「なっさけない顔」


ぽつん、と呟いてみせると膝を抱えて床に座り込む成人男性は一層情けない様相でふにゃりと笑った。嗚呼情けないなさけない情け無い。口角が震えているじゃない。
笑顔ぐらいきちんと造りなさい、白蘭を見習って倣うべきよ。あんたと白蘭とじゃ顔の、そう、造形美とでも云うのだったかしら、兎に角元々の素材の良さに大分差が有るからあんなにも綺麗で優美な笑みを習得しろとは言わないけども。だってあんたの場合、唇を整形しなきゃならないでしょ。


「笑いなさいよ」


あくまで命令するのでは無く一喝する心算で声色を調節したのだけれど、きっとこれは失敗だった。少しキーが高かった。
「ああ如何しよう」ってはっきり書いてある顔には眠気の気配は無い。
そりゃあ年下のレディ(レディ。つまりは淑女、つまりは私)がいきなり部屋にやってきて自分のベッドを占拠したら睡魔を招くどころじゃ無くなるのかもしれないけれど、私の暇を潰してもくれず只押し黙っているだけならばいっその事さっさと寝て欲しい。眼鏡を奪ってベッドの下に放り込んで、私もさっさと帰ってあげるのに。


「笑って、ってば」
「笑ってるつもりなんだけどなぁ…笑おうと思って笑うの、何だか苦手なんだ。だから写真撮られるのも苦手」


回答を寄越したのは良しとして、聞いてもいない事柄までを喋る其の積極性には正直少なからず面食らってしまった。お喋りが好きな類いの人間だとか、そんな蛇足情報は白蘭からは聞いていない。
「正チャンは優しくて幼くて脆くて辛抱強くて、我慢弱くて自分に素直で無防備で頑固で流され易い馬鹿な子だよ。底無しに馬鹿な辺りが人間臭くて良いね」と白蘭は言っていたから、私の知りうる入江正一とはそういう人間だった。
そして実際、何と無く白蘭の解釈は当たっているんだろうと思う。当たっていなくても、取り敢えず外れてはいない。きっと。


「そんな顔しないでよ、ブルーベル」


この男はやはり底無しの馬鹿だ。底が無いから、辿り着けないから、何時まで経っても自分が馬鹿だなんて思えない。初めから自分が所謂ばかである事は無意識に承知しているのだ、追い追い自覚を持たないように。
要するに男はばかで、馬鹿な男は笑うのが下手で、嘘を吐き出すのも相手を睨み付けるのも笑顔を造るのも下手で、情けない位に人を憎む事が不得手なのだ。全く、呆れてしまう。


「そうだ、紅茶でも飲むかい?紅茶は鎮静作用があるから眠気を呼んでくれるんだ。飲んだら部屋まで送るから」


情けない癖に、ばかなくせに、ばかなくせに、私を子供扱いするのはやめて欲しい。
上手く笑えもしない癖に私を女の子扱いするのはやめて頂戴。
せめてあんたが白々しい笑い方を覚えてくれたなら、私だって白々しく強がる方法を手に入れられるかもしれない、のに。例えばそう、本当はジャムと砂糖を溶かし入れた甘ったるい紅茶が飲みたいと思いながら「当然ストレートで飲むわよ、子供じゃないんだから」と胸を張って桔梗に言ってしまう所とか。
だからって、今あんたが安いスティックシュガーを取り出した事に喜んだりなんてしてあげないけれど。




‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

(title⇒にやり)



第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -