乾きのキス



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ふと意識が浮上し目を覚ますと寝る前にはなかった温もりを感じる。温もりの元…クロコダイルさんは仕事が忙しく昨晩は帰ってこないと言っていたはずなのに、こうして仕事を終わらせて静かに私が寝るベットへと潜り込んでくる所は見た目とは相反する可愛さに笑みが漏れる。彼の奥に見える窓を見るとまだ陽は登りきっていない。一緒にゆっくり寝る行為は久々で彼を堪能しようと厚い胸板に頭を擦り付け、葉巻と香水が混じる匂いを肺に入れ目を閉じた。

次に意識が浮上したのは陽がすっかり登りきった頃だった。頭を撫でる大きな手の気配を感じ、手の持ち主の顔を見上げるといつも撫で固めている髪の毛を少し乱した彼と目が合う。

「随分とごゆっくりな目覚めだな、お嬢さん」

「..ぉはようございます。クロコダイルさん」

寝起きで上手く声が出ず、か細い声を上げる私を見てクハとゆったりと口角を上げて笑う姿は妖艶で思わず目を奪われる。その間も、すっかり伸びてしまっている私の髪の毛を撫でる手は止まることなく少しむず痒さを覚えた。

「今日は、お休みなんですか?」

「あぁ、昨日粗方片付けてきた」

最近お嬢さんと過ごせていなかったからなと付け加える彼はなんて甘くて狡い存在なのだろうか。嬉しさで上がった口角を隠すかのように彼の胸板へと顔を埋める。すっかり熱くなってしまった頬の照りを冷ますようにぼーっとしていると、下から彼の冷たい鉤爪によって器用に下顎を掬われた。私の頬の温度は鉤爪で感じることは出来ないが、顔の色は隠せない。

強制的に彼の方を向かされた頭の後ろを鉤爪で支えると、上から寝起きで乾いた唇を潤すように口付けが降ってくる。啄むように与えられるキスは、私の心にもっと欲しいと乾きを与える。胸の前で行き場を失っていた手をクロコダイルさんの両頬に動かす。顔の真ん中に走る縫い跡を指先でゆっくり撫でると耳元で欲望のまま小さく囁く。

「もっと欲しい」

先程の可愛らしいバードキスとは違う深い口付けは心の乾きに潤いを与えるものであった。口内を駆け巡る長い舌は、彼が吸う葉巻の味を運んできた。彼と私の間に銀糸が結ばれ、私の体の下に敷かれていた彼の右手で横向きだった体はベッドへと仰向けに寝かされた。彼は私に覆い被さり、右手を頬に当て先程のお返しのように頬を撫でる。
彼の手に擦り寄り頬笑みを浮かべる。ふたたび顔が近づいてきたのでそっと目を閉じ、彼を受け入れようとすると静かな空間にぐぅと響いた。

「クハハ、お嬢さんはお腹がすいているようだな」

恥ずかしい。別の意味で顔が赤くなる私をみて特徴的な笑い声をあげる彼はベットからするりと降りると、私に手を差し伸ばし「食事にしよう」と告げた。伸ばされた手を掴みベットから降り立つと、彼にエスコートされながらベッドルームを後にしリビングルームに向かった。

彼が扉を開けてくれたリビングルームへと足を踏み入れるとテーブルの上に寝る前までは見当たらなかったものが置いてあった。後ろから歩いてくる彼は、悠然と私を追い抜かしテーブルの上の物を手に取りこちらへと差し出した。

「お嬢さんへプレゼントだ」

寝起きだからなのか節くれだつ指には指輪が着いていない手から差し出されたのは、大きな躑躅色と黄色白色が混ざる花束。抱えると前が見えなくなりそうな花束を受け取り、感謝の言葉を述べる。花束をまじまじと見ると、躑躅色のお花は3本しか入っていない。なにか意味があるのだろうか?真意を確かめるべくクロコダイルさんを見上げるが、プレゼントだと言うこと以外込められているであろう意味を伝える気はなさそうである。

「どうして突然花束をプレゼントなんですか?」

「今日は遠方の地では、𝑉𝑎𝑙𝑒𝑛𝑡𝑖𝑛𝑒という日でこの日に感謝を伝える花束を渡すらしい」
「お前はそう言うイベント事が好きだろう」

そう続けると、近づいてきたクロコダイルさんによって頭上に口付けが与えられる。

「それに、いつもお嬢さんにはお世話になってるからな」
「私の方がお世話になっているのに…」

クロコダイルさんから貰った花束を後で花瓶に生けないとななんて考えながら机の上に置こうとすると外に繋がる扉が静かにノックされた。いつの間にか彼が頼んだであろう食事をお手伝いさんが持ってきたのだろう。どうぞと声をかける前にクロコダイルさんが「入れ」と強い口調で声をかけたので、お手伝いさんドキドキしてるだろうなとしみじみ思う。「失礼します」の声と共に、食事が乗ったカートを引いて中に入ってくる。あっという間に机に並べられた食事は、多すぎず少なすぎずの量だ。彼はお金を持っているからと言って豪華絢爛な生活にしない。必要な分を必要なだけな主義だ。

お互い席につき食事を始める。無言で食べる訳もなく、他愛もないいつも通りの会話をする。「昨日は何を食べたのか」「綺麗な花が咲いていた」とか私の近況を述べるような会話だが、彼は上手く相槌を打ちながら聞いてくれている。しばらくすると食事をお互い食べ終え、クロコダイルさんは葉巻に火をつけ紫煙を吹かした。

さっきは花束のプレゼントに一泡ふかされてしまったが、ここで挫ける私ではない。遠方の地では男性側から女性側へのプレゼントなのかもしれないが、住んでいるここ周辺の地域では少し違った風習があるのだ。

自身の目の前から何も言わずに動いた私に何をするのかと、不審そうな視線を向けられるが気にせずにチェストの引き出しへと近づく。引き出しを引いて取り出したのは綺麗に青色のリボンと深緑の包装紙で包まれたチョコレート菓子。宝石箱のように大事に手に取り彼の元へと急ぎ立ち戻り、彼の前へ箱を差し出す。

「プレゼントです。クロコダイルさん」

私が両手で差し出したものを、片手で受け取ると包みを開けてもいいかと尋ねられたので頷き応える。細く長い指でリボンは解かれゆっくりと包装紙が剥がされる。中から覗いた上箱を開けると顔を出したのはチョコレートの粒。


「この辺だとカカオの加工会社があるからか、遠方の地の𝑉𝑎𝑙𝑒𝑛𝑡𝑖𝑛𝑒 に則って女性が男性にチョコレートをプレゼントするらしいんです」

「せっかくなので、クロコダイルさんが不在にしている間に手作りしてみました」

「プレゼントじゃなくてお返し、になっちゃいましたけど」

ちゃんとビターチョコレートで作りましたよと補足して伝えると、クハハと少し笑うと驚き言葉を発した。

「だから最近お前から甘い匂いが漂っていたんだな」
「き、気づいていたんですか?」
「お嬢さんの変化に気づかないわけがなかろう」

勘づかれていたことに驚くが、観察力が強い彼のことだからあまり気にしないことにする。それよりも今はプレゼントしたチョコレートが彼の口に合うかどうかが心配なのである。

「美味しいですか?」

味見はしたけど、不安なものは不安なのである。味わうようにたべるクロコダイルさんに尋ねる。

「上手にできている。お嬢さんも食べるといい」

口にあったなら良かった。微笑みながら「クロコダイルさんに作ったものなので」と断りの言葉を伝えると「そうか」と口にするといきなり体を鉤爪で引き寄せられ椅子に座るクロコダイルさんの膝の上に横向きに座らされる。うぇっと情けない声が口からこぼれ落ちる。膝に座ると体格差も少し縮まる。温もりを知らない鉤爪で下顎を引き寄せられるとベッドルームで行われた先程の行為を彷彿とさせた。

これから自分の身に何が起きるのか察するが時すでに遅く。少し身をよじるが抵抗虚しく、上から降ってきた唇から逃れることはできず。鉤爪で腰を軽く撫でられ、体はびくりと正直に反応してしまい、せめても抵抗で閉じている唇を割られビターチョコレート味の長い舌が差し込まれる。

最初に残っていた小さな塊はすっかり口の中に溶け、チョコレートの味も薄くなった頃に唇が離れる。間に落ちるのは少し茶色の糸。長く差し込まれたため、霞んで見える視界。

「ごちそうさま」

ニヤリと人の悪そうに笑い、長い舌で唇についたチョコレートを舐めとる彼の姿があった。



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