その熱に導かれるように、彼の膝の上へと横向きで座る。

「やっと近くにきた。」
「さっきも十分近かったでしょ。」
「いーや、俺には遠く感じた。」
「変なの。」

 背中を右腕で支えられ、シャンクスの首元に両腕を回し、視線が混ざり合う。先ほどのキスの不完全燃焼からか、つい彼のカサついた唇に期待と情欲を抱いてしまう。そんな私の瞳に映る期待と情欲が焚きあがっているのを、彼はきっと気づいている。それだけ私はシャンクスに与えられることを期待してしまっている。

「なまえ」

 見つめ合い数秒、名前を呼ばれ小さく首をかしげる私の様子を見て、シャンクスは少しだけ困ったように笑ったあと再び口を開いた。

「何をして欲しいんだ?」

 そんなの、キスしてほしいに決まってる。いつだって勝手に、自分がやりたいことをするくせに、こんなとおきだけ私に言わせようとするなんてズルい。この部屋にだって、シャンクスが連れてきたのに。シャンクスの瞳は私を試すようにじっと見つめて離れない。

「ねぇ、シャンクス。私の口、塞いでほしい。」

 瞬間、勢いよく近づいてきた彼の唇が私の唇と重なり合う。カサついた唇によって齧るように落とされる口づけた。唇の感触を消すように強く吸われ、誘われるように唇が薄く開いた。その隙を見逃すことなく、彼のした先は私の口内へと簡単に侵入する。ざらついた分厚い舌が、逃げる私の舌先を容赦なく追いかけた。一度触れた舌先は、触れ合ったまま離れられなくなり、舌先を絡め合う。
 息を吸う暇もないほど、深く、深くキスを交わした。互いにここから出る目的を忘れ、ただただ口づけに没頭していた。キスが深くなればなるほど、心臓の鼓動が激しくなり、唇から伝わる熱に身体中が包まれた。シャンクスの手が私の髪の毛を撫で、耳をするりと撫でた。その愛撫がキスの激しさと相まって、ますます苦しくも切ないものになっていった。
 このひと時を終わらせたくないという欲望が勝り、離れていこうとするシャンクスの後頭部を抑え、苦しさを感じつつも唇を重ね続けた。そして、とうとう苦しさが欲望に負けたとき、抑えていた彼の後頭部の拘束を緩め唇を離した。
 可愛くはないリップ音を鳴らし、離れた唇は銀糸をたっぷりと引いていて、離れた唇の名残惜しさを感じた。途中で切れ、垂れた銀糸を自分の袖で拭うと、シャンクスの顎に垂れた銀糸を彼の左腕の袖で拭う。キスをする前はカサついていたシャンクスの唇はすっかり潤っており、私で彼を潤わせた満足感から口角を上げ、口を開いた。

「さ、もう一回初めからしりとりしよっか。さっき使った単語は禁止ね。」

 ここまで来たなら、もうとことんこの部屋を楽しんでいくしかない。課したルールだと、さっき使った50個あまりの単語は使えない。そうなると思っていなかったのか、シャンクスは「それは無理だ。」「さっきは悪かった。」なんてぶつぶつと文句を言っている。「自業自得」と彼の頬を引っ張れば「でもそのおかげで良かっただろ?」と、得意気に言ってくるが、それとこれとでは話が違う。

「なら、なまえから始めろよ。」
「じゃあ、ヤソップのプ。」

 始めてしまえば、なんだかんだ淡々としりとりは進んだ。一回目より必死感が薄れたのか、余裕をもってしりとりを楽しむことができた。回数を重ねる机の上を尻目に「プール」「る……ルール」「あっ畜生!るで返ってきやがった。……ルウ。」と、シャンクスをる攻めしてみたり、逆に私が違う語尾で攻められたりと順調に回数を重ねていた。一回使った単語は使えないルールからか、さっきよりも時間がかかったがなんとか残り二回にまでたどり着いた。

「煙管。ほら、シャンクス最後だよ。」
「る、るなぁ……、あ、瑠璃」

 机の上の数字が50へと切り替わった瞬間、部屋の中に光が満ち始める。多分、元の船内へと戻れるのであるだろうが、未知の体験という物は怖く、シャンクスの胸元のシャツをぎゅっと握る。目の前にいるシャンクスですら眩しく直視できずに瞼を閉じる。
 光が収まった気配に強く閉じた目を開くと、そこには見慣れた自室が広がっており、瞬きを繰り返す。体勢はソファで座っていたのまんま私のベッドの上へと戻ってきていた。いそいそと、シャンクスの上から降り、床に降り立つと部屋の外からドタバタと足音が近づき、部屋の扉が開かれた。
 部屋を開けた面々は、私たちが白い部屋に飲み込まれたのを見送った顔ぶれで、部屋にいる私たちを見ると口々に「戻ってきたのか。」「どうなるかと思ってたぜ。」「まぁ、お頭と一緒なら何とかなると思ってたけどな」と各々自由に発言する。
 何とか無事に戻ってきた旨を伝えていれば、後からやってきた副船長がシャンクスに向かって書類を突き出している。またなんかやったんだろうなぁとその姿を見守っていると、副船長から声をかけられた。

「と、いうわけだ。なまえ、お頭を借りていくぞ。」
「休憩はしっかりしたはずなので、遠慮なくどうぞ。」
「おい!なまえ!まだ俺と一緒に居たいよな!?」

 その言葉に「公私混同はしないって決めてるので、」と笑って伝えれば、お頭は抵抗も虚しく副船長に引きずられていった。集まってきていた面々も「よかったよかった」と散り散りになり、仕事の続きをするかと思った時、後ろから「なまえ」と名前を呼ばれた。振り返り、呼んだ相手であるシャンクスを見れば、彼は再び口を開いた。

「……また、夜にな。」



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