「おっもーい…」
「だから言ったろ、ただの買い出しだから着いて来てもきっと面白くないぞって」
「前以てレディに荷物持たせるなんて知ってたら来なかったわよ。あんたが出掛けるの珍しいからってちょっと興味持ったブルーベルが失敗だったわ…」
「残念だったな。残り二軒だけだから頑張れ」
「ニュニュー……」


思いきり唇を尖らせても、頬を膨らませても、片手にぶら下げた袋の重みは減る筈も無い。得体の知れない、原材料が金属である事しか傍目には明瞭に判別及び認識出来る特徴が無い諸々の詰め込まれた手提げ袋を片手どころか両手に下げているスパナに今以上の荷物を与える事は、彼が立派な成人男性である事を差し引いても多少の躊躇いは沸く。
けれども同じ細腕と言う表現の似合う二人とは言え其処は男と女、幾ばくかの無理に気遣いを重ねてこその男性だろうと思う。ましてやわたしは悲しいかな腕力にはあまり自信が無いのだ。

日々水槽の中でトレーニングに励んでいるとは言え、成長期の身体は殊更栄養を欲するらしい。結果的にカロリーを消費する度合いと摂取する量が拮抗し、大して肉体に成果が現れない最近の状況下、今の状態は予期せぬ体力作りと割り切って前向きに在るべきかもしれない。

隣を歩くスパナの表情は心無しか明るい。普段ラボラトリーに腰を据えて配電盤だのパソコンだのを弄り回している時は只の無表情なのか真面目な顔なのか容易には判断し難い面差しを崩そうともしないのに、名称不明の部品や工具を求めて街の小売店を梯子する様子はまるで玩具を買い求めに来た少年のよう。
おまけに何かしら押し付けがましく明言するでも無く歩幅をわたしに合わせて狭めている事に気付いてしまえば、もうわたしには文句らしい文句を紡ぐ事も出来ない。買い出しの同行を申し出たのは他ならぬわたし自身なのだ。擽られているようなこそばゆさが胸の丁度真ん中辺りに停滞する。


「荷物係でも一緒に連れて来れば良かったじゃない。スパナBランクなんだからそれ位の権限は有るでしょ?」
「部品をぞんざいに運ばれたら困る。親しくも無い奴に大事な荷物を預ける気にはなれない」
「わたしには持たせてるじゃん」
「あんたは荷物を乱暴に扱ったりしないだろ」


何でも無い事のように投下された一言に返す言葉が浮かばない。そんな風に見解を寄越されてしまえばわたしは自分の右手にぶら下がるこの荷物をちょっとした気紛れで振り回してみる事も出来ないし、子供且つ女の立場らしくスパナに持ってくれとせがむ事すら実行しにくい。
甘やかす素振りは少しも覗かせない癖に、此方の我が儘を封じてしまう狡い男だ。口数が少ない事と口下手な事は決してイコールでは無いのだと学ばされる。

そうして歩く事およそ数分間、けれども体感としては其の倍ぐらいの時間が経過したように感じられる頃、不意にスパナが歩みを止めた事で自然とわたしの足も煉瓦調の外観と色合いに仕立てられた歩道の上で静止した。

真六弔花の一員としては情けない限りだけども脚と指が先刻から疲れを訴えてきている。
決して言い訳する訳では無いけれど、わたしの得意とする足場は空中及び水中なのだ。とは言えそんな意見を言った所で事態が好転したりはしないだろう未来は予見者では無いわたしにも簡単に予測出来るので、そんな餓鬼のような行動には出る筈も無いけれど。


「あんた、甘いもの好きだっけ?」
「、え?何よ、急に」


あまりに脈絡の無い質問に思わず問い掛けで反応してしまった。甘味が好きかそうで無いのか、の一点のみで言えば勿論好ましいの一言に尽きるけど、今現在其れを問うスパナの意図が欠片も汲めない。

連日機械相手に酷使しているにも関わらず少しも荒れていない指先が持ち上がり、前方へ真っ直ぐ伸びる道路の一角を指した。
其の先では数種類の鮮やかなビビッドカラーで塗られた屋根が特徴的なワゴン車が路肩に停まっている。車体の側面に貼り付けられた色とりどりのアイスクリームの写真が賑やかに視界を彩り、年若い店員の元気な呼び込みの声が雑踏の合間を縫って鼓膜に届いた。


「好きな味の選んで良いよ。付き合ってくれた礼ぐらいはちゃんとする」


またしても何気無い調子で告げられた台詞に、胸に留まるこそばゆさが背筋にまで広がり始める。甘い物で釣ろうだなんて子供扱いをするな、と何時ものように遠慮無く憎まれ口を叩けないのは、スパナが唇を笑みに象るという珍しい光景を目にした事が全ての原因であり起因であり素因だろう。これで確信犯では無いのだから参ってしまう。
一先ず今のわたしに出来る事と言えば、せいぜいアイスクリームの種類を一つでは無く二つ注文してやる位だ。





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