奪い愛



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「母さん」

 ドタバタとした音ともに開かれた扉。その音に驚き肩を上げながら、後ろを振り返ると満面の笑みを浮かべてこちらにて走ってくる青年がいた。その姿は愛おしい彼の生き写しのように若い頃の彼によく似ていて、無意識に口角が上がる。
 走りよってきた青年は、私の目の前まで来ると膝を曲げ眼前に頭を持ってきた。姿形は彼に似て立派な青年なのに、まだ母に甘えていたい年頃らしい。下げていた手を我が子の頭の上に上げ、彼に似た漆黒の髪を撫で付ける。わしわしと撫でていれば、気持ちよさそうの目を細めている。

「部屋まで来て、何かあったの?」

 そう尋ねれば、彼はここを訪ねてきた理由を思い出したのか突然立ち上がった。いきなり上へと持ち上げられた手は、高さに耐えきれず行き場を失った。
 上がっていった顔につられて目線を上げれば、目が合い微笑みかけられる。つくづく、私も息子もお互いに甘いなと感じる。

「父さんにもう出るから呼んで来いって言われて」
「あら、もうそんな時間?」

 どうやら今日は私の誕生日祝いをしてくれるようで、昨日の夜から出かけるとは言われていた。いつも旦那であるクロコダイルさんとの約束は突然に決まる。そこに文句を言わず、ついて行ってしまう私は心底彼に惚れてしまっている。
 出かけると言われれば、彼の隣に立つのに相応しい格好をと思い朝から部屋にこもり自らを着飾っていた。どこに行くのか言われていないが、彼らに連れていかれるなら動く様なところではないはずだ。もし、連れて行かれたとしても多分大丈夫だろう。

 なぜなら彼らは普段私のことを抱えて運ぶことが多い。もちろん最初は抵抗したが、2mを越える彼らと歩幅を合わせることは無理に等しい。かといってゆっくり歩いてもらうわけにもいかず、私の抵抗は虚しく抱え運ばれている。
 だから例え足場の悪い所でも大丈夫だろうと謎の自信を持つ。

「母さん?」
「準備はできてるわ、父様の所に行きましょう」

 少しの間、黙った私の顔の前に大きな手が振られる。落ちていた視線を上げ、我が子と目を合わせ言葉を零す。
 ソファに近づき、準備しておいた鞄のショルダーを手に取り肩にかけ、隣について来ていた息子に「行きましょう」と声をかければ彼が小さく屈んだ。
 もしかして、と思った時には遅く息子によって抱き上げられ視線が急激に高くなる。

「待って、待って、家の中はさすがに歩けるわ、だから下ろして?」

 背中と膝裏に瞬時に回された腕により持ち上げられ、視界2m越えの世界へと移る。肩にかけた鞄は息子の手によって自然に奪われた。
 落ちたくないため腕を首に回し、足をバタバタさせながら我が子に抗議する。息子に抱き抱えられるのは恥ずかしい。よりによってお姫様抱っこ、実子にお姫様抱っこされる母親なんていないんじゃないだろうかなんて愚かな疑問すら湧いてくる。

「ほら、父さんも待ってますし、抱えた方が早いので」
「父様なら少しぐらい待たせても大丈夫よ、たまには並んで歩きたいわ」

 歩き出そうとする彼のしっとりとした頬を引っ張り、抗議すれば「あいたた」と全く痛くなさそうな声を出している。
 しばらく攻防戦という名のじゃれあいをしていれば、閉じられていたドアが開かれる。部屋に響いた開閉音に、驚いてそちらを向けばそこには愛おしい夫の姿がそこにあった。彼はドアを閉じ、こちらを見ると眉間のシワを深めている。

「…何をしている」
「歩くって言ってるのにこの子が抱えて離してくれなくて、」
「違うよ父さん、俺は父さんが待ってるから早くしなきゃって思って」

 それぞれ違った主張をすれば、クロコダイルさんは深くため息をついている。コツコツと音を立てながら歩き、近づいてくる彼に少しだけ身構えてしまう。そんな私の様子を鼻で笑うように彼の口角が上がる。
 私たちの目の前にやってきた彼は、指に持っていた葉巻を口に咥えると右腕を静かにこちらに伸ばした。伸ばされた右腕は私と我が子の間に入り込み、私の背中からお尻へと回された。
 「ぅえっ?」と声を漏らした時にはもう遅く、いつものように右腕1本に腰掛けるように抱き抱えられる。先程よりも安心感はあるが安定感を欠く抱き方に、慌てて肩に手を置く。

「移動させるなら言ってからやって…!」
「クハ、それは悪い事をしたなァ」
「全く悪いなんて思ってないでしょ」

 「悪いと思ってるさ」と笑い声を上げながら謝罪を述べられる。文句を言いつつも最終的には彼のことを許してしまうのだ。私はどう足掻いても彼らには甘くなってしまう。そんな両親の様子を見て、息子は小さく溜息をついて口を開いた。

「最初ぐらい母さんを独り占めさせてくれたっていいじゃないですか」

 その台詞をクロコダイルさんは聴きながら踵を返し、ドアの方へと歩きながら背中で聞き流している。そんな彼は私に口に咥えていた葉巻を手に取らせると、小走りで後ろを着いてきた息子に対し振り返り口を開いた。

「お前も早く見つけるんだな」

 扉を開き、廊下への道を歩き出した彼の口元に葉巻を戻し彼のコートを手繰り寄せ身に巻き付けた。




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