「素敵、綺麗。売り物みたいだわ」


姫が其のきらきらと午後の斜陽を反射させた瞳を一点に注ぎながらそんな事を言うものだから、思わず脳内に自画自賛の文句をずらりと並べ立てたくなった。
其処ら辺の道端や野原に散在する草花で拵えた、花の淡い色彩よりも茎や葉の緑が存在感を主張してしまう、豪華絢爛の四文字は世辞にも似合わない花冠。けれども茎同士が絡まり合って描く編み模様はそれなりには見れる外観に成り立っていて、見た目の完成度としては我ながら及第点は越えているだろうと思える。

普段は酒瓶やビリヤードのキューばかり握るこの指がまさか装飾品を造る事が出来るとは思わなかったし、そもそも俺自身が女にせがまれたからといって野花を摘みに出掛ける日が来るなどとは一度も予想した事は無かった。
全ては眼前で頬を健康的に色付かせて冠を見つめている少女の、日溜まりに似た笑みが齎した魔法に因るものだろうか。恐らく俺が姫以外の女の為に花冠を自ら手作業で造り上げる事は後にも先にも無いだろう。青臭い台詞で以て言えば、あの笑顔は星よりも確かな標だ。


「ありがとう、γ。嬉しいです」


生花は萎れるまでに一日も掛からない。夜になれば褪せてしまう其れを硝子細工でも扱うかのような穏やかさで抱く姫こそが其の事を最も理解しているようで、だからこそ俺は造花の花輪を買ってやるなどと情緒に欠けた台詞は吐けなかった。
匣から出してやった狐達が上機嫌で姫の後を着いて回る。俺以外の人間には必要に迫られない限り近付こうとしないそいつらも、姫が笑えば細い脚へと擦り寄るのだから不思議なものだ。
二本の長い尾と、華奢な輪郭を持つ黒髪が揺れる。

この儘で、今居る空間を四角く切り取って絶対的な安全地帯にしてしまえたら何れ程か気分は安寧を得られるだろう。枯れない花々の暖色に囲まれて穏やかに睫毛を伏せる横顔を眺めていられたなら、ただ健やかに時を歩みゆく軌跡を後ろから辿って行けるなら、嗚呼もう、嘘偽り無く其れだけで構わないと言うのに。
それでも俺が未だ狐達を傍らに置いているように、姫もまたあの橙色を灯すアルコバレーノの象徴を手放す事は無いのだ。解っている。そういう時代に生まれた。

まだ薄い其の肩がなるべくならば震える事の無いようにと、そう願う己は本物であり自分本位ですら在るのに、俺は花冠を携える白い指を捉えて何処か暖かな陽射しの降る場所へ走り去ってしまおうと考えた事は一瞬たりとて無かった。そう、無かった。
結局は其れが全てで。


「臆病者で悪いな、姫」


囁いた声は呆気無く外気に溶け失せた。頬を撫でる微風が暖かい。頭に春色を飾った幼い主がゆるりと振り向いて、あどけない唇が柔らかく笑みを象る。
応えるように口端を上げると、少女の顔がより一層綻んだ。


なあ幸福の女神さまとやら。あんたに慈悲が有るならどうか、俺に降り掛かる予定の幸運全てをあの誰より気高い娘の上に齎しちゃくれないか。





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γユニ企画「tempo di valse」さまに提出
(副題:好きなくせに馬鹿みたい/by 確かに恋だった)


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