暑さも寒さも彼岸まで



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 暑い。顔を伝って流れる汗を、鞄から取り出したハンカチで拭いながら空を見上げる。そこには、雲一つとしてない空に燦々と光を放つ太陽がある。前まで居城にしていたアラバスタほどではないとは言え、熱すぎではないだろうか。憎らしげに「あつい」と言葉を零す。その言葉が聞こえたのか、隣に立ち歩く男が足を止め「なにか言ったか。」と言いたげに私の方へと視線を落とす。
 隣に立つ男――クロコダイルは私よりもずっと厚着をしている。長袖のシャツにベスト、首元にはスカーフ。かかとまで覆うスラックスに熱が籠もりそうな革靴。流石にいつものマントは着ていないようだが見ているだけで暑そうである。じっと汗一つかいてないクロコダイルを見つめ、なぜ暑くないのかを考えていれば、私からの返事がないことで期限を損ねたのか「おい」と地を這うような声が耳に響く。
「いや、そんなに厚着して暑くないのかしらって」
 自らが抱く疑問をそのまま彼に告げれば、クロコダイルは小馬鹿にしたようにハッと笑い声を上げ再び口を開いた。
「温室育ちのお嬢さんとは、鍛え方が違うのだよ」
「好きで温室育ちしたわけじゃないのだけど」
「……そもそも、温室から連れ出したのは貴方じゃない。」
「ハッ、それもそうだ。」
「それにもう温室にいた時より、貴方といる時のほうが長いわ」
 そう溢せば、クロコダイルは酷く満足げな表情を浮かべ「そうだな。」と言葉を吐いた。クロコダイルの気まぐれで、連れ出された私の人生はもう半分以上彼と一緒に過ごしている。これだけ長い間一緒に過ごしてきたというのに、私は彼が外で涼し気な格好をしているのを見たことがない。
「半袖、着たことあるの?」
「ないワケじゃねェが、おれの趣味じゃねェ」
 要はなんだか、落ち着かないらしい。言われてみれば、部屋でくつろいでいるときも彼はシャツの釦を開けるか袖を折るか、そもそも着ない……といった風で半袖を着ているところを見たことがない。頭の中で半袖のクロコダイルを思い浮かべると、なんだか滑稽で変な笑い声が出そうになる。そんな私を横目でちらりと一瞥した彼は「さっさと行くぞ」と止めていた歩みを再び進めた。
 またこの暑い中を歩くのか、日陰でもあればいいのだけどと、軽いため息を零す。先に進んだ彼の背中を見ると、足元から私の方へと人一人入れそうな黒い影が伸びていた。クロコダイルを日除けにすれば少しは涼しいかもしれない。気温は変わらないかもしれないが、直射日光を浴びるよりかはましなはずだ。そう考えてしまえば、行動は早く先に進んでいるクロコダイルに小走りで近寄り、影に入りながら二歩後ろを歩く。先程まで多かった口数も、暑さで減り、そんな私に合わせるように彼は無言で歩く。数メートル進んだ時、突然彼が歩みを止めた。クロコダイルが突然立ち止まったことで、斜め後ろ歩いていた私は彼へとぶつかりそうになり慌ててクロコダイルを見上げ、口を開く。
「どうしたの?」
「なんの真似だ。お嬢さん」
 不満げに私を見る目に笑ってしまう。多くの人は彼を感情の起伏がないと見るだろうが、私からすれば感情が流れるように変わって面白い。
「一歩下がって男を立てる。淑女でしょ?」
「趣味じゃねェ」
「今日はそればっかりね。」
「うるせェ、」
 葉巻を口に咥え直したクロコダイルは、屈みこみ何をするのかと怪訝そうな表情を浮かべる私の膝裏に右腕を差し込み、そのまま立ち上がった。上がる視点と不安定な姿勢に彼の肩に手を置き、揺れに耐える。影で日光に当たっていなかった身体は直射日光に当てられ、すぐに汗を生み出す。日光だけでなく彼と触れている身体からも温もりを感じて、暑さが増したように感じる。
「暑い、頑張って歩くから下ろして」
「俺が歩いたほうが早くつく。」
「肌が焼ける。」
「この前、日焼け止め買ってやっただろう」
 そう言われてしまえば、もう何も言い返せずに黙り込むしかない。黙りこくった私を見て彼は「やっと静かになったな」と、呟きながら今まで歩いてきた道を折り返して歩き始める。聞いていた目的地とは逆方向に進む彼の肩を叩き声をかける。
「あっちに行くんじゃないの?」
 逆方向を指を指して示す。
「予定変更だ。さっき傘屋があっただろう。」
「日傘を買うぞ」
 「そうすればまだマシだろ」という彼の頭を嬉しさから抱え込む。「離れろ」と怒る彼に笑いながら感謝を伝えれば鼻で笑われる。「クロコダイルと私が入れるぐらいの買おうね。」「誰が差すんだ。」「クロコダイルに決まってるじゃない。」と、言い合いをしながら、店へと足を進める二人の影は一つになり長く伸びていた。





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