「あんたは少しだけ、不器用だな。ボスとして歯車を動かそうとする意気込みは買うけど噛み合わせが悪かったら巧くは回らないだろ。皆ユニを慕ってるからこそ意見を確り口にするんだ、あんたが賢いのは周知の事実だが背伸びをする必要は無い。γも心配してたぞ」


ぴしゃり、では無く、さらりと言い放たれた言の葉達に対してわたしが二の句を次げられる筈も無かった。それどころか態々言葉に出して告げられた皆が懸念を抱く現状には肩が揺れてしまった、嗚呼何だか情けない。
スパナの言う事は概ね正解なのだ、少なくともわたしに当て嵌めて言っている事柄に関しては。

現在進行形で目下拙い恋情に振り回されているわたしが、常に冷静沈着の四文字を傍らに据えるスパナの前でジッリョネロファミリーボスの威厳やアルコバレーノとしての尊厳性を保ち且つ醸すだなんて事も、不可能に終わっている。
自ら己を子供だと称するにはわたしの中の自我と自制と理性は些か育ち過ぎてしまっていたけれど、それでも人生経験が不足しているのは確かだった。ついでに背丈も、足りていない。

燦々と煌々と降り落ちる陽の光は木々が広げる枝と其処から生まれる葉の合間を縫って、豪奢な刺繍のような絢爛さでわたしとスパナの髪を照らす。昼下がりの太陽によく似たスパナの金糸が天然の照明を吸い込んで、少し身を動かす度に細やかな光の粒子が周囲に舞った。
触れた事は無いけれど、きっとさらさらとしているのだと思う。頬を滑る横髪の細さが単純に綺麗だと思えた。

憧れが進化したのだろう事は、自覚していない訳ではなかった。数多の工具を操る指先だとか、仄かに香る甘味が含む優しさだとか、見上げた蒼穹と追憶の被る眸の色合いだとか、魅力なんて後から幾らでも継ぎ足してしまえる。一から何かを、或いは無数から一を創り出す事の出来る両手と眼が素直に羨ましい。
けれども困った時に左の首筋に触れる癖だとか、意外に紅茶も珈琲も好む所だとか、花冠を造る時の手際の良さを知る度に頬が緩むわたしは憧れの域を脱してしまったのだろう事も自認している。否、したかった。恋だと言い切りたかった。未だ子供だから、其の台詞を渡される事に怯えた。

そして其れ故に意気は空回り、背筋を常々伸ばしてボスを努める事に勤しんだ結果わたしを姫と呼んでくれる一番の腹心とも言うべき人にまでどうやら心配を掛けてしまっている始末だなんて。膝を抱えて溜め息を五回ぐらい吐き出してしまいたい。
姫と云う気恥ずかしさを煽る呼称にも漸く自然に相槌を打てるようになり、未だにスパナがわたしをユニと云う名で呼んでくれる事の幸せを大事にしようと改めて思えたと言うのに。


「ユニ」
「…何でしょう」
「ジャッポーネに古くから伝わる、約束事を交わす時に相手がその約束を破る事の無いよう釘を刺す歌を知ってるか」
「いいえ、…知らないわ。そういう話を聞いたのも初めてです。日本の人は随分慎重なのね」
「それだけ嘘を罪としてるんだろうな。じゃあ手、出して」


不意に、長くて白くて細い五指が直ぐ間近まで伸ばされる。触れてもいないというのに勝手にざわめき出す鼓動を内心で叱咤しながら言われた通りに片手を持ち上げると、スパナの小指にわたしの小指が絡め取られた。
瞬間的に上昇し始める体温、叶うならば其の表面的にして顕著な変化に聡い技工士が気付かないでくれるようにと願う。


「指切り拳万、嘘吐いたら針千本飲ます。指、切った」


日本語とイタリア語が混在した言葉が独特の抑揚で薄い唇から紡ぎ出され、短い歌が終わると同時に絡んだ指も解けた。げんまん。わたしが知り得るイタリア語のどの単語にも当て嵌まらない音の並びに思わず小首を傾げて自分の右手と目の前の左手を交互に見比べると、スパナが何処か悪戯な色を孕んだ笑みを浮かべて小指を立てた。


「今のが約束を必ず守ると誓いを立てるって意味で交わす、指切りってやり取り。げんまんのげんは日本語で拳を、まんは一万を指す。約束を破った時は握り拳で一万回相手を殴って、嘘を吐いた場合は更に針を千本飲ませて制裁するって意味らしい」
「怖いと言うか…物騒、ですね…。何もそこまでしなくても」
「ウチも同感。まあ、約束を重んじようって姿勢の表れなんだろうな。それにしたって行き過ぎだけど」


小指を眺めながら喉奥を震わせて一笑を零すスパナを視界に納めてから、今一度宙に浮かせた儘の自分の小指を見下ろす。
拳で一万回だなんて、冗談にしろ誇張表現にしろ流石に酷いの一言に尽きる。約束を違える事は確かにいけないけれど、針を千本飲まなければならない程の重々しい罪になってしまうのだろうか。
スパナの日本好きは充分に知っているものの、実際に彼の地へ赴きたい、と言われたら思わず引き留めてしまうかもしれない。そんな非常識極まりない行動を取る日本人は今も昔も居ないとしても、こんな話を聞かされてしまっては危惧感も芽生えるというものだ。


「けどウチは、そんな日本古来の行き過ぎた罰を備えた指切りで約束をするよ。だからユニ、もしもウチが約束破ったらあんたの気が済むまでウチを殴れ。ただし針は勘弁」
「、え?でもスパナ、あなたは今何も約束事を言っていなかったわ」
「うん。これから言う」


今も尚悪戯っぽく笑みを浮かべて言うからには、殴れ云々は完全なる冗談か、若しくはわたしがスパナを殴る事など地球が逆回転しても出来やしないと解っているのだろう。
再び小指が差し出される。同様にする事に一抹の躊躇いが生じて片手を胸元で彷徨わせていると、大人の男性の長い指に因ってわたしの小指は難無く捉えられた。


「あんたが少し不器用な分はウチがちゃんとサポートしてやる。だからやりたいようにやってみろ、ウチのボスはユニなんだ。…ウチは、あんたの味方だ。約束する」


「他の連中も同じ気持ちだろうけどな。」そんな声が後から聴こえたけれども鼓膜の傍を素通りするだけに終わる。わたしの意識は繋がれた小指から感じる体温を感じて、スパナの顔に浮かぶ柔らかな微笑みを見つめて、今しがた贈られた言葉を噛み締める事で手一杯だった。
この人を殴る未来が来る筈も無い。其の事だけは、仮にわたしが先見の眼を持っていなくとも断言出来る確実な真実だ。






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企画「朦朧」さまに提出



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