日射しがじりじりとアスファルトを焼いて無機質な地面を凶器に変えてしまうような所謂快晴の本日、雲雀は自らの睫毛で頬に幾筋かの仄かな陰を落としながら手元の文庫に視線を滑らせるばかりだった。
ハルの目がテレビから雑誌、窓から黄色い小鳥、外気の中でゆらりと漂う産毛のように小さな埃からまたテレビへと小まめに移る間、伏し目がちに細められた瞳は規則的と言っても差し支えも違和感も無い速度で活字を追う。

其の様子に焦れたのか、或いは単純に現状に飽いたのか、一頻りカーテンの皺をなぞり終えたハルの両目がやおら振り向いて雲雀の髪に焦点を合わせる。けれども直ぐに眦が、まるでクランベリーを噛み潰した際の酸味に堪えるようにゆるゆると細くなって、次の瞬間には固く握りしめられた拳が雲雀の鼻先へ差し出された。


「……何、」
「じゃんけんしましょう、雲雀さん」
「どうしていきなりそんな事になるのか、理由を聞いても良いかい。因みに今見ての通り読書中なんだけど」
「読書中だからです。テレビは特にめぼしい番組も無くて、外はすっごく綺麗に晴れていて、ヒバードちゃんだって可愛くって、こんなにお出掛け日和なのに雲雀さんが本を読んでいるからじゃんけんをするんですよ」
「…………ヒバードの件りは日和と関係無いと思うけど。と言うか三浦、出来れば日本語で説明して」


いっそ失礼なまでに露骨に眉根を寄せて応じる雲雀が摩可不思議な物を観察するかのような眼差しをぶつけても、ハルは拳を退けない。じゃんけんを催促するように宙に浮いた儘の生白い片手を一瞥して、雲雀は唇の隙間から静かに細い吐息を逃がしてから膝に乗せた文庫を閉じた。
但し右手の親指はつい今しがたまで黙視していた頁と次の頁の間に挟まれて、容易に読書が再開出来る姿勢を整える。

ハルの個性溢れる発言の数々にはすっかり慣れたからか、慣れ過ぎて簡易的な逃避を図るまでになったのか、雲雀の目には別段煩わしさ等々といった類いの感情は浮かばない。
普段の雲雀を知る者から見れば大分常ならざる雰囲気を醸す其の眼を真正面からきっちりと受け止めたハルは、そんな相手の微細にして如実でありながら振り幅の大きな変化を意に介する様子も無く真剣な面持ちで拳を掲げ続ける。


「一応聞くけど、じゃんけんで君が勝ったらどうなるの」
「ハルと一緒にランチに出掛けてください。あ、でも少しのんびりしてからおやつを食べに行くのも魅力的ですね…」
「僕が勝った場合はどうするんだい」
「…それは雲雀さんの好きなように時間の過ごし方を決めれば良いですよ」


一秒足らずの間を挟んで返された返答にはありありと不満げな色合いが含まれている。ハルが雲雀の自宅を訪れてかれこれ早三十六分、来訪者が自由に室内を歩き回る事に異論無しとする以外は一貫して文庫の薄い紙に等間隔で並ぶ印字をなぞる事に集中する雲雀に対してハルの中の何かが上限に達したらしい。
日頃から何かと忙しなく独楽鼠の如く動き回っている印象の強い人間だからと言って、別に何かに急かされていると言う訳でも無ければ其の本質さえもが急いている訳でも全く無いのだ。


「三浦」
「何ですか」
「昼に何が食べたいの」


そう問うた途端、ハルの握り拳は急速に力を失くしてスカートの上にくたりと着地した。今度はハルが雲雀に向けて不可思議な何かしらを見遣るような視線を送る。
続けざまに雲雀が文庫本から完全に右手を離して其の儘携帯電話を手に取り、尚且つズボンのポケットに仕舞い込む様子を視界に捉えて睫毛を二回瞬かせた。雲雀は外出する時にしか携帯電話を持ち歩こうとはしないのだ。


「ショッピングモール地下一階のイタリアンのお店でパスタとサラダを食べて、それから駅前のカフェで紅茶を飲んでアップルパイを食べたいです」
「結局昼も午後も食べるんじゃないか」
「ハルに不戦勝を譲るからですよ」
「君が素直じゃなさ過ぎるからだろう」



ポーキュパイン
アンド
ランディニ




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