「オマエは何時になったら王子の下僕になんの」


そう尋ねると、黒髪黒眸の生粋東洋人の色彩を有した女はまるで明日の天気を予想してみせるかのような気安さであっけらかんと答えるのだ。


「ハルは誰の下僕にもなりませんよ。夫に仕える妻のような献身的姿勢なら幾らでも取れるよう努めるガッツはありますけど、ハルは、」


「イエスマンにはなりたくないんです」と片頬を膨らませてみせる女に、お前という個体が持つ生物学上女性と云うステータス及び身体的特徴を踏まえるならイエスマンじゃなくイエスレディとかミスイエスとかが正解に近いんじゃないかと指摘するのが先か、下僕と呼ばれる役目は別段人間としての最低限の尊厳までも毟り取られてしまう訳では無いのだと教えるのが先か、一瞬だけ真剣に悩んだ。
けれども女に召し使いと下僕の違いを説明するのは、例えるならば齢九十年の演歌が大好きなお年寄りにヘビーメタル系の音楽の良さを解して貰う以上に難易度が高い気がしたので結局悩むのをやめた。

金じゃ動かない、ナイフでも動かない、ケーキをちらつかせたら大きな黒い眼をあからさまな葛藤で揺らがせていたけどやはり首を縦には振らなかった。俺がこういう感想を持つのも些か可笑しな話かもしれないが、正直ナイフじゃなくモンブランで動揺する相手であった事は少々意外だ。
何時だって女は、何時になってもハルは、俺の予想とか期待とかの斜め上三十二度辺りをふわふわと漂う。

髪を切り揃えて項を隠して化粧を覚えた女が相変わらず下僕と召し使いの差異を知識として吸収しないように、俺も相変わらず女に対して両眼は見せない。髪の色と目の色と年齢と大まかな身長さえ分かったら、其れを元に身元が世間に露呈する恐れが有る。
王子の立ち位置は妙な所で融通が利かないのだ。
今現在、みたいに。


「王子のお願い無下にするなんてある意味スゲーよオマエ」
「王子様だろうと大統領だろうとそんなクレイジー極まりないお願いをしちゃあいけません、人間はみーんな平等なんです」


嗚呼これっぽっちも融通の利いちゃくれない破天荒にしてロマンチスト気取りのリアリストがまたもや何やら訴え出した。人間皆平等、だなんてお優しい発言を何回繰り返したって、其の台詞の中に対等と言う単語が無い以上はお前もクレイジーの領域に足の指を十本全て突っ込んでいるんだぜ三浦ハル、お分かり?

とは言え別に俺自身にクレイジーと言う呼称だか称号が与えられる事に異論は無い。そもそも普通などと言う定義は曖昧過ぎて、女の言葉や態度や頭の中身以上にふわふわしているのだ。
だから女も決して普通の枠組みに収まっている訳じゃあ無い。決して無い。何故なら普通の女はケーキにときめく以上にナイフに恐怖するからだ。果たして俺に本物の殺意が有るのか如何かはこの場合大した問題じゃない、不可解なのは女がナイフの切っ先を真っ直ぐに見つめてくる一点のみだ。


「じゃあ手下に格上げしてやっからさっさと了解しろよ」
「はひ、下僕と手下の何が違うんですか!嫌ですよ、結局同じじゃないですか」


やはり女は下僕と言うものを理解してなどいないらしい。一先ず俺の配下についてしまえばある意味身の安全が保証されると同時にデンジャラスでスリリングで若干血生臭い日々を送る事が確約されるのに。普通の人間には到底縁の無い極彩色のワンダーランド、其れをクレイジー呼ばわりするだなんて。

全くお馬鹿な女だ。まあ、俺だって人の事は言えないのだけれど。




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(title:濁声)



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