「ではこれより、平成28年度第一回赤塚町商工会通常総会を始めます」

 春。
 花の便りに心浮き立つ、うららかな日和の午後である。商工会館3階の多目的ホールは張り出した円形になっており、前方の窓からは環境省所管の庭園である「赤塚御苑」を一望することができる。やわらかな陽光を浴びてふわふわと揺れる白木蓮の香りが、開け放った窓から春風と一緒に入り込んできた。
 これはもう昼寝するしかない! などと思ったが最後、音もなく飛んでくるダツに脳天をぶっ刺され、終わりなき春眠を貪るハメになる事は、出席者の全員が周知の事実である。ダーツは暗殺の初歩。

「本人出席40名、委任状出席40名、計80名。運営規約第62条5項に基づき、本日の総会は有効且つ成立いたしました。続きまして会長挨拶を……」

 本人出席は全員が人間、委任状を提出してこの場に来ていない面々は妖怪達である。まぁ毎度の事だ。そもそもの感性がヒトより振り切れている彼らは、春の陽気と心の赴くままに昼寝を楽しんでいるのだろう。うらやま……いや失敬。

 「このまちだいすき何度もおいで」と、やや強気なキャッチフレーズが売りの赤塚町。ヒトと妖怪がごちゃごちゃ混ざって暮らしている町である。
 倫理も美学もばらばらの連中が一つ所に集まれば、そりゃあ色々とトラブルも事件も起こる。たまに怪我人や人死にも出る。しかしだいたいは時間が経てば何事もなくなっているので、要は慣れである。

「以上、前年度の“あいさつ運動”取り組みへの表彰でした。皆さんありがとうございます。さて、議長の選出は司会者に一任、との声をいただきましたので……役員よりデカパン監事、お願いできますか」
「ホエホエ。承っただス。書記はダヨーン監事にお願いするだス」
「いいよ〜〜ん」
「ありがとうだス。本日は第1号議案から、第5号議案までの……」

 赤塚町商工会。ヒトと妖怪がごった煮状態の町に一応の秩序と方針を立て、地域生活の向上を図るべく集まった、主に個人事業主達で構成される自治組織である。とは言うものの、半数を占める妖怪側がこの場に出席する事は滅多にない。
 本日は年度初めの通常総会。前年度の総括と今年度の方向性を決める重要な話し合いの場である。委任状出席とはいえ全員が揃っているのは、ひとえに副会長の恐怖政……失敬、人望によるところが大きいのだろう。

「では第1号議案、平成27年度事業報告及び収支決算承認について。青年部のチビ太部長、説明をお願いするだス」
「おうよ! そんじゃあ一昨年から挙がってた納涼祭の出店費補助金の件からな」

 このように、前年度の活動報告や収支決算の承認、今年度の事業計画案と予算案審議、運営規約の一部改正等々、人間と妖怪双方が折り合いをつけて暮らしていけるよう、町のしくみについて話し合いが成されていく。

「秋祭りのPR効果はイマイチ振るわなかったざんす」
「あー。広報費を切り詰めたせいか。新聞折込広告の配布エリアを縮小せざるを得なかったからなぁ」
「今年はチラシが来ないのかって問い合わせもあったざんす。ここいらの地域はまだまだネット媒体より紙媒体の方が需要あるざんすよ」
「けどよぉ、イヤミ理事。手ェ広げすぎるより地元の人間の参加率を上げる方が得策じゃねェか? 妖怪連中は大挙して来るけどあいつらほとんど食い逃げ目的だし」
「それは納涼祭でやっといてちょーよ。神輿と睦の打ち上げ代だけで赤字寸前ざんす」
「地元向けの納涼祭と、外部向けの秋祭りの差別化だスか。秋のステージ出演、橋本にゃーちゃんはどうだス?」
「年末のフィンランド旅行の時に、本人から『ぜひ来年も』って言われてるじょ〜。この総会が終わったら正式に打診するじょ〜」
「お! さっすがハタ坊特別顧問! 仕事が早いぜ!」
「て、照れるじょ〜」
「だよ〜〜ん」

 何やらムズかしく聞こえるやもしれないが、大概の議案はなんやかんやあって問題なく承認可決されるのがいつもの流れである。うん、このまま行けばそうなるはず。
 そうして第4号議案・商工会80周年記念パーティーの収支報告まで進み、残る議案は任期満了に伴う役員改選のみとなっt

「ちょっと待って」

 はいムリでしたー終わりませんでしたーフラグ即↓回収↑ぅぅ〜〜。

「……はい、トト子副会長」
「周年パーティーの収支、備品欄がおかしくないかしら。内訳表はある?」
「…………失礼しました。別紙お配りします」

 はい積んだァー! いかに紛れ込ませて乗り切るか総会前に極秘会議やったの意味なかったー! やっぱやるもんじゃないね! 会議前会議!
 チラリと目をやると、イヤミ理事、デカパン監事、ダヨーン監事、チビ太部長、ハタ坊特別顧問が必死に書類を読み込むフリをしている。案ずるなお前らも道連れだ。
 赤塚町商工会のアナキン・スカイウォ○カーと呼び声高い、我らがトト子副会長の可憐な眼が内訳表を滑っていく。まだだ、まだ希望はある。めちゃくちゃ判りづらい内訳表に土壇場で差し替えてあるし、五十音順ですらない。これでいいはずだ。

「……“まつのやさん”が赤字じゃないなんて珍しいわね」

 はいおそまつさんでしたァー! もうムリ。もういいです諦めた。

「ですよねー。私も前年度と比較して気が付きましてドッキリしましt」
「そうよねあり得ないなんてことはあり得ないしね。で?」
「……備品代で購入した物品を7掛けで売り捌いたそうです」
「それだけ?」
「……」
「……“ドン八”さんが備品代使い切ってるのも珍しいわね」

 銃口を向けられたかの如く窓際の席の男性がビクリとする。普段は寡黙ながらも、人情味溢れる料理と昔話を提供する居酒屋の店主だ。ここの魚料理は外せないが、〆の焼きそばは食っておけ。
 トト子副会長の圧を受けて「ドン八」の店主が呟いた。曰く「どーしても備品が足んないの! お願い助けて大将さん〜〜!」と同じ顔に三日三晩泣き付かれたそうだ。末弟が焼きそばの麺を数え始めたあたりで折れたらしい。

「“不知火鮨”さんと“剣山”さんも同じ?」

 両店の大将がぶんぶんぶんとひたすら首を振る。ゲーム○ーイの起動し続けるバグのようである。
 ちなみに。元気のいい板前集と気風のいいおかみさんが迎えてくれる「不知火鮨」さんはランチがお勧めだが、神輿の合間に振る舞われる寿司は別格である。
 「剣山」さんの季節モノにハズレはないが、迷ったら刺身のちょびっと盛りを頼め。全然ちょびっとじゃないから。あとはそうだな……鍋が好きだ。

「売上マージンをさっ引かれるから備品代をありったけ使い込んで売り捌いて、しかも他店の余った備品代も使わせたワケね」
「仰る通りで」
「……あンのクソニート共……」

 赤塚町商工会のゴッドファーザーと呼び声高い、我らがトト子副会長の白魚のような手が、ごしゃりと資料を握り潰した。これ死にましたね。誰が? 言葉にしたくない。

 さて。事の元凶「まつのやさん」は、地元じゃ(悪)名の知れた荒物問屋である。「リヴァイアサン」のように「さん」までが店名で、問屋、とはまさに名目のみ。行ってみても“長らくのご愛顧ありがとうございます!!感謝の閉店セール中!!”との旨が描かれた手製のチラシが貼ってあるだけだ。
 「ずっと閉店セールをしている閉店しない、開店もしていない幽霊問屋」――それが荒物問屋「まつのやさん」なのである。
 従業員は幽霊ではなく妖怪であり、店主の長男を筆頭に、世にも愉快な六つ子の妖怪兄弟が切り盛りしている(と、いうことになっている)
 店を開けるのは年に2・3回、祭りや祝典等の「金になる」催し物がある時のみ。荒物問屋は日々の生活に役立つ様々な雑貨を提供するが、「まつのやさん」の商売はあこぎなんてモンじゃあない。
 大掛かりなイベント目当てに外部からやって来た客に、やれ妖怪が着ていたパーカーだの、妖怪がかけていたサングラスだの、妖怪が座っていたクッションだの、あらゆる雑貨を妖怪と絡めて叩き売るのだ。
 しかも六つ子たちが一度でも触れば、ほうきもちりとりも妖怪グッズとなるため、嘘ではない。

「あの店だけは事前に現金支給しないで、稟議書申請式にしてたのに……手ぬるかったみたいね……」
「80周年パーティーは事前告知での反応の薄さが何だったんだってくらいの集客率でしたからね。7掛けとはいえかなりの数を売り捌いたようで、相当な額のへそくりかと」
「クソDT店主はなんて言ってたの? 居間の隅でガタガタ震えてお造りになる準備はOK?」
「『へそくり? そんなん隠し持てるワケないじゃーん! すーぐ弟たちに見つかるって!』」
「全員で隠蔽してるってことね」
「そう思います」

 考え込み始めたトト子副会長に、総会出席者全員の視線が注がれる。だから諦めましょうって。みんな道連れですって。

 ではここで今更ながら、司会進行をしている私の事を少し。一番初めに話した通り、商工会は人間と妖怪の生活をよりよく面白くするための組織である。
 しかし、気ままな妖怪たちがこういった会議の場に出てくることはないに等しい。書面提出を求めれば紙飛行機が返ってくるし、町で話しかけてものらりくらり。委任状だけは、返送すれば商店街の飲み屋1週間無料券を付けるという苦肉の策を取ったため、驚異の返送率である。しかし予算は有限。
 そんな妖怪側の声を取り入れるべく、つい最近新設された役職に就いているのが私である。そのものズバリの、相談役。人間と妖怪のどちらもイケる診療所の医者という立場をダシに……失敬。活かし、双方の御用聞きを行っている。
 一般企業で言うところの相談役とは退職した役員が繰り上がるものだが、トト子副会長らはむしろ、外部から流れて来たしがらみのない者である事をメリットだと捉えているらしい。

 加えて、私がこれまたつい最近、好奇心でいっぺんアレなコトになり、六分の一ほど人間をやめたのが決め手となった。ヒトもおでんも時代はハイブリッドである。

 さて、設定を追加している間に我らが副会長の方針が決まったようだ。

「……“まつのやさん”が溜め込んでるお金は間違いなく商工会に返金されるべきだと思うの。よって、あのクソシコセンズリ童貞野郎共からへそくりを全額徴収します」
「で、でもよぉトト子ちゃ……副会長。あいつら逃げ隠れするスキルだけは振り切れてやがるんだぜ? そりゃあオイラだっていい加減一泡吹かしてやりてぇけどよ」
「おまけにとんでもない地獄耳ざんす」
「もう嗅ぎ付けてるかもしれないだスね」
「後手後手だよ〜〜ん」
「じょ? みんなでかくれんぼするじょ?」

 ごもっともである。と言うか、副会長がお願いすれば嬉々として全額献上するんじゃないかあの六つ子。
 しかし次の瞬間。ヒュ、と我らがトト子副会長の手首が唸り、ざわつきだした議場の窓をゴガシャーンッ! と何かがブチ破った。水を打ったように静まり返る室内で、誰かが「あ」と声をもらす。
 窓の外、ふわふわ揺れていた白木蓮の幹に、立派なカジキマグロが刺さっていた。

「いいから狩って来いや」
「「ウィ・ジェネラル!」」
「……よろしいですか、聖澤会長」

 これまで沈黙を守っていたトップは、ただ一言。

「いーんでない?」

 斯くして、臨時議案第6号、赤塚町商工会員+有志による「松野家6兄弟大包囲作戦〜へそくりを奪取せよ〜」の即時実行が決議されたのである。

 さて。準備期間の短さから凝ったプランを練ることは出来なかったが、本作戦の展開規模は大規模作戦となる。商店街の各店舗はあくまで通常通りの営業を行い、六つ子を発見次第、索敵班と近隣商店へ連絡。その後立ち寄るであろうポイントを割り出し、私を含めた少数の索敵班で確保、へそくりを回収する。
 兄弟ぐるみで隠匿しているとなれば、自宅や預金の線は薄い。がめつい彼らは現ナマを持ち歩いているだろうと、トト子副会長やイヤミ理事はじめ、古参の役員方は早々にアタリを付けていた。
 ちなみに五人はブラフで誰か一人が全額抱えている可能性は? と、私がトト子副会長に尋ねてみたところ、「それはない」と即答された。

「『抜け駆けなんて上等なマネ、ぜーったい出来ない仕組みだもん。あの六人は』……ですって。いやはや堂に入っていらっしゃる、我らが副会長様は」
「年季が違うよ〜〜ん」
「なんかイイですよね、そういうの」
「揃ってバカなだけだよ〜〜ん」
「なるほど揃っ……え」
「あそこにいるよ〜〜ん」
「……」

 聞かなかった事にして、索敵行動中の私とダヨーンさんはごく自然に公園内へ足を踏み入れた。植え込みの向こうから、か細い声がする。

「……6枚、7枚、8枚……」

 目標発見。桃色の着流しに黒の兵児帯をふわっふわの蝶々結びにしている成人男性が、木々の隙間の暗がりで手元の何かをこっそりと数えている。
 松野家末弟・松野トド松――「皿かぞえ」と呼ばれる妖怪だ。

 妖怪名よりも「お菊さん」がまず有名であるが、このトド松さんは皿を割って云々という妖怪ではない。ただ単に何かを数えずにはいられないだけである。
 赤塚町全般の妖怪にみられる特徴として、やけに現代っぽいような、俗っぽい感じが滲み出ているという点がある。そして人ならざる業を持っていてもいわゆる「特殊能力」感がなく、ぶっちゃけショボ……それどんな場面で使うんだ、といったものが多い。
 トド松さんは夜な夜なAVの枚数を数えているとか、AV女優のへそのしわを数えているとか。そんなアレコレを、以前買い物中に会った御両親が面白可笑しく教えてくださった。親バレは妖怪より怖し。

「……」
「……」

 ダヨーンさんと目配せをする。狙うは短期決戦である。
 赤色灯を点けて、いざ!

「23枚……24枚……」
「こんにちは〜」
「ヒッ! だ、誰!?」
「こんな時間に何してるんだよ〜〜ん」
「お兄さ〜ん?」
「こんな時間……って、いやまだ昼過ぎだよ!? そっちこそなんで赤色灯点けてるんですか!?」
「最近は日中でも危ないんだよ〜〜ん」
「お兄さんもこんな茂みに一人でいたら連れてかれちゃいますよ〜?」
「あ、僕……帰ります。それじゃあ」
「ちょっと待つんだよ〜〜ん!」
「へ!?」

 数えていたモノをささっとかき集めて立ち去ろうとするトド松さんの帯を、ダヨーンさんがひっ掴む。よし、ここからだ。

「最近出るらしいんですよ〜。へそくりをチョロまかそうとする悪い妖怪がねぇ〜!」
「だよ〜〜ん!」
「先生とダヨーン!?」

 目深にかぶった制帽をぐい、と上げてトド松さんと目があった瞬間、私とダヨーンさんは後ろへ飛び退いた。元いた場所には鉄の矢が何本も刺さっている。

「チッ、気取られた……! やるねぇお巡りさん」
「激録! へそくり警察24時!!」
「自分で言うんだソレ!?」
「5回ほど練習しました」
「ゲン○ウさんは呼べなかったよ〜〜ん……」
「なんッッで呼べると思った!?」
「くっ、まさか罠を仕掛けるほど余裕があるとは思いませんでしたよ……」
「温度差きっつい! けど……ふふっ、そうだね。トト子ちゃんなら早々に仕掛けてくるって思ったよ……!」
「へそくりを渡すんだよ〜〜ん」
「そうだなぁ。さすがに僕の方が不利だし……どう? 見逃してくれるなら、この三人で山分けってことで!」
「歪みないなこの人」
「そもそも僕は反対してたんだよ? こんなお粗末なやり方、ぜーったい誤魔化せるワケないもん」

――トド松くんが山分けだとかの真っ当な妥協案を出してきたら、狙いは時間稼ぎよ。周りに注意して、とにかく最短で確保して。

「すみませんトド松さん、さくっと吐いてください。副会長マジで怖いんです」
「そっちも必死ってわけだね……けどピッタリ60秒経った! ごめんね十四松兄さん!」

 そのワードを聞いて反射的に一歩退こうとしたその時。私とダヨーンさんの足元が落ちた。

「へっ」
「ぅぅぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!」
「だよ〜〜〜〜ん!!」

 なんかいる! いやその前にヒトの頭踏んづけて普通に落下免れたよあのおじさん!
 突っ込む間もなく穴の底にべしゃりと落ちた。思ったより痛みはない。四つん這いの私の下にいる第三者は黄色い着流しで、トド松さんと同じく黒い兵児帯を蝶々結びにしている。
 しかし瞬きをした後、その体はなくなっていた。メカニズムは知らない。

「どぅーーん!!」
「ごっふぅ!」

 腰がイッたんじゃないかな。起き上がるのも面倒になり、そのまま背中でぽぽんぽぽん跳ねているモノに首だけ向けた。

「まさか落とし穴を体張ってずっと塞いでいるとは……」
「さすがにキッツいね! 昼ごはん抜いたし!」
「え、朝から待機してたんですか」
「ヒマだし上に乗られたら1分が限界! トッティ超正確ー!」
「トッティ鬼畜すぎるって気付いてますよねそれ」

 松野家五男・松野十四松――妖怪「つるべ落とし」である。

 基本的には首だけだが、現代仕様で体も普通にあったりなかったりする。まれに人を喰ったりもする。
 ちなみにデカパン博士の研究によると、親子や兄弟で種族が異なるのは、どの妖怪に生まれてくるかは隔世遺伝によるものであるためだとされている。松野兄弟の祖父母かそれよりも以前に、「皿かぞえ」や「つるべ落とし」がいたのだろう。

「ねぇねぇ、出来るようになった? コレ!」
「首だけにはなれませんねぇ。やたら夜中に目が冴えたりはしますよ」
「やっぱり六分の一しか変わんないかー」
「十四松さんですからね」
「あと5回喰ったら一人前になるかも!」
「何回でも十四松さんですからね」
「そっかー」
「らしくてイイじゃないですか。私はこれで気に入ってます」
「キモチヨかった!?」
「だからアブナイ言い方やめるだスって!」

 あ、と思ったら、でっかいマジックハンドで十四松さんごと掴まれた。落ちたり出たり忙しい。そのままぐいっと引っ張られ、先ほどよりはマシな勢いで穴の外へ放り出される。

「デカパン博士だー! ありがとうございマッスル!」
「ありがとうございます」
「ホエホエ。大したことはしてないだス。お礼はへそくりで十分だスよ」
「あっ!」
「よかったですねぇ。十分だそうですよ、十四松さん」
「あー……」

 猫目になった首だけの十四松さんをしっかり抱え直す。自白……と言うより自爆してくれそうなのはこの人しかいな

「さよなランニングホームラン!!」
「ちょ」
「ぃヨイショォォーー!!」
「待たんかィワレェェ!!」

 こいつ……逆回転だと……
 語尾を捨てたデカパン博士の乗ったハーレーと、高速で転がる十四松さんはあっという間に見えなくなった。ダヨーンさんとトド松さんの姿もない。
 ひとりになった私は、次の目標を探すべく商店街へ向かうことにした。既に情報は入っている。そして今更ながら、本作戦の推奨BGMはこ○亀でひとつ。

 賑やかな表通りを一本曲がった路地の奥で、その人は簡単に見付かった。見付かった……いや、目が合った。

「いたいた、ケツ松さん」
「一松ですけど」
「あ、はい」
「……どうも」
「はい、こんにちは」
「真っ昼間にこんな所までゴクローサンなこって。相談役サマもヒマなんですかね」
「とりあえず尻をしまいませんか」
「白昼堂々ナニやってんだってね。僕みたいなのは部屋のスミスでケツだけ晒してるのが分相応だよね知ってるそれじゃあ」
「待ってそのままどっか行かないで一松さん」

 紫色の着流しは裾が腰までまくり上げられ、やはり蝶々結びの黒い兵児帯に入れ込んである。下半身は普通に丸出しで、尻の真ん中に付いた目玉が気だるそうにこちらを見ているが、当人は猫のように丸まったまま動かない。

 松野家四男・松野一松――妖怪「尻目」、尻に付いた目玉を人に見せ付けるだけの露出狂である。

「あ、今『このケツ出し能無し露出野郎が手間ァかけさせやがって』って思ったでしょ」
「すいません」
「思ったのかよ。でも俺、別に見せたいワケじゃないから。辛抱たまらなくなると手より先にケツが出るだけだから」
「性癖ですね」
「いくらセンセイでも俺のクズ具合は治せないでしょ」
「あ、ケツ松さんお尻の目がまた充血してますよ。ちゃんと目薬さしてます?」
「路地裏だけに目を光らせておかなくちゃってね」
「体張りすぎなのと違いますか」
「あんただって体張りに来たんじゃないの」

 皮肉めいた口調の一松さんが、丸めていた体をのそりと動かした。ここまで尻しか見せられていなかった私の方を、一松さん本来の目がじっとりと眺めてくる。あれ、本来の目って尻の方だったかな? むしろ本体?

「そうなんです。ザ・ボスがトトおこなんです」
「トトおこ」
「へそくりください」
「おそ松兄さんかクソ松を当たればいいでしょ。あいつら全然動いてないし」
「カラ松さんはともかく、大将は見失うとお手上げなもんで放置する方向です」
「へーェ。それで妖怪としても最底辺な俺ンとこに来たんだ」
「そうです」
「そうなのかよ。なら……仕方ねェよなァァ!?」

 ズドン!! 唐突にテンションが振り切れた一松さんが右腕をコンクリに付いた途端、足元が爆発して崩れ落ちた。一松さんも巻き込まれている。
 やけに喋ると思っていたら狙いはコレだったか!

「そのケツの赤い(充血した)目……! ロート○ールの民か……!」
「金の道に背きし商工会役員! 滅ぶべし!! アッハァァァァ死なば諸共ォォォ!!」
「この状況でまさかの死ぬ気だった」
「見くびったなァセンセイよォ! 俺のケツ意は固い……!!」
「ツッコミが不足し「いや言いたかっただけだろソレ!! 何で傷の男っぽく刺青入れてんのってそれシールじゃん!! スタイリッシュに起爆スイッチ押しただけじゃん!! つーかお前も一緒に落ちてるし!! 何がしたかったんだよスペランカーかよ!!」
「えっ」
「あ」
「えっ?」
「「危なーい!!」」
「えっ」
「あー」
「えっ、一松!?」

 間一髪、一松さんだけ上へ引き上げられるのが見えた。私と第三者はそのまま下水道へと落っこちる。今日は落ちゲー日和のようである。トド松さん十四松さんといい、六つ子の思考はこんな時も同じらしい。
 あとスペランカーよりミシシッピー殺人事件っぽいのではないだろうか。


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