大胸筋に埋まりたい!



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「ほら、泣くな」

 優しく呼び掛けながら胸に抱いた、小さな命に声をかける。するすると後頭部を撫でつければ、小さき命は撫でられていることを自覚しているのかゆるりと身じろぎ、ぐずるのをやめてまどろみ始める。
 昼時になり、今いる食堂にだんだんと人が集まってくると、騒がしくなった周囲に意識が覚醒したらしく「あー」とか「うー」とか言葉を吐きながら目を開けた。
 周りに集まってきて、喃語を呟く彼女をジロジロと覗き込む彼らに鋭く一喝する。

「お前らが煩いからせっかく寝たのに起きただろう」

 そういえば、周囲からは「俺らのせいじゃないだろ」「副船長がちゃんと寝かしけないから」と非難の声が上がる。どう見てもお前らのせいだろう。煙草を吸おうと癖で口元にやった手が空を切る。赤子を抱いているため吸えない煙草に少し口寂しさを覚え、赤子の額に口付けた。
 口付けを見た者達が口々に囃し立てる。

「おい、副船長が赤子誑かしてんぞ〜」
「ひゅ〜、流石ベックだなァ〜」

 好き勝手言い出すギャラリーに見せつけるように、赤子を抱き直し、持ち上げる。自身の顔の前に身体を持ってくれば、先程まで自分が見つめていた目と視線が交じり合う。口角を上げて微笑みを向ける。そうすれば目の前の彼女も楽しそうに手足をばたつかせ、キャッキャッと笑い声を上げている。ひどくご機嫌な様子にフッと自然に笑いが漏れてしまう。
 しばらく微笑み合戦をしていれば、欠伸をこぼし、うとうとと閉じようとする目を擦ろうと短い手を顔に伸ばし始めた。徐々に上がってくる体温を脇から感じ、眠たくなったのだと持ち上げていた小さな身体を胸元へと戻す。縦抱きから横抱きへと持ち替え、あやす様に揺らせば胸元に擦り付けられていた顔はやがて動きを止めた。寝息を立て始め、すやすやと眠る顔を見てようやく落ち着いて寝付いたとほっと胸を撫で下ろした。胸に抱え寝ている顔を見つめていれば、いつの間にか眠りに意識が遠のいた。

 胸筋をまさぐる小さな手の感触に段々と意識が覚醒する。ゆっくりと目を開ければ、自身と赤子を覆うように毛布がかけられていた。大方、先程まで周りで騒いでいた連中が寝てしまった自分達を見てかけてくれたのだろう。ズレてしまった毛布を落とさないように掛け直し、抱いている赤子に視線を落とす。いつの間にか閉じられていた目は開かれており、小さな手がぺちぺちと服で覆われた大胸筋に当てられている。一人、楽しそうに遊ぶ彼女を見ていれば食堂を通りがかった船員が声をかけてきた。

「副船長起きたのか」
「あァ、釣られて寝ちまった」
「赤さん、お前じゃねェと泣き喚くからな」

 船員は、朝から晩までお疲れ様と言いキッチンへと足を運んでいる。直ぐ側にある窓から外を覗けば、太陽が傾き始め用としているところだった。夕食時にはまだ早い時刻に船員が小腹を満たしに来たことを察する。本当につまみ食いでもしたら後であいつはルゥに怒られるなと、自然に口角が上がる。会話に意識を取られていれば、抱いている小さな命が「あー」と動いた。
 その後すぐに感じた刺激に思わず目を見開いた。船員に向けていた視線を下に落とせば、そこには自らの胸元の頂をシャツごと口に含む赤子の姿。与えられる刺激となぜそこをという動揺から身体が思わず揺れ動く。赤子を抱えている手前激しく動くこともできず、されるがままにしゃぶられながら様々な考えが頭を巡る。お腹でも空いたのだろうか?最後にミルクをやったのは何時間前かを考えながら、口から彼女の身体を離そうとするが、中々口を離して貰えず、小さき命と小さな格闘をする。
 しばらく攻防戦をしていれば、夕食時に近づいたのかわらわらと船員が集まってくる。いつもベッタリな赤子を引き離そうとするのが物珍しいのか、集まってきた船員達の目がこちらを向く。目線が向けられても意識を逸らすことなく、頂きから離れない彼女のどこにこんな力があるのだろうか。もはや口を離してくれないことに執念すら感じている。

「ベックが赤子からも誘われてんぞ」
「罪な男だなァ、副船長」

 好きに囃し立てる連中に溜息をつき、その中を通り過ぎようとするヤソップの姿に声をかける。

「オイ、ヤソップ」
「呼んだか?」
「姫がミルクを所望しているんだ、作ってきてくれ」

 近くによってきたヤソップが、頂きを口に含む姫を見てブハッと吹き出す。しかし、俺のものを吸うほどに空腹を感じていることを察したのか、すぐに笑いをしまい込む。

「面白い光景だし見ていたいが仕方ねェな」

 そう言うと、ドレッドを揺らしミルクを作りに行った後ろ姿を見送った。一連のやり取りを見ていたもっと”副船長の面白いところ”を見ていたい連中からは非難の声が上がる。

「副船長がミルク出してやらァ良いじゃねェか」
「おいおい流石の副船長でもミルクは出ねェだろ」

 人が黙っていれば好き放題言ってくれる。口々に囃し立てる野郎達を一瞥し、腕の赤子に声をかける。

「頑張ってお前が絞り出してみるか?」

 冗談を投げかけ、一心不乱に頂きをしゃぶる赤子の頬を撫でてやる。口元に当たった親指の存在に興味が移ったのか、親指をチロチロと舐められる。やっと興味が移ってくれた事に、ほっと胸を撫で下ろしていれば、ミルクを作り終えたヤソップがこちらにやって来た。ヤソップからミルクを受け取るために、まだ生え揃っていない歯で懸命に咥えている親指を抜き取る。指が少しだけ湿っていることを感じながら、哺乳瓶に手を伸ばす。

「ほらよ」
「ありがとな」

 哺乳瓶を受け取り、赤子の口元に持っていけば「だぁー」と嬉しそうにニップルを咥え込む。瓶を傾け少しづつ飲ませる。粗方飲ませれば、満足したように口からニップルを外す。目を閉じようとする赤子を見て、慌てて机に瓶を置き縦抱きに持ち替える。顎を肩に乗せ、背中をトントンとゲップをさせる。「ぐぅ」とゲップが出たのを確認して横抱きに戻し、目元に手を宛てがい瞳を閉じさせる。タオルケットを手に取り、体にかける。タオルの上からぽっこりとしているお腹を優しくリズムをとるように撫で付ける。一息付き、顔に目をやれば閉じさせた瞳は再び開かれており、視線が絡めば「ぁきゃぁ」と笑い声をあげる。それに微笑めば、タオルの中から小さな手を出し再び声を上げる。

「べっうぅ」

 突然聞こえてきた声に驚き口が空いてしまう。今までは「あー」とか「うー」といった単語ではない母音を繋げた言葉で、泣いたり笑ったりで感情を表現していた彼女が自分の名前らしきものを発したことに感動さえ、覚えてしまう。

「……呼んだか?」

 恐る恐る返事を返せば、一つ覚えのように「べっう」「べっうぅ」と繰り返し言葉を零す。一つ一つに「どうした?」と返しつつ、寝かしつけるために再びお腹をぽんぽんと優しくたたいた。手で取られるリズムに釣られるように、段々と瞼が閉じられる。その様子に思わず、微笑みが漏れる。しばらくして、すーすーと寝息を立て始めた赤子を、抱きながら動かさないように立ち上がる。安全な場所に置かれたゆりかごへとそっと寝かせる。タオルケットをかけ直し、短い髪の毛を指の腹で撫で付ければ、撫でられていることが分かっているのか緩む口元を見て額にそっと口付ける。

「おやすみ、いい夢見ろよ」




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