2,蛇に縛られる



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 月が真上に浮かぶ中、自らが乗る船は穏やかに浮かんでいる。窓から差し込む月明かりに見守られながら、部屋に置かれた寝台へと座るスネイクさんの前に立ち、彼の首元に腕を回しスネイクさんの唇に自らの唇を重ねる。啄むような軽いキスから始まり、段々と深くなるキスについていくために積極的に自らの舌先を絡める。最初は意識する互いに呼吸音さえ、気にならなくなるほどの口付けに無意識に彼の髪の襟足をくしゃりと掴む。しばらくの間、二人でキスを楽しんでいたが、やがて小さなリップ音とともに唇を離すと、互いに見つめ合い静かに笑いあった。
 もうキスには慣れてきたが、未だにスネイクさんを勝ることができない。少しだけの悔しさを胸に抱え、寝台の上であぐらをかく彼の上に横抱きで収まりながら談笑する。そういえば、と先程の口付けを思い出し、スネイクさんの首元に腕を伸ばす。伸ばした右腕の先は彼の襟足を捕らえ、指先にくるくると髪の毛を巻きつける。はじめてキスを交わしたときは肩につかない長さだったのが、今では毛先が肩についてしまっている。

「伸びましたね。」

 遊ぶように、指先に髪の毛を巻き付けては解きを繰り返せば、スネイクさんはたまに指が首に触れるのがくすぐったいのか首をすくめる。そんな反応が珍しく、首筋をなぞるように指を動かせばびくりとスネイクさんの身体が揺れる。くすぐったいのが苦手なんだなと新しい発見をしていれば、彼の手に手首を掴まれスネイクさんの口元まで運ばれる。嫌な予感を感じたときにはすでに遅く、先程まで髪の毛を巻き付けていた指先に唇を落とそうとしている。

「悪戯な手にはお仕置き、しないとな」

 その言葉に慌てて腕を引き戻そうとするが、スネイクさんの力には勝てず口付けを落とされる。当然1回では終わるはずもなく、数回キスを落とされた後に腕は開放された。急いで腕を自分の方に戻し左手で右手を握りしめ、話題が戻るように口を開く。

「髪の毛、伸ばすんですか?」
「考えてなかったな」
「そろそろ夏島の海域だからな、縛ったほうが涼しいか?」

 確かに伸びてきたなと、後頭部に手をやるスネイクさんが続けてうーんと悩ましげな声をあげている。悩む姿は微笑ましく、背筋を伸ばしスネイクさんの頭に手を置いて少しだけ伸びてきた髪の毛をなぞるように撫でる。船に乗ってから長い年月が経つが、スネイクさんが髪を縛っている姿は見たことがないなと記憶を振り返る。定期的に甲板で開かれている散髪に参加していたのだろう。船に乗った頃、痛みきった毛先を切って欲しいと参加を申し出れば他船員から「お前は女なんだからちゃんと切ってもらえ」と、口々に言われたことを思い出す。挙げ句、髪の毛のことならライムジュースだとライムジュースを紹介され、島に上陸した際、美容院へと連れて行かれたことが懐かしい。

「今まで伸ばしたことないんですか?」
「縛るのを面倒くさがって切ってたな」
「せっかくなので伸ばしてみて、私に縛らせてください」

 約束ですよ、と指切りを交わし少しだけの蒸し暑さを感じながら寄り添い合い瞼を閉じた。

 ――――――――

 次の日、蒸し暑さに目を覚ます。肌にまとわりつくような湿気を感じ、寝ている間に夏島の海域へと入ったのだと感じ取る。隣に寝ているスネイクさんはこの暑さで起きる気配はない。しかし、気温が上がっていることは感じているようで彼の身体はじんわりと汗をかいており、首筋に揃っていない毛先が張り付いてしまっている。筋肉量もあるし、暑いだろうなとスネイクさんの身体にかかっている掛け布団を足元に追いやり、肌寒くもう一枚ほしい時に使っていたタオルケットを彼の身体を覆うようにかける。いくら、胸元が開いている服を着ているとは言え、私とは比にならない筋肉を持つスネイクさんの体感温度は私より高いに違いない。
 一通り環境を整え、自らを見下ろし目に入るのは薄手のカーディガン。暑いわけだと納得しながら、寝台から降り身支度を整えていく。スネイクさんの部屋へと泊まる回数が増えると比例するように、彼の部屋に私物が増えていった。羽織っていた薄手のカーディガンを脱ぎ、汗をかいたインナーを半袖のシャツに変える。着替え終わると、ガサガサとした音で目が覚めたのかスネイクさんが寝台の上からこちらを見ていた。

「おはようございます」
「おはよう、暑いな」
「すっかり夏島周辺の気候ですね」

 そう言い、少しでも風を得ようと手をパタパタさせるスネイクさんが着ている服はベストのようなものだけであり、これ以脱ぐことができない服装だ。これ以上快適さを求める見込みはなさそうである。せめて汗を拭えるようにと、彼にタオルを手渡せば、感謝の言葉とともにタオルが受け取られる。首元を拭いながら、張り付く髪の毛を鬱陶しそうにしているスネイクさんに向かい口を開く。

「髪の毛、結びます?」
「昨日約束したからな、まとめてくれ」

 身長差があるため、スネイクさんに床へと座ってもらい寝台に腰掛け彼の髪の毛に櫛を通す。汗をかいているため髪の毛はしっとりしていて、整髪料を使い伸びかけの髪の毛をまとめる必要性はなさそうである。数回櫛を通したあとに、毛を1つにまとめ、上手く結べる位置を探す。様々なシミュレーションをした結果、耳の高さよりも少し下の方が一番髪の毛を多く括れそうであると判断し、もう一度櫛を髪の毛に通し集め、ちょっと動いても取れることがないようにキツめにヘアゴムで括った。できた、と肩を叩くと、スネイクさんは三センチほどの毛束を揺らしこちらを振り向く。その瞬間、もみあげ周辺の短い毛がはらりと垂れる。

「完全に括るにはまだ長さが足りないですね、」
「そうだな、でも縛ってないよりマシだ」

 ありがとな、と告げられ大したことをしていないのになんだか照れてしまう。そんな私を見ていたスネイクさんがいいことを思いついた表情を浮かべ、口を開く。

「なァ、俺にも縛らせてくれ」

 お礼だという提案を飲めば、そこからの行動は早かった。寝台と床の位置を交換しても、スネイクさんのほうが圧倒的に高い位置になってしまう。ちょうどよい高さにするため、椅子を寝台の前に移動させ椅子へと私が座り、寝台にスネイクさんが座り髪の毛を結んでもらう。頭皮に当たる櫛の感触から、少しだけぎこちない動きを感じ笑みが溢れる。途中前髪まで、後ろに持っていかれ慌てて止め、前髪を取り返しながらやっとのことで結んで貰う。支度を終える頃には朝食の時間になっており、二人で慌てて食堂へと向かった。食堂で食事を終えたあとは、各々与えられた仕事をこなした。昼食時を過ぎた頃、船員の「島がみえたぞー!」の叫び声がかかり、数時間後には島へと上陸していた。上陸作業に追われていれば、すっかり夜になっていた。船番を除いた船員の多くが、島の酒場で開かれている酒宴に行き静まり返った船内の倉庫で終わらなかった作業をしていれば、ドアの開閉音が倉庫内に響く。誰が来たんだろうか、と疑問に思いながら振り返ると、朝別れたきり会っていなかったスネイクさんが立っていた。

「宴会、行かなかったんですか?」
「航海計画立てていたら、な」

 話を聴くと、息抜きに食堂へと立ち寄ったら船番の船員から私が残っていることを聞き、様子を見に来てくれたらしい。あと十分程で終わる作業を手伝ってもらい、食堂で作り置かれた食事を取った。風が吹き込まない船内より、外のほうが涼しい。どうせ宴会に行かないのなら、とスネイクさんと散歩に誘った。日が沈み、過ごしやすくなった気温に括っていた髪の毛を解き、船が見える程度に離れた砂浜を並んで歩く。時折吹き込む風がじんわりと歩いたことで掻いた汗を冷やし、心地よさを覚える。しばらく今回の停泊の予定を立てながら歩いていれば、ふいに強い風が吹きつけ、着ていた衣服がはためいた。砂が目に入らないように目を細め、なびく髪の毛を手で抑え風が去るのを待つ。風が過ぎ去り、スネイクさんの方を見ると、まだ結べる髪の毛が短いからか、風に煽られ結びがたるんでしまったらしい。無造作に1つに縛り直そうとしており慌てて止めに入る。

「丁寧に結ばないと、解く時ゴムに絡まって髪の毛が痛みますよ」

 下手にやると抜けますよ、と脅すようにいうと、抜け落ちるのは嫌なのか縛ろうとしていた手を止める。言い訳もしない素直な様子に思わず笑ってしまう。隣に立っていたスネイクさんの背後へと周り、トントンと背中を小さく叩く。

「結び直すのでしゃがんでください」
「すまん、頼む」

 私が結びやすい高さまで屈んでもらい、ポケットに入れていた前髪を整える用の小さな櫛でスネイクさんの髪の毛をまとめていく。途中、横の毛がはらりと落ちていくが、入らない毛は諦め、今度は風が吹いてもたるまないように手首についていた予備のゴムを一本増やして結ぶ。終わりましたよ、と肩を叩く。スネイクさんはゆっくりと立ち上がり、振り返り向き直った。スネイクさんが右手を私の頭上へと伸ばしたことで、そろそろ帰りましょうか、と言うつもりの提案の台詞は口から吐かれることはなかった。

「ゴミ、ついてる」
「ぁ、ありがとうございます」

 頭を撫でられると思いつい力んでしまった身体は、スネイクさんがゴミを取り除き、砂浜に落としたことで段々と緩んでいった。ゴミを払ったついでに、乱れた前髪をスネイクさんに整えてもらう。前髪を整えていた彼の指先はいつの間にか後頭部に回り砂と潮風でぱさついている髪の毛に指を通している。頭皮をなぞるスネイクさんの指先の温もりは私にとって心地よい感覚であった。心地よく撫でる動きが止まったことを不思議に思い、スネイクさんの顔を見上げれば彼の左腕がいきなり腰に回り、スネイクさんの胸板に押し付けられ持ち上げられる。背伸びをした状態で近づいたスネイクさんの顔を直視できず、目線を逸らすように顔を動かそうとすれば、その行動すら許さないと言わんばかりに後頭部にある彼の指先が力を入れ阻止される。抵抗するように顎先を見つめていた視線を恐る恐る上げれば、待っていたと言わんばかりに唇は塞がれた。

 ――――――――

 上陸していた夏島は、幸いにも物資が豊かな島で最低限必要な物資は2日と経たず揃えられ船へと積み込まれた。しかし、この島の難点はログが貯まるのに一週間かかってしまうことだった。そのため、船員たちは船番を交代しながら数日間の休日が与えられていた。栄えている島なだけあり、暇に襲われることはなく各々有意義な休暇を過ごしていた。それは、私とスネイクさんも例外ではなく、二人で街を回り買い物をして回った。そんな楽しい休暇は長く続くこともなく、あっという間に出発の日になっていた。この島の住人たちは海賊たちに非常に友好的であり、一週間の間に羽振りのよい赤髪海賊団はすっかり島民たちと打ち解けていた。港に集まり、船に向かって手を降ってきてくれている島民たちに手を振り返しながら、島をあとにした。
 夏島を出たからと言っても、夏島の海域から出たわけではなくまだ身体を覆う気温は高く、蒸し暑い日々を過ごしていた。短く切るより、長い毛を結んでいたほうが涼しいと思ったのか、スネイクさんは髪の毛を切ることなく伸ばし続けていた。あの日から、私とスネイクさんの間ではお互いに髪の毛を手入れし、結び合う事が定番になっていた。今までに行っていたキスの練習も欠かさず継続されており、恋人らしさが板についてきていた。

 今日もシャワーを浴びたあと、軽くタオルドライをしたあとにちゃんと髪の毛を乾かすことなく、スネイクさんの部屋のドアをノックし訪ねる。しばらく扉の前で待っていれば、ガチャりとドアが開き中へ招かれる。部屋を訪ね誘われるがままに、寝台の前に置かれた椅子へと腰を下ろすと、寝台へとスネイクさんが座る。スネイクさんは、先日訪れた島で買ったムスクの香りがするヘアオイルを手に取り私の髪の毛に塗布し、慣れた手つきで髪の毛を乾かしていく。後ろから吹き込む温風が心地よく、誘われる眠気をなんとか振り切りながら乾かしてもらう。私が乾かし終わると、役割を交代しスネイクさんの髪の毛を乾かしていく。
 お互い乾かし終わると、スネイクさんは寝台に上がり私のことを抱き上げると、あぐらの上に向き合うように下ろした。彼のあぐらの上に座り、膝を寝台の上に立てスネイクさんの首に自らの腕を巻き付けた。スネイクさんの唇がゆっくりと近づき私のくちびるに触れると、微かにため息が漏れる。彼から与えられるキスは甘くて、私の心をあっという間に魅了していく。スネイクさんが舌先で唇を割るように滑らせるのに応えるように薄く唇を開き、彼の舌の侵入を許し、スネイクさんの舌に自らの舌が触れる。その一瞬で身体が火照り、愛おしい彼への欲望が胸の中で膨れ上がる。

「……っ、もっと、」
「――……後悔するなよ」

 もっと、と彼から与えられるキスを強請れば、口付けは段々と熱を帯びるように熱く、激しく変化していった。スネイクさんの舌先が口内を探るように優しく動くと、その動きに応じるように身体が勝手に身を捩る。舌が深く絡み合う感覚に次第に酔いしれる。思考がまともに動かなくなった頃、スネイクさんは私の背中を撫で、びくつく身体を引き寄せた。彼の胸板に体重を預けると、スネイクさんの手が優しく乾かしたばかりの私の髪の毛を撫でた。ほどなく、重なっていた唇が離れるが、自らの唇はまだ熱を帯びていた。息を整える中で互いに言葉をかわすことはなく、ゆっくりと視線が交わる。彼の瞳に見抜かれた瞬間、先程自ら求めたことを思い出し羞恥心が湧き、視線を逸し彼の首元へと顔を埋める。高ぶる心臓を落ち着かせようと深く息を吸い込めば、嗅ぎ慣れたお揃いのオイルの匂いに混じり、暑さで彼の髪の毛が蒸れているのか汗の匂いが嗅覚を刺激する。同じ匂いを使っているはずなのに、汗の匂いが混じり変化する匂いに頭がくらくらとした。

 ――――――

 夏島の海域を脱し、続けて冬島の海域に入り寒暖差で体調を崩さないように服装を厚手のものへと変えた。海域が変わったことで、甲板の上で航海士として船員へと指示を出すスネイクさんを見れば、夏島の海域では縛っていた髪の毛は首元の暖をとるものへと変わっていた。夜になり、月明かりが辺りを静かに照らしていた。船員は寒さには敵わないのか、甲板には見張り以外おらず、全員船内で飲み食いをし、暖を取っていた。決して静かではない船内に、大きな声で報告が入ってくる。

「海賊船が近づいてくるぞー!」

 最近、赤髪海賊団として名が売れてきているため、よっぽど敵が飢えていない限り襲われることは減っていた。今まで好戦的に戦ってきたからこそ、船員のフラストレーションは十分に溜まっており、敵襲があるかもしれない見張りからの台詞に全員が沸きだっている。船員が各々自らの武器を握り甲板へと走り出ていく。今夜は火をたかなくても、月明かりで戦えそうだと空を見上げて思う。一人、物思いに耽けていれば敵船は勇猛果敢にもレッド・フォース号にぶつかり甲板へと乗り込んでくる。その人数はこちらよりも多く、すこしだけ厄介な雰囲気を感じる。先陣を切って斬り込んできた敵船員は、あっという間に争いを求める輩にのされている。しかし、単体は弱いが量が多く甲板で戦いの火蓋が切られた。
 敵の海賊が女である私に狙いを定め襲いかかってきたが、焦ることなく冷静に対処する。筋骨隆々な仲間よりは、軽やかな動きで敵の攻撃をかわし、その隙に短刀を繰り出す。刃は風を切り裂き、瞬く間に敵の肌を切り裂いた。私は短刀を使い、周囲の敵を次々となぎ倒す。床に伸びている敵船員を避けながら甲板を歩く。甲板では、闘いに燃える戦闘員たちが敵船員と戦いを繰り広げており、銃弾の音と剣の激しい打撃音が船上に響き渡っていた。15分もしないうちに敵船員は全員倒され、いつも通りの日常が戻ろうとしていた。
 姿が見えないスネイクさんのことが少しだけ心配で、転がっている敵船員を避け歩き周る。後ろの帆の近くでみたという船員の言葉を信じ、甲板を移動する。タレコミの通り、帆の近くで立っていた彼に声を掛けると、スネイクさんは少し驚いた顔を浮かべたあとすぐに笑顔を浮かべていた。無事であることにホッとし、近寄ろうとすると、スネイクさんの後ろに倒れていた敵が静かに立ち上がりスネイクさんの背後に近づく。

「スネイクさんっ、危ない」

 忠告したときには遅く、彼の脳天めがけて斧が振り下ろされていた。ぎゅっと目を閉じるが、聞こえてきた敵のうめき声に目を開ける。目を開ければ、スネイクさんはしゃがみながら長い脚で犯人に蹴りを入れ、遠くへと飛ばしていた。慌てて彼のもとへと立ち寄る。しゃがむスネイクさんの周辺には、彼の紫色の髪が散らばっていた。

 ――――――

「残念です。きれいに伸ばしていたのに」
「また伸ばせばいいさ」

 敵船の処理を終え、スネイクさんの部屋へと彼と共に戻る。一部だけ短くなってしまった髪の毛を切り揃えるために、彼に床へと座ってもらい、ハサミを手に持つ。短くなってしまっているところで揃えるとちょうど伸ばす前の長さになる。慎重に髪の毛へと刃を入れていれば、スネイクさんに話しかけられる。

「……お前は、短いのと長いのどっちが好きだ?」
「どっちもスネイクさんには変わりがないから好きです。」
「そうか」
「……でもね、伸びたスネイクさんの髪の毛から自分と同じ匂いするのが好き」
「へぇ……」

 そう答えるスネイクさんは少しだけ嬉しそうな声色をしていた。

「スネイクさんはどっちがよかったんですか?」
「俺は、髪の毛長いほうがお前と長く触れ合えるから、長いのが好きだな」





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