繰り返し繰り返し吐き出される愛の言葉とやらがオルゴールの模造品へと変貌していく。
僕が好きだのアイラブユウだのと脆弱な宣誓文句を宣った過去は一度として無い事を知っているだろうに、覚えてもいるだろうに。彼女は飽きると言う地点に辿り着く事無くティ・アモと呟くのだ。

無意味な事象など存在しないと思いながら生まれ落ちて来たのに、動脈を引き千切る行為を試みる前に其の前提をひっくり返されてしまいそう、だ。
嗚呼またしても朱い舌と白い歯が共謀して呪詛に似た何かを生成しようとしている。


「白蘭さん。白蘭さん、好きです」
「うん、それはもう聞いたよ。182回ぐらい聞いた」
「はひ!やだ白蘭さんってば、数えてたん、ですか!恥ずかしいですよ」


適当に並べた三つの数字が象った粗雑な戯言はもしや真実に近かったのだろうか。彼女が愛を囁き始めた日付を覚えていないが為に彼女の唇が果たして何回同じ形に動いたのかなど知る由も無かったの、だけれども。
何故彼女が僕の傍らにこうして居座っているのか、其の理由や原因は眠っている間に忘却の海原に呑まれていた。
気が付けば彼女は此処に居る。此処に棲み付いて睦言を吐き散らかしている。

そういえば昨日、腹を押さえつつ珈琲を飲むと言う矛盾した行為を嗜んでいる部下が尋ねてきた。
「何時まで彼女を置いておくつもりですか」、と。眼鏡の奥の双眸は一般人の枠組みに収まる彼女を気遣っていた。


「白蘭さん白蘭さん。ハル、一目惚れだったんです。知らない男の人達に囲まれて、気付いたらやっぱり知らない男の人達が周りに居て、そんな中で大丈夫?って私を気遣ってくれた白蘭さんに、ハルはあの時恋をしたんです。恐怖も混乱も全部あなたが消し去って、くれた」


要約するならば。
ミルフィオーレ第6ムゲット隊の隊員5名に因ってナポリで拘束されてからこのパフィオペディラムに赴くまでに車中で過ごした百分あまりの時間の中で、彼女の脳細胞は目まぐるしい程に暴れ回った揚句死滅してしまったのだろう。
例えば沢田綱吉の後ろ姿だとか、或いは笹川京子の微笑みだとか、若しくは己の瞳孔が開いてゆく過程の想像劇だとか、そんなものが眼球の裏側で上映されたのかもしれない。

次に産まれた新しい細胞は現実と彼女を分離させないよう努めた。見てくれだけの恋愛感情と言う接着剤で以って、彼女の自我をそれはもうしっかりと現実に定着させたのだ。
ただ定着させる際に少し皺が寄ってしまった。其れだけの話だった。

まるで産まれたばかりの鳥の雛のように、真偽の判別すら出来ないような幼い視覚で最初に捉えたものを死ぬまで親御と信じて疑わないよう、な。
そんな愛くるしい欠陥。
其れ故に引き剥がす方法さえ存在しない、悍ましく痛ましい愛情の最終形態の一つ。
救済手段が見当たらない。


「白蘭さん、す き で す よ」


ほら、鼓膜を刔り貫くほろ苦い言葉が二分前と同じ抑揚で連ねられる。
何だかもう思考する事さえ面倒臭い。





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