硝煙



Name Change

 ある時、命知らずな海賊がいた。その海賊は、世間では海を統べる四皇と呼ばれている俺たち……白ひげ海賊団に戦いを挑んできた。結果は当然のようにこちらの勝利。挑んできた相手を縛り上げ、マストに固定し金品食料を奪取しにあまり広くはない船内を漁ると食料はほぼ尽きていた。勝てない見込みの戦いを挑んできたのは、闘う以外の選択肢がなかったのだろう。しばらく船内を漁っていれば「隊長!」と呼ばれ、そちらへと足を進めた。呼ばれた先は、船長室よりも奥まった所。大事なモノをしまって置いておくような場所で何か金目のものでもあったのかと思ったが、目に入ってきた光景にその考えはすぐに改めることになった。
 部屋の中心には、天井から垂れている鎖に手を繋がれた女がいた。近づいても動かない体の首元に手をやれば微かに脈打っており、まだ息があるが酷く衰弱しているようで呼吸が浅い。鎖を切断しようと鎖に手を伸ばすと、指先がピクリと意思を持って動いた。声をかけようと女の顔に目線を向けると、口をはくはくと動かしている。微かに聞こえる声が何かを伝えようと静かな部屋に響く。口元に顔を近づけ、掠れた声に耳を澄ませる。

「ぇ、……たすけて」

 その声に応えるように「任せておけ」と言葉をこぼし、乱れてしまっている髪の毛を優しく撫でてやる。彼女は安心したように再び意識を失った。ここからはスピード勝負だった。鎖を断ち切り、彼女の身体を抱き上げモビーへと運び込んで全身をくまなく検査した。栄養失調、多数の打撲痕等があるのみで身体に大きな病気等は見られなかったのが不幸中の幸いだった。粗方の処置を終え、あとのことをナース達に任せ親父へと事後になってしまったが女を一人拾ったことの報告に向かう。既に誰かから聞いていたのか、親父は特に口を挟むことなくこちらに耳を傾けていた。報告を終えると、親父は少しニヤけた顔をしながら口を開いた。

「らしくねぇじゃねぇか、惚れでもしたか」

 からかうような言葉に「そうかも知れねぇよい」と冗談のように笑って返した。話し合いの結果、船に乗せる期間は次のナワバリまでということになった。次の島まで一週間と少し、これだけあれば彼女の体調も回復するだろう。脳裏をよぎるのは自分に助けを求める掠れた声。彼女からの助けの声が喉に詰まった魚の小骨のように残り離れなかった。

 ――――――

 包まれるような炎の暖かさにつられて目を開けると、見覚えのない天井の景色が広がっていた。ずっと意識を失っていたからであろうか、体を思ったように動かせず視線で辺りを見回す。自らの手に目をやると今まで繋がれていた両腕が自由になっており、出入り口と見られる扉付近に今まで自分がいた船にはいなかった男の人が居て、自分が心優しい誰かに助けられたのだと気づいた。
 お礼を言おうと口を開くが長い間意識がなかったからか声が思うように出ない。お礼が言いたいと必死になり持ち上がった腕は力尽き、ベッドの柵に激しい音を立てて当たった。その音に釣られるように、手元のバインダーを見ていた男がこちらを振り返り少しだけ慌てたように近寄ってくる。
 ベッドの横に立つと「目が覚めてよかったよい」と小さく咳き込む私に水を差し出してくれる。与えられた水差しからちびちびと水を飲ませてもらう。タイミングよく喉が潤った頃に水差しは口から離された。潤いを覚えた喉から声を絞り出す。

「……ぁ、あの、助けてくださったんですよね、ありがとうございます。」

 頭を下げたいが、起き上がることもままならない体ではそれも叶わず目を伏せて謝辞を述べる。そんな私を見ながら少しだけ特徴的な髪の毛の彼は笑っている。私の目が覚めたことを心から喜んでくれているようでなんだか嬉しかった。彼は水差しを取るために机へと置いていたバインダーを再び手に取り、私に手を差し伸べ声をかけた。

「早速で悪いが、お前さんのこと教えてくれるか?」

 差し伸ばされた手を、震えを抑えながら握った。体の負担にならない程度の力で腕を引かれ、上半身を起き上がらせる。彼は浮いた背中とベッドの間に素早くクッションを入れ込み体を固定させると腕を離した。
 敵船から助け出し、治療まで施してくれた彼は私にとって敵ではないのだろう。私は静かに自らの出身、名前から失った家族、人攫いのこと、人間屋に売られ、あの船の船長に買われ監禁され暴力を受けていたことを仔細に語った。彼は時折相槌を打ちながら、私の身の上に少しばかりの同情を滲ませているようだった。
 話し終えると彼は、今度はこっちの番だと言わんばかりに自分のことに着いてを話してくれた。彼の名前は「マルコ」さんということ。今いるのはあの白ひげ海賊団の船であること。ナワバリである次の島までは乗せていってくれること。

「何から何まで、お世話になりっぱなしですみません……ありがとうございます。」
「気にするなよい。お前は運が良かった、自分の運に感謝するんだな」

 暗に気を使うなと言われているようで、彼の優しさが身に染みこれまで出会ってきた男たちとは違うことを痛感する。その後少しだけ訪れていた沈黙は、何かが近づいてくる音に打ち破られた。大きな音を立てて開かれた扉を何事かと見れば、スタイルの良いお姉さんたちが立っていた。
 彼女達は、すたすたと近づいてくるとベッドの横に立っていたマルコさんをどかし私へと次々と話しかけてくる。掛けられる言葉は「目が覚めたのね!」「無事で良かった」といった優しい言葉ばかり、久しく触れていなかった人の優しさに触れ涙が溢れる。突然涙を流す私に対して、お姉さんたちは頭を撫でたり手を握ったりして慰めようとしてくれて余計に涙が溢れた。
 あの後、心配してくれたお姉さんたちに「汗かいて気持ち悪いでしょ、拭いてあげる」と言われなされるがままに身ぐるみを剥がされ、清潔な体にされた。もちろん、マルコさんは病室からすぐに追い出されていた。多勢の女性に押されてしまった彼は少しだけ不憫に思えた。

 ――――――

 次の日、ゆっくりと動けるようになったので白ひげの親父さんへとマルコさんに連れられて挨拶に行った。親父さんを目の前にして言った「島に着くまで、お世話になります」の挨拶は、親父さんの巨体を前に少しだけ、大分震えてしまった。私の震える声を聞いて親父さんは「グラララ!ここにいる間はお前も家族だ。お前さんにとって滅多にない経験へとなる。楽しんで行け」と優しい言葉をかけてくれた。船長室から医務室に戻るまでの間、沢山の全員に声をかけられた。私からは乗り込んでいる人全員を把握することは難しいけれど、船員はみんな私のことを知っていてくれて、私が失った家族を再び手に入れたようで嬉しかった。

 3日目には、食堂でサッチさんの美味しいご飯を食べながら船員のみんなからはたくさんのことを教えてもらった。マルコさんが1番隊の隊長であること。初日に食事を持ってきてくれたサッチさんは、実は料理長で私のことを見たくて隊長なのにわざわざ運んできたこと。中でも、身一つの私を気遣って櫛などを譲ってくれたイゾウさんは女の人かと思っていれば男の人だということに一番驚いた。
 マルコさんとは毎日の検診で顔を合わせている。検診といっても、元気な体を取り戻し始めている私と異常がないかを確かめるだけであるが、誰にも邪魔されず彼と会話できるこの時間はとても恋しく、大きなものだった。
 今までの人生で出会ってきた人以上の数のたくさんの人と、モビーの上で関わった。そんなたくさんの人の中でも私をあの地獄のような場所から救ってくれたマルコさんは私にとって特別な存在だった。

 4日目には、イゾウさんとナースのお姉さんたちが朝早くから私の部屋にやって来て、テキパキと私の顔に化粧を施した。彼らには私のマルコさんに対して抱いている淡い恋心に気づいており、化粧を施しながら私に問いかけてきた。

「マルコ隊長に気持ち、伝えないの?」
「……私はあと少しでこの場所から去るので、気持ちを伝えたら迷惑になるかなって」
「それでお前は後悔しないのか?」

 イゾウさんにそう問いかけられ、上手く答えを出せない。後悔はしたくないけれども彼は海の男で、陸で生きる私とは混じり合わない。もし思いが繋がったとしても彼の足枷になるような存在へと私はなりたくない。悶々と思考を回していると「はい、完成」と肩を叩かれた。誘われるように鏡を見れば、鏡に映る自分のようで自分ではない姿を見て心が躍った。検診をするために私を訪ねてきたマルコさんが、化粧を施した私の顔を見て驚いた顔を見ると胸が高鳴る。
 扉の近くで立ち止まっているマルコさんにイゾウさんは近づいて耳元でなにかを伝えている。隊長同士、なにか伝言があるのだろうとそんな様子を見ていると、いつの間にか周りにいたナースのお姉さんたちも居なくなっていて逃げ足の速さに感動してしまう。近づいてきたマルコさんが私の対面の丸椅子に座り、いつも通りの診察が始まる。もう経過観察に入ってきており、内容は軽い問診だ。検診は終わり、軽い雑談を交える。話すのは食べたものが美味しかったとか、船員と何をしたといったマルコさんといないときの内容。取り留めのない会話でも、幸せな気持ちになれことの喜びと数日後にはこの気持ちが味わえなくなってしまう悲しみを胸に抱える。

「少し風に当たるか」

 聞き手に回っていた彼の声で、少し俯きがちになり耽っていた思考から呼び戻される。まだ万全じゃない体を彼に手を引かれながら、動かし船内を歩く。緊張から手に汗を握ってしまう。前を歩く彼はそんなことを全く気にせず甲板へと進み、風に当たる頃には手はすっかり湿ってしまっていた。手を引く力が緩んだ時を見計らってすぐに手を引く様子を見て、マルコさんは離された手を見つめ笑い声を上げている。

「お前にとってそんな緊張する価値のある男じゃないよい」

 そんな事ない、とはすぐには言えなかった。言ったら抑えている気持ちが溢れ出てきてしまいそうだった。明言を避けるように「慣れてないんです」と返せば「イゾウにはそんな緊張していないだろうよい」と言われてしまった。間違った誤解されては困ると「イゾウさんはなんだかお姉さんみたいなので」慌てて伝えれば、そんな私の様子をみて「確かにな」と笑っていた。

「なぁ、お前さんの夢ってあるか?」
「夢ですか……?」
「この船を降りて、やってみたいことはあるかよい」

 咄嗟に言葉が浮かばず、言い淀んでしまう。私の夢、やりたいこととは一体なんだろうか。口を結んだ私と彼の間に風が吹き、長く伸びていた髪の毛が舞う。咄嗟に髪の毛を抑え、目を閉じる。風が過ぎさり、目を開ければそこには風に腰布を揺らされ水平線を見つめるマルコさんの姿。思わず見惚れてしまい、心ここにあらずの状態の私に気づいたのか彼は「大丈夫かよい」と心配そうに声をかけてくる。問いかけに首を縦に振り、大丈夫だと暗に告げる。私やっぱり、マルコさんの事が好きだ。

 ――――――

 次の日、私は昨日マルコさんから尋ねられた夢についてを考えていた。私は一体何をしたいのだろうか。答えは出せないまま検診の時間になってしまった。いつも通り、軽い問診で検診を終えた。

「やりたいことは見つかったかよい?」
「……私は、家族を作りたい」

 少し考えた後に出てきたのは、抽象的な答え。この船で過ごして5日間、純粋に船の上で血の繋がりがなくても家族だと言い合える関係を純粋に羨ましく思った。どんな形でも、私の失ってしまった家族をもう一度欲しくなった。

「それじゃあ、いい相手を見つけないとな」

 「貴方じゃきゃ嫌です。」そんな言葉は口から出せなかった。
 時が流れるのはいつだって残酷で、私の気持ちを待ってはくれない。あっという間に、この船ですごした日は6日目を迎え明日には島に着くという日になってしまった。宴が好きな海賊のみんながお別れにこぎつけて宴を開いてくれることになった今私は親父さんの右隣に座ってお酒をちびちびと飲んでいる。船員のみんなが代わるがわる私にお酒を注いでくれるが、飲みきれず右にいるマルコさんへと横流ししている。お酒を飲みながら、騒ぐみんなを眺めていると明日からこの喧騒を見ることができなくなってしまい一人になることの寂しさを覚えてしんみりしてしまう。一人は嫌だと思い始めれば止まらなかった。私は、注がれたお酒を一気に体に流し込み立ち上がり親父さんの目の前に立った。突然、目の前に立った私を不思議がるように船員たちが見つめている。視線が集まり、緊張で震える体を抑えながら声を上げた。

「っ、あの!……私を船に乗せてもらえませんか」

 その言葉に騒がしかった周囲は静まり返り、誰もが固唾を飲み親父さんの方を見ている。親父さんの隣りにいるマルコさんが酷く驚いた顔をしているのが印象的で、その表情を引き出せたことが嬉しかった。親父さんは口元に運んでいた酒を膝に置くと口を開いた。

「お前になにができる?お前には人を殺す覚悟があるか?」

 私には人を殺す覚悟もなければ、この船の中で一番優れている特技もない。それでも、譲れないものは私にもある。ここで負けて引き下がったら、もう一生何も成し遂げられないだろう。どうせ無理なら無理はその時、明日からは会うこともないのだ。

「正直、この船で一番優れているところはないです。でも、この船の暖かさを知ってしまった。もう私の居場所はここしかないというのは譲れないです。」
「乗せてもらえるなら、何でもします。学んだことを自分のものにして絶対役に立って見せます。」

 自分勝手な願いだと思う。彼らにとって私をこの船に乗せてもなんのメリットもない。言い切った私を見て、親父さんはおかしそうにグラララと笑い声を上げている。いつの間にか体の震えは止まっていた。

「面白い。そこまでいうなら、覚悟を見せてみろ」

 手を出せとジェスチャーされ、手のひらを差し出す。三倍は違う大きな手から手渡さたのは拳銃。簡単に人の命を奪える代物の重さが手のひらに広がる。これで何をするのか。教えを請うように目の前に座る親父さんを見上げる。彼は、ニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべて私に指示を与えた。

「本当にこの船に乗る覚悟があるなら、それでマルコを撃ってみろ」

 下手すれば死んでしまうと口から零れそうになった言葉は、親父さんの隣に立っていたマルコさんから否定される。この船の掟、仲間殺しの際には一切の躊躇いなく今まで仲間だった裏切り者を殺さなければならない。それは、仲間を傷つける敵にも該当する。船に乗るのなら殺せずとも拳銃を引く覚悟は持たなければいけない。

「素人が打つ銃弾一発じゃ死なねェよい、全力で来い」

 宴が開かれていた甲板はいつの間にか片付けられ、船員たちは私と対峙するマルコさんを囲むように少し離れた位置に立っている。拳銃を構える手が震える。撃たなければ一緒にいられない、でも撃ってしまえば船に乗れるチャンスを得られるかもしれない。もし、当たりどころが悪くて彼が死んでしまったら?考え始めたら止まらず、ぐるぐると様々な考えが頭を回る。自分が行動しなければ始まらない。たどり着いた思考の先で深呼吸をする。
 拳銃を構えて彼の心臓の位置を狙う。私の胸で動く、彼に救ってもらった心臓の位置。引き金を引き、辺りに発砲音が響き渡る。そんな中マルコさんは不敵に笑っていた。
 銃を撃った反動で、尻餅をつきマルコさんの方を見れば脇腹を押さえ蹲っている。どうやら素人が撃った銃弾は狙い通り心臓に当たることはなく、脇腹付近に当たったみたいだった。力が入らない足を叱咤し、周りから見れば酷く滑稽な走り方で彼の方へ近づきしゃがみ込み、肩に手を置く。

「ごめんなさい。すぐに手当を……っ!」

 微かに硝煙が立ち込める空気の中、肩を貸して立ち上がらせようとすればマルコさんは突然脇腹から手を離し立ち上がる。驚いて言葉を発せず口を開けたり閉じたりする様子をマルコさんは笑いを噛み殺して見ている。抑えていた脇腹を見てみると、銃痕こそあれど血はほとんど流れていない。私は確かに引き金を引いた。発砲音は響いたし、撃った後拳銃からは煙が出ていた。確かに撃ったのに一体どんなマジックがあるのだろうか。

「あのくらいじゃ痛くもねぇよい」

 その後、周りに集まってきた船員たちに心配の声をかけられながら、マルコさんから話を聞く。どうやらマルコさんは、悪魔の実の能力者で回復力には限界があるが、青い炎を使って並大抵の攻撃ならば一瞬で回復できるのだという。その話を聞いて「早く教えて下さいよ!」と声を上げれば、周りから「家族じゃねェやつに情報を教えすぎる訳ないだろ!」と野次が飛んでくる。確かにその通りである。

「え、でも今、教えてもらってよかったんですか?」
「もうお前は俺の娘だろう」

 今まで静観していた親父さんが近づいてきて言葉を私に零す。その言葉に周りの船員達は雄叫びを上げ「宴だー!」「酒もってこい」と騒ぎ始める。お礼の言葉は溢れてきた涙で上手く紡ぐことができない。そんな様子をみんなが笑って受け入れてくれている。幸せを噛みしめる間もなく、酒を持って集まってきた周りにお前が今日の主役なんだからと中心に運び込まれ再び酒坏を持たされる。今度はお別れの乾杯ではなく祝いの乾杯。新しい家族と祝杯を交わした。

 ――――――

 宴は数刻もすぎれば主役のことなんて忘れてしまう。周囲の目がなくなった私は、喧騒から離れた場所で風に当たりながらお酒を飲むマルコさんに近づいた。宴の中でマルコさんの治癒力は望めば傷跡を消せることを聞き、私はその話が本当か尋ねたかった。近づいてきた私に気づき、彼に手招かれるまま横へと立ち酒の入ったグラスをコチっと合わせる。

「傷跡、消せるって聞いたんですけど消さないんですか」
「愛する女が家族になった証を消すのは勿体ないだろうよい」




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