ガーベラに薔薇、ハルジオンとスイートピー。数々の色鮮やかな芳しい花達で造られた小さなブーケを頭の天辺よりも少しだけ左に傾けた位置に誂えた姿を見て、お姫さまみたいだなあ、なんて思ったけれど、僕の口は其れを言葉には換えなかった。
ブルーベルの思うお姫さまと僕の考えるお姫さまが食い違っている可能性だって否定出来ない。昨今の世の中に一体どれだけの本物の姫君が存在しているのか分からないけれども、皆が皆花で髪を飾っている訳でも無いだろう。

何より、そんな事を口にした僕に対してブルーベルがあの丸くて大きな瞳を此方に向けてきたりでもしたら僕の顔はガーベラと張り合える位に赤くなってしまうんじゃないかと思う。否、殆ど確信している。
人を褒めた経験なんてこれまでの短小とも長大とも言えない人生において皆無だと言い切ってしまっても良いし(凄い、と言う単語を口にした事ぐらいは流石に有るが、具体的に相手の何処かしらを挙げ連ねて手放しで褒め讃えるなどと言った高等技術は修得していないのだ)、ましてや好きな女の子の容姿を褒めるだなんて僕にはハードルが高過ぎる。

容姿を大仰に褒めたら相手に気に入られたいと言う魂胆が透けてしまいそうで、けれども控え目に良いだの似合うだのと簡素な反応で済ませてしまっては、僕が真にブルーベルの格好を可愛らしいと想っているのだとはきちんと伝わらないかもしれないと不安が滲む。

せめてブルーベルが何時もの如く強気で勝ち気な態度で何かしらの感想を強要してくれたなら、気圧された振りを試みる事も出来ただろうか。
ブーケの底辺から伸びるリボンを顎の下で結んだ姿はお姫さま、若しくはご令嬢のようで、改めて女の子の表現の振り幅なるものにいたく感服せざるをえない。

大きな鏡の前で髪の波打ち具合を気に掛けているブルーベルと、半開きになった談話室の扉の間に佇んで直立不動の僕。
恐らくかれこれ十分ぐらいはこの状態が続いているのだろうけど、真剣に手櫛で髪を梳く横顔に呼び掛ける事も靴音を鳴らして室内に踏み込む事も、何だかまるで禁忌に該当する所業であるかのように思えてしまって動けない。
ただ運命と言うか、偶発的な何かを司る神さまは僕の情けなさをしっかりと見咎めていたようで、ついにブルーベルが気配を肌に感じたのか其の丸い双眸をちらりと此方に向けた。


「ちょ、…ちょっと、あんた何時から其処に居たのよ!入ってくるとか、声掛けるとかすれば良いじゃない!」
「え、あ……でもブルーベル、何か集中してたし…」


嗚呼今の僕の情けなさたるや目も当てられない。驚かせてしまった相手に言い訳を並べるにしたって自分の行動力の無さを彼女の所為にするだなんて、男としての矜持も何も無いじゃないか。
熟れた林檎の果実のような緋色を頬に乗せたブルーベルの眉尻は吊り上がっていて、希望や救いの欠片を捜す事も諦めざるを得ない程に憤慨を露にしている。怒らせた、と言う簡素で重大な事実が僕の胸中を乱暴に揺さぶるものだから、気の利いた文句なんて一つも思い浮かびやしない。


「こっちから見せたかったのに。…まあ良いわ、ザクロを引き連れてたりはしてないし。ねえデイジー、コレ似合う?」


何故此処でザクロの名が突如出現するのだろうと内心首を傾げた直後に今度は面と向かって問い掛けられ、僕は果たして今何を言うべきなのか完全に判らなくなってしまった。何時から扉の横に居たのか、との問いには未だ答えを返していないのに、目前には既に新たな質問が掲げられている。
ならば名指しで問われた質問事項を優先すべきかと回転の鈍い脳で考えた結果、僕の口からは陳腐にして簡潔にして似つかわしくない単語がぽろりと飛び出した。


「綺麗だよ」


瞬間、ブルーベルの顔が林檎を通り越して唐辛子みたいな(よりによって唐辛子だなんて可愛いげの片鱗すら見当たらない喩えだけれども、生憎と僕の持ち得る語彙と表現能力では此処ら辺が限界だ)真っ赤な色合いに染まった。
小さな唇が音も無く動く様子からして身体を戦慄かせる程に何かしら失言を吐いてしまっただろうかと懸念が沸くものの、綺麗は何処からどう見ても褒め言葉なだけに自分の過失が見付からない。


「あ…、当ったり前でしょ!態々びゃくらんに頼んでお店に注文して貰ったんだから、…その、あんたがそれを判ってるんなら良いのよ、だから…」


しどろもどろ、失礼ながらそんな言い回しが似合う語り口。値打ち物の豪奢な飾りを自慢したいのか服装のコーディネートを相談したいのか、ともかくブルーベルの言いたい事がどうにも汲み取れない。

ただ頭にブーケを乗せた、何処ぞのお姫さま或いはご令嬢のような見目の彼女が頬を鮮やかに色付かせて視線を彼方此方へ泳がせている様が何だか酷く可愛らしくて、思わず口端を吊り上げると「何笑ってんのよ」とお咎めを受けた。
けれど何故だろう、そう言ったブルーベルが別段怒ってはいないのだと直ぐに理解出来て、僕は其れが嬉しくて、一層頬を緩ませた。





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(title:思春期)



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