金曜日が辛いあなたへ



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 朝6時45分、耳元でけたたましくなるアラームをノールックで止めるところから私の一日は始まる。
 窓から差し込む光を浴びるにはまだ早い気がして、もぞもぞと掛け布団を顔まで引き上げ中へと潜り込む。目を開けることなく、意識は再び夢の世界へと旅立とうとしていた。
 周囲の音がフェードアウトしていく中、突然ガバッと布団が奪い去られ、意識を強制的に浮上させられる。明るくなった世界に目が慣れず、開けることができないが、こんなことをしてくるのは一緒に住んでいるホンゴウしかいない。

 「…あと10分」
 「その言葉は信用できねぇな」

 瞼だけでは眩しさに耐えきれず、右腕を目に当てながら悪足掻きのように呟けば即座に却下される。「ほら起きろよ、遅刻すんぞ」と、かけられた言葉に諦めてベッドから身を起こす。
 ベッドに腰かけ、ぐっと伸びをするように手を上げ息を吸えば、味噌の香りが鼻孔をくすぐった。元々食べていなかった朝ごはんの習慣は、ホンゴウと住むようになってから直ぐに改善が施された。
 一人暮らしをしていた時、朝ごはんを食べていなかったのはめんどくさいのが5割、食べるより寝ていたいが3割、朝から食べれないが2割であった。「朝ごはんをなぜ食べないのか」とホンゴウから尋ねられ、この話をすれば「俺が作るから食え」と、押し通されてしまった。
 彼が作るご飯は程よい量で美味しく食べれる。どうしても食べきれなければ残していいと有難いお言葉付き。彼と一緒に朝食を食べることで午前中のだるさが改善された。
 起こしてもらって、朝ごはん付きの至れり尽くせりの生活にホンゴウには感謝してもしきれない。

 「おはよう、ホンゴウ」
 「おはよう、もうメシできるから顔洗ってうがいしてこい」

 ベッドから立ち上がり、キッチンに立つホンゴウに声をかければ顔を洗ってこいと指示が出された。私の手伝う間もなく朝ごはんは出来上がるらしい。もう下げた頭が上がらない。
 指示通り、洗顔をし化粧水と乳液を塗り込む。最後に口を濯ぎ部屋に戻ればテーブルの上にはご飯と味噌汁、納豆に卵焼きが並んでいる。私にとってはシンプルだが、朝から作るには労力が高すぎる食事が用意されていることにも感謝しながら「いただきます」の挨拶をした。

 「弁当、手提げにまとめてあるから忘れんなよ」
 「…そこまでしてくれたの?ありがとう」
 「メシ作ってる間にちょっと手が空いたからな」

 昨晩の残り物、正確にはお弁当を作った余りが夜ご飯になるのだが、それらを詰めて冷蔵庫で一晩保管。家を出る前に行う、お弁当箱を水筒、箸と一緒に手提げ袋にまとめるのまでやってくれたらしい。私にはつくづく勿体ない彼氏だと、だし巻き玉子を口へと放り込みながら考える。
 テレビで流れているニュースや特集について言葉を交わしながら、今度の休みに特集の店に行ってみようだとか、映っている料理を家でも作ってみようとかやりたいことを積み重ねていく。
 朝食を食べ終わり、流しへと運びこむ。スポンジと洗剤を手に取ろうとすれば、後ろから食器を持ってきたホンゴウにスポンジを奪われる。

 「俺が洗っとくから、身支度してこいよ」
 「や、流石に洗わせて…?」

 起こしてもらって、朝食の準備までして貰ったのに片付けまで行わせる訳には行かない。スポンジを取り返そうと、彼の手に腕を伸ばせば、こちらのことなんかお見通しだと言わんばかりに手の届かない高い位置にスポンジが上げられる。

 「申し訳ないから!洗わせて!」
 「俺がやりたくてやるんだから、気にするな」

 微笑みかけながら頭上から掛けられる声に、引き下がるべきか否か悩んでしまう。優しい彼に頼りっぱなしになってしまうのは、非常に良くないし、申し訳なさが募る。そんな思いは、ホンゴウの口から盛れた言葉に吹き飛んでしまう。

 「それよりも、時間大丈夫か?」

 そう言って彼の視線の先にある時計に目をやれば、時刻は7時15分を示して焦りが募る。着替えと化粧をして30分後には家を出なければならない。ここは私よりも家を出るのが遅いホンゴウに任せる。

 「ごめん!夜は絶対やるから、お願いします……!」

 キッチンからクローゼットの前に移動して扉を開く。今日も暑くなると、さっきまでのニュースで言っていたことを思い出し薄手のブラウスを手に取る。合わせてスカートを取り出し、コートはと少し考えた後に夜遅くなるつもりはない絶対に残業はしないと心に決め、手にとるのをやめた。
 慌ただしく着替えを済ませ、ドレッサーの前に移動すれば、ホンゴウは洗い物が終わったようでクローゼットの前に来ていた。ドレッサーの椅子に座り、下地から顔面の工事工程を塗り重ねていく。化粧を進めれば進めるほど、会社に行くのが億劫になってくる。そんな心の内は溜息として漏れでていたのかホンゴウに声をかけられる。

 「でっかい溜息なんてついてどうしたんだ?」
 「会社、行きたくないなって思っちゃって」

 そう言えば、彼は笑いを浮かべていて、つい口を膨らませてしまう。笑い事なんかじゃないのに。頭の中に浮かんでくる溜まっている仕事に頭が痛くなる。

 「今日行けば終わりだろ?頑張って来いよ」
 「それができたら、こんな溜息出してないよ…」
 「それもそうだな」

 お互い身支度をしながらのため、手を動かしながらぽんぽんと会話を交わしていく。元々化粧にこだわりがあまりない私は、下地にコンシーラー、ファンデーションを塗った顔面に粉を叩く。時計を見れば、片付けを代わってもらったことと、少し巻いて行動したためかいつもよりも早く身支度が終わってしまいそうである。

 「今日の夜、遅くなるのか?」
 「死ぬ気で定時に上がって帰ってくるつもり」
 「俺も今日早く帰って来れそうなんだよな」

 医薬品の会社に務める彼も、今日は早く帰ってこれそうらしい。これは2人で早めの食卓を囲うことができそうである。そう考えると、少しだけ気分が上がってきた。我ながら単純な思考回路だ。温めたコテで髪の毛を整えながら、言葉を返す。

 「じゃぁ、一緒に夕ご飯食べれるね」
 「あァ、そうだな。食べたらなんか映画でも見るか」
 「いいね、映画館で見逃しちゃったやつ配信開始してたんだよね」
 「帰ってくる時にポップコーン買って来る」
 「二本見ちゃう?」
 「俺はお前が二本目に寝落ちするのに一票」

 確かに最近疲れからか、夢の世界に旅立つのが早いけど酷い言われようだ。コテの電源を抜いて熱を覚ましおく。
 椅子から立ち上がり、ネクタイを選んでいる彼の横へと並び立つ。「今日はこの色にしよ」そう言って私が手に取ったのは、深い赤色のネクタイ。彼はこだわりがあまりないようで、勧められるがままにネクタイを決めている。

 「時間余ったし、付けてあげるよ」
 「いいのか?」
 「任せて」

 そう言って、ネクタイを彼の手から受け取り首へと回す。大剣を長めにとり、小剣の上にくるようにクロスさせるて一周まわす。首元に通し、上から穴にネクタイを通す。失敗はできないと無言で動かす指に視線を感じる。最後に結び目が固く小さくなるよ うに形を整え、小剣を引っ張り上にあげ、トンと胸を押す。

 「…よし、できた!」
 「ありがとな」
 「いーえ、色々やってくれたお礼」

 「全然返せてないけどね」と笑いながら言えば、「それもそうだな」と笑われる。
 ふと、時計を見れば7時45分に差し掛かっていて、ドタバタと鞄を手に取り玄関へと向かう。玄関に座り靴を履いていれば、後ろから追いかけてきたホンゴウさんにお弁当が入った手提げを手渡される。

 「忘れてんぞ」
 「ごめん、ありがと!」

 立ち上がり、靴箱の上に置かれているキーケースを手に取り玄関のドアを開け後ろを振り返る。

 「行ってきます」
 「おう、頑張ってこいよ」




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