1,据え膳は喰らう質



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時刻は20時を少しだけ過ぎた頃、住宅街にあり駅から離れているこのコンビニを訪れる客は少なく暇を持て余していた。ピンポンと軽快な入店音がなり、出入口のドアに目を向ける。そこにはドアの天井に頭をぶつかりそうになるほどの長身な男性。頭をかがめて店内へと入ってくる。男性にしては珍しく黒いロングヘアを後ろでひとつに縛っている。思わずじっと見つめていると、目が合ってしまい慌てて「っいらっしゃいませ」と声を上げた。そんな様子を見て少し笑われたような気がした。


20時を過ぎると自分が働くコンビニは、もうシフト時間内で入荷はなく、品出しも終わっているため特にやることがない。あるとすれば、お客さんが買い物をした後にその商品棚を並べ直したり、レジの割り箸やおしぼりを補充したり、少なくなってきた煙草のカートンを空けて補充するぐらいだ。ただレジに立ってたまに来るお客さんを対応するこのバイトの時給は安いが、規則が緩いコンビニのため髪染め、ピアス、ネイルOKなのが取り柄だ。緩く動きたくない私にとってはちょうど良いバイトなのだ。
ぼーっとしていることに飽きた時の暇つぶしはお客さんの人間観察。買い物に来たお客さんが何を買ってくのか、ご飯ものを買った時に訪ねるお箸の数で誰と食べるのかとかを考えてると時間は不思議と経過していくのだ。


今店内にいるお客さんは、さっきドアをくぐってきた黒髪ロングの長身男性のみ。見てることを察せられないようにじんわりと視線を向ける。男性はただ身長が大きいだけではなさそうだ。ジャケットの隙間から見える黒いシャツに浮き出る筋肉の影から鍛えてある体なことが見て取れる。正直、身長が大きくて、ムキムキの筋肉はめちゃくちゃタイプな私は目の保養にしようと、静かに気配を追ってしまっていた。こんな風に観察しているのがバレたら、ただの気持ち悪い人になってしまう、そんな気持ち悪い店員にはなりたくない。

思考を逸らすためにレジの釣銭在高をみて少すぎる硬貨や紙幣がないかを確かめていく。特に5000円札は不足しがちなので何枚あるのかを見ているとレジ台に何か物を置く音でモニターを見ていた目線を上げる。「こんばんは、いらっしゃいませ」と少し間延びした声を上げる。あのお兄さんだ。まっすぐ見ても胸からお腹ほどしか見えない。やはり背が高いんだなと再確認した。顔を見ると切れ長な目と目が合ってしまい、先程見つめてしまった罪悪感からいたたまれなさに包まれる。

「これらの商品温めますか?」

かごの中身はガッツリご飯系。いっぱい食べるなぁと思いつつ、温め商品は3つ、私の後ろにレンジは2つしかないため温めるなら早々に温めなければならない。

「あぁ、よろしく頼む」

その言葉を皮切りに1番長いものと短いもので先に温めを始める。その間に袋の有無を尋ねながら全ての商品のコードを通していく。支払い画面に移ろうとした時に「あと、」とお兄さんの声が耳に入ってくる。画面から顔を上げるとそこには"Peace"と書かれた箱をこちらに見せてくれているお兄さんがいた。

「Peaceをワンカートン貰いたい。」

「かしこまりました。Peaceワンカートンですね」

危なかった。支払い画面へ移ると戻るの時間がかかるから、移る前に言ってくれてラッキーと思いながら後ろの煙草の棚、下の扉を開けてPeaceのカートンを探す。
探している時に後ろ姿を見られるのが少し気恥しい。Peaceは定位置が右側、だから右側から探した方が早い。忘れないようにPeace、Peaceと呟きながら探す。やはり右下にあったカートンを手に取りお客さんに向かって確認の形をとる。煙草に目を通し、頷いたのを見てからバーコードを通す。

「すみません、御手数ですが年齢確認の方をよろしくお願いします。」

絶対に20歳を越えてる人にも行う年齢確認。意味はあるのだろうか?機械が発する年齢確認の音声を遮りながら、ボタンを押して貰うように促す。確認表示を消してから合計金額を言い、支払いを済ませてもらう。
その間に温め終わったもの達と合わせてレジ袋へと詰めていく。

「お箸、何膳かお付けしますか?」

「1膳つけて貰えるか?」

1膳の言葉に頷きながら、袋の中に箸を入れ込む。その間に支払いは済んだようだ。袋の持ち手を持ちやすいようにくるくると1本にまとめる。未だに立ちはだかるレジのパーテーションを避けながら、持ち手の付け根部分を持ち相手が受け取るのを待つ。そんな私の気遣いに気づいたのか、こちらを見て「ありがとう」と言葉をかけられ、差し込まれた手と一瞬だけ触れ合う。ありがとうございました。またお越しくださいの定型文をお客さんの背に投げかける。


それから毎週水曜日彼は毎回カートンを買っていく常連のお客様となった。煙草は必ず買っていくけど、煙草だけのときもあれば、ご飯を買っていく時もある。
あのお兄さんがいつものようにドアをくぐるように入ってくると、煙草を棚から出すようになった。気持ち悪いと思うかもしれないが、毎週同じ時間に同じものを買っていくお客さんのことは正直覚えてしまう。というのもあるが、正直お兄さんがタイプなのもある。暇なバイトで、多種多様なお客さんが来るコンビニではついお客さんに好き嫌いが出てしまう。多分これは接客業の性だ。

お兄さんの煙草の種類を覚えるようになってから、彼の魅力により取り込まれた。初めて何も言わずにカートンを出した時、お兄さんはこちらを見て切れ長な目を細めて口を開いた。

「覚えててくれたのか。ありがとう」

「よくご利用してくださるので、つい」

いつもより口角が上がった表情でこちらを見てくるお兄さんを見ながら返事をする。切れ長な目を細めて微笑んでいる顔は今までに見たことの無い顔だった。珍しい顔が見られたとちょっとときめいた心を抑え、バーコードをスキャナーで通す。
いつも通り出てくる年齢確認の作業して支払いをしてもらう。さっきの顔がかっこよかったなぁとお兄さんを見ているといつの間にか支払いが終わったようで、レジ台に置かれている煙草のカートンを体に見合う大きな手で掴んでいた。

「また来る。」

「お待ちしていますね。」

思わず笑みが盛れた顔で答える。マスクをしていても目で笑っているのは伝わっているはずだ。出入口へと足を進めるお兄さんの背中に「ありがとうございました〜」と投げかけた。

また来る、その宣言通りお兄さんはそれからも煙草を買いに毎週水曜日の20時過ぎにやって来ていた。
レジにくるお兄さんに、いつも通りカートンの箱を用意して待っていると少しだけ申し訳なさそうにお兄さんから声をかけられた。

「悪い、今日はバラで買わせてくれ」

「珍しいですね、何個にしますか??」

「3つで」

「かしこまりました。」

そう返事をしてカートンは端に避けて、後ろの棚からバラで3つを手に取る。お兄さんの方に向き直り、念の為煙草の種類を見てもらう。バーコードを通そうとすると声をかけられた。

「今日は何時から何時までなんだ?」

「いつも通り、17-22時ですよ」

「そうなのか、頑張ってなお嬢さん」

お嬢さんと言われ慣れない単語にドギマギしてしまう。キザなセリフもイケメンが言うと違うものなんだなとひとり納得する。

この日を境に、お兄さんの買う煙草はバラで買うようになり一言二言だけ言葉を言葉を交わすようになった。大した会話では無い。今日は寒いですねとか前に買って美味しかったものとか他愛もない世間話だ。ひとつ変わったことといえば、お兄さんの来店頻度が上がったことだろうか。煙草をバラに変えたからであろうか、1週間に1回だったのが週4回入っている日には大体来るようになった。


お兄さんが煙草をバラで買うようになってから2週間がたった。この頃には週3.4日で会うお兄さんは、結構仲のいい常連のお客さんへと変化していた。珍しく今日は 、20時を回ってしばらく経つがお兄さんは訪れなかった。コンビニに来れないぐらい忙しいのかなと思う反面、お兄さんに会えるのを少し寂しく思う自分がいることに驚いた。いつの間にか、バイトの日には会えるものだと勝手に認識していたようだ。

時刻は21時50分になった。22時までのシフトもあと10分。10分間のバイト代はもういいもう勤怠を切って帰りたい。お客さんもまばらだし、深夜勤の人も来ている。もう本当に帰ってもいいのではないかと思っていたその時、軽快な入店音がお店に鳴り響いた。

条件反射のように発する「いらっしゃいませ」は心做しか声色が疲れているように感じた。ドアに目を向けると、頭を下げてドアをくぐるように入ってくるお兄さんの姿。こちらをチラリと見る目と目が合うと、ゆっくりとレジへと歩みを進めてきた。その動作を静かに見つめていたが瞬間、煙草のことを思い出し我に返る。慌てて後ろの棚からPeaceを3つ手に取り、お兄さんを待つ。
私のそんな様子を見て、少し笑っている気配を感じて少し気恥ずかしい。

「今日は遅いんですね。」

「あぁ、少し予定が立て込んでてな。」

「もう今日はいらっしゃらないかと思ってました。」

そう笑って一言、二言小さく交わす会話。会話をしている間にレジ業務を進めていく。お会計が終わると「じゃあな」と言葉が投げられレジを去っていくお兄さん。その背中にいつも通りありがとうございましたーと間延びした定型文を投げかけると時刻は22時。上がりの時刻だ。

「お疲れ様です。」店内でレジ業務と掃除を始めようとする深夜勤の人達に声をかけながら店の外に出る。
2月に入って更に強くなった寒さに身を縮こませ「さむ」と一言呟く。左から低い声が耳を撫でた。

「お疲れさん」

手に握って連絡を確認していたスマホの画面から、弾かれたように顔を上げると外に置かれている灰皿で煙草を吸うお兄さん。

「お、お疲れ様です?」

驚いて吃るような声が溢れでた。頭にはクエスチョンマークが浮かんでいるのが見て取れたのだろう。ふはと笑う声が聞こえ、ついじっとりとした視線を向けてしまう。

「お兄さん、なんでいるんですか」

「ベン・ベックマンだ、お嬢さん。」

「ベンさんは「ベックでいい」」

「…ベックさんなんでいるんですか」

「煙草の銘柄を覚えてくれるいい店員さんがいる店にちょうどいい喫煙所があってな」

ベックさん、と読んだことに少し不服そうな顔をしたものの、笑ってさっきのセリフを吐くあたり理由は教えてもらえなさそうである。少し、外なので肌寒いが足早に目の前を去り家に帰る訳にも行かない。
結局この日は、ベックさんと会話できた嬉しさを隠すようにマフラーに口を埋め、レジ前で交わすよりも少しだけ長い会話を楽しんだ。

この日から、ベックさんは1つ変わったことがある。来る時間が変わったのだ。前は20時すぎに来ていたのが、この日を境にシフトが終わる22時前になった。買い物を済ませたあと、外の灰皿でタバコを吸いながらバイト上がりで店の外に出る私と話すようになった。

店外で密会のように行われる会話。そこで得た情報は店員の立場では知り得ないものばかりだった。年齢は28歳。仕事はある会社の副社長をしているらしい。社長は若く自由奔放だから大変だと穏やかに笑うベックさんは楽しそうで、新しい1面を垣間見ることができて嬉しかった。


灰皿の密会は毎回ある訳では無いが、行われた回数を重ね両手で数えるのが大変になってきていた。
時刻は21時45分。今日は密会があるのかな、と思っているとベックさんがいつも買うPeaceがさっき接客したお客さんで売り切れてしまったことに気づく。これでは、ベックさんが買うものがない。
定期的に、というかベックさんが1週間でワンカートン分は確実に買っていくので在庫には余裕を持って発注をしているはずだ。あ、店長発注飛ばしたなーなんて考える。21時50分、軽快な音楽とともにベックさんが店に入ってくる。こちらに向かって一直線に向かってくるベックさんに申し訳なさそうな顔をうかべる。

「すいません、煙草売り切れちゃってて…」

「…そうか、明日には入るのか?」

「明日のお昼には入るかと」

「分かった、じゃあPeaceLightsを1つくれ」

そう言うとレジ横にあるホット飲料から2本手に取り、レジに置く。コーヒーブラックとレモンティー。今まで買うとしてもコーヒーブラックだけだったのに今日はレモンティーも買うんだ、珍しいと思いつつ会計を進める。袋は必要ないとの事だったので、レモンティーにテープを貼り付ける。会計が終わると、アウターのポケットにコーヒー缶とレモンティーを入れ、ゆったりと立ち去る。
それを見送ったあと、定刻になりバイトを上がった。

外に出ると「お疲れさん」と声が掛けられる。密会開始の合図だ。いつも通り、ゆったりと煙草を吸うベックさんを見ると、アウターのポケットからレモンティーが手渡された。

「え、いいんですか?」

「お嬢さんに買ったものだからな」

「てっきり家にいる彼女さんに渡すものかと」

「彼女はいない。居たらこんな所で油売ってないさ」

そう静かに返される。確かにと言葉に納得しながら顔を見上げると、今日は少し物足りなさそうな顔をしていて悪戯心に火がついた。ちょっとぐらい、ベックさんに悪戯してもいいだろう。

「今日は残念でしたね。」

「あぁ、俺の楽しみが少しだけ薄くなった。」

「やっぱり違うものなんですか?」

「少しだけ物足りないな。」

「口寂しいならキスでもします?」

驚いたようにこっちを見るベックさん。表情が崩れたのを見て悪戯が成功したような笑みを浮かべる。そんな笑いは、迫ってくる顔を前に消え去った。

「じょ、冗談ですよ。ベックさん…っ」

「ベックだ。お嬢さん」

ベックと言いかけた口は目の前に降ってきた唇に塞がれた。



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