溺れた弱み



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 14歳の時、船長を失い私は自分の進むべき道を定められなかった。路地裏の木箱の上に座り、雨に打たれながら一人でゆっくりと”これから”を考えた。この時、私は海賊をやめることを決めたのだ。同じ見習いだったシャンクスとバギーとは、人混みに流され、いつの間にかバラバラになってしまった。仲間を失った私が一人で生きていくには、少しこの世界は過酷すぎる。鞄の中の財布を取り出し、お金を計算し、数週間は生きていけそうだと独りごちる。木箱から飛び降り、近くの宿を探した。すぐに宿は見つかり、優しい女将さんに迎え入れられた。一人、孤児のように生きる私を女将さんは心配してくれて少しだけ宿代を安くしてくれた。シャワーで身体を温めたあと、部屋の窓から見えた空はすっかり雲が消え去っていた。
 次の日、女将さんに日雇いの仕事をそれとなく聞いてみると、すぐ近くにある食堂が手伝いを探しているらしく、女将さんに紹介してもらうことになった。幸いにも、ロジャー海賊団の船に乗っていたとはいえ私自身は賞金首でもなく世間に顔も割れておらず、宿で寝泊まりしながら食堂で働かせてもらえることとなった。慣れない仕事をするのは、思いの外体力を持っていかれるものだった。しかし、食堂で働く中「おーい、こっちこっち」「これ持ってきてくれ」と、賑やかな空気に身を置けるのは気分が紛れて楽しかった。

「お疲れ様、これ今日の分」
「ありがとうございます。また、明日。」

 仕事を終え、部屋の窓を開け見慣れてきた町並みの奥に海が見えた。ずっと暮らしていた海。寂しい気持ちがふつふつと沸き、気づいたときには海辺に来ていた。心地の良い潮風に髪の毛を煽られながら砂浜を進んでいけば、人一人座れそうな岩を見つけ膝を抱えて座り込む。膝に顔を埋め、漣に耳を傾ける。考えることは、どうしてもこれからのこと。今は陸で暮らす私だけど、できればシャンクスやバギーや船員のみんなと旅を続けたかった。今頃みんな何をしているだろうか?シャンクスは一人でも生きていける才能はあるけど、バギーは一人でも大丈夫だろうか?これからのことを考えているのに浮かぶのは仲間のことばかり。しばらくの間、仲間たちに思いを馳せていると後ろからざくざくと砂浜を歩く音がした。潤んだ瞳を擦り、後ろを振り向くとそこには先程まで案じていた赤鼻の少年が立っていた。

「よォ、久々の夜泣きか?」
「……ちがうよ、バギーじゃあるまいし」

 女の子の扱いがなってないな、と思いつつ言葉を返せば、「ハァ!?おれは夜泣きなんかしてない!」と叫びながらズカズカと岩の前に回り込んだ。彼が海王類に襲われた時、夜ずぴずぴ泣いていたことを私は知っているし、軽い嘘は意味がない。私の前に立ち仁王立ちをするバギーは一週間ぶりだというのに、久しぶりな感じがした。まじまじとバギーを見ると、彼は少しだけくたびれた感じがした。一人で生きていくのは、彼もまた大変だったんだろう。まだこの島に留まっていたこともそうだが、ここに何をしに来たのだろうか。

「ここで何してるの?」
「派手に旅立とうと思ってな」
「一緒に来ねェか」

 突然の誘いに驚いて、口籠る。「シャンクスは?」と、聞けば彼の地雷だったようで「アイツはもう知らねェ!次会う時は敵だ敵」と勢いよく捲し立てる。かつて、自分の船に乗ってほしいと誘いを掛けるまでにシャンクスのことを買っていたのに、何があったのか。自分には知る由もないが、口を開けば喧嘩を吹っ掛けるバギー達のことだ。今回もその延長線なんだろう。

「バギーは私が欲しい?」

 正直、誘われて嬉しかった。他にも誘う、誘われる相手はいただろうに、なんで私なんだろうと疑問に思ってしまった。そんな心に浮かんだ疑問は顔に出ていたようで、ムッとした顔でバギーは口を開いた。

「俺は世界中の財宝を手に入れるんだ。」
「お前のことを逃したくない。」

 思わず告げられた愛の言葉に、瞬きを数回繰り返す。目をパチパチとさせ、バギーの顔を見れば特徴的な赤鼻と同じぐらいに頬を赤らめていた。こういう可愛ところがあるから、バギーは憎めないんだよな、と心のなかでそっと考える。想いを伝えられたのに、案外落ちつていられたのは薄々彼からの好意に気づいていたからかもしれない。

「それに、オメェがいねェと俺はダメダメだ。」
「溺れたら泳げないもんね。」
「いいよ、乗ってあげる。バギーの船。」
「うるせェって、ホントか!?」

 「ホント、ホント」と手で近づいてくる顔をあしらえば、照れ隠しのように「海で溺れた時はちゃんとオレ様を助けろよ!」と、顔を赤くし叫んでいる。うるさいよりも、可愛いと感想が先にくる私はもう彼に溺れていた。

 ――――――――

 夜風にあたり、趣味の悪い船首を撫でる。小さな、小さな小舟から始まった旅路は、船首を彼の顔にするまでに大きくなった。船内に繋がるドアが大きな音を立てて開いたと思えば、大きなマントで身体が後ろから包まれる。小さい時は変わらなかった身長差も、今となっては頭1つ分ほど変わってしまっていた。

「何考えてたんだ?」

 私の肩に顎を乗せながら、バギーは落ち着いた声で尋ねてくる。彼の頭につく装飾品が首筋に当たって擽ったい。

「……二人で再出航したときのこと思い出してた。」

 ゆっくりと身体を捻り、バギーと向き合う。彼の細身だが、筋肉がしっかりとついているウエストに腕を巻き付け言葉を零す。

「ここまであっという間だったね。」

 バギーは静かに同意を返し、私のことを静かに抱きしめ返した。ふんわりと拭いた砂混じりの風が特徴的な甘い匂いを運んできた。私は静かに彼の身体に回していた腕を離し、船から降りる階段へと歩みをめた。その様子にバギーは少し焦ったように「どこにいくんだよ!」と声を投げかけてくる。彼はまだ気づいていないのだろう。

「お迎えだよ、バギー。今度は何したの?」

 振り返り、言葉を言い返せば、バギーは思い当たる節があるのか焦ったような表情を浮かべ私に泣きつこうとしてくる。しかし、もう遅いだろう。私とバギーの間に砂が巻き起こり、砂漠の王が立ちはだかった。彼は私をちらりと一瞥すると「借りるぞ」と言い残し、バギーの首を掴み居住地へと飛んでいった。今度は一体何をしたのだろうか?また、悪事の詰めが甘かったに違いない。しかし、そんな所が可愛いと思ってしまう私はまだ彼に溺れているのだろう。
 




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