「怖いでしょう、」と言って、まるで飼い猫が怯える様に対して同情を抱いたかのような懸念を携えた瞳をやけにしっかりと瞬かせるものだから、もしかすると僕は存外怖がっていたりするのだろうかと言う仮定が沸いてしまった。
此方に憐憫を向けているのだとするには其の眼差しは柔らか過ぎて、一先ず建前上だけでも馬鹿にするなと切り返せば良いものの其れを実行に移せない。先刻からやけにきらきらと瞬く睫毛がぱちりと、音を立てる。海みたいな色をしているのに、太陽みたいな煌めきを目一杯に内包して、僕の肌を焦がすのだ。


「死ねない、だなんて、怖い事だわ。人は皆死ぬから生きると言うのに、あなたには還る場所が用意されていないなんて。そんなのはとても寂しい、…かなしいことです」


睫毛が瞬く。やけに、ぱちりと、太陽みたいな、惑星が滅する其の瞬間に生まれるような唯一にして荘厳な煌めきが虹彩に舞って、(嗚呼だけれど其れは単に瞳の中へ映り込んだ電灯の無機質な温もりかもしれない、)凪いだ海が今僕の目の前に在る。
怖い寂しい悲しいと言いながら、ユニの両目は涙と呼ばれる水分を浮かべるどころか滲ませる気配も無い。ゆらりと揺れたように見えたのは、ただ瞳がほんの少し動いただけの事だった。やはり馬鹿にするなと告げるべきだろうか。淑やかに眉根を寄せる真似なら、きっと白蘭様の方が更に巧いだろう。

小さくて細い指が肌にやんわりと押し当てられて、顔面を斜めに断つかのように遺された傷痕を、まるでシスターが協会のステンドグラスの模様を慈しむが如くゆっくり撫でた。
あたたかい。体温が、

指の温度が、(さながら日溜まりのような)
いのちの証が僕のきずあとの上から染みて広がって侵食して吸い込まれて酸素と混じって、
其の小さな手を伸ばす動作は
(君はシスターじゃないのに?)さながら聖母に擬態する、ように。


「死ぬのはとても、怖いです。私が推し測って言える事では無い、誰も答えなど知らない事なのでしょうけど、独りきりは怖い。何も解らなくなるのは怖い。全部を忘れてしまうのは怖い。だけど死ねない痛みはあなたを寂しくさせるから」


ほろほろと唇の隙間から落ちる声の一粒が涙のように僕の頬へ触れる。何時か死ぬ方がどうだとか死なない方がああだとか、僕にはそんな大層な議論を脳内で繰り広げる程の元気も意気込みも無いからただユニの瞳の中の海色を見つめるしかない。
ユニは小さな唇を一度噛み締めてから、今度は「怖いでしょう、」とは言わずに無言で睫毛をぱちりと言わせた。

あたたかいのだ。離れようとしない其の指が、掌が、関節が、血の生温かさも微温く冷えた肌の事切れた感触も知らない君の手が。そしてそう、きっと其の儘で良い。渇いた血のざらつきを知らない指先でカーテンを閉めてくれるなら、未だ世界の何処かには綺麗な夜空を臨める場所が隠れていると信じられそうだから。
暗鬱蔓延る世界の何処かに、未だ綺麗な空が。


「このあったかい温度を忘れるならやっぱり死なない方が良い、かなぁ」
「…デイジー、さん」
「でもそのあったかさを忘れる位に生きるなら、……うーん、僕にはよく分からないよ。だってこれは、僕が決められるような事じゃあ無いんだ」


綺麗な夜空が見たい。空気の濁っていない、空を。雲を。目の前の青い瞳の瞬きのような小さな星を。
(嗚呼そうだ。漠然とだけど、どうせなら僕は)


母なる海よ、

青に抱かれて眠りたい。






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(title:舌)
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