ぱらり、…ぱらりとランダムな間隔で雑誌のページを捲るハルの髪が未だ濡れているのを発見した正一が洗面所へ赴き、マフラータオルを片手にリビングの扉の取っ手に三本指を掛けた所で扉の向こう側から間の抜けた叫び声が聴こえてきた。三段重ねのアイスを一つだけ落としてしまったような、オムライスにケチャップで名前を書こうとしたら最後の一文字を描くスペースが無くなってしまったような情けない声色に、正一は至って冷静に取っ手を捻る。
 二十七度に設定された冷房の微風が循環する室内の壁際でソファに寝転ぶハルは俯せの姿勢で頬杖をつき、片膝を曲げ、ソファの肘掛けへ器用に凭れ掛けさせた雑誌の端っこを空いた人差し指で押さえていた。

 「ハルさん、もう夜中だから近所に声が聞こえちゃうかもよ」
 「応募者全員プレゼントに応募する期間が終わってます…!ショックです!」

 正一の話などまるで耳に入っていないらしいハルは裸足の脚をばたつかせて嘆き、カラフルな文字や写真の踊る雑誌の一ページと、誌面に付属している真っ白な葉書を睨む。
 そしてハルの話を自分の耳には入れても脳までは送り届けない正一は無言の儘タオルをハルの黒髪へと被せ、髪が絡まってしまわないように、毛先が悪戯にハルの目をつつかないように、何より風呂から上がって間もない彼女が湯冷めをしないようにせっせと両手を動かし始めた。これって母親みたいだよなぁ、と心の端で思う。

 「エコバッグを貰ったって、ハルさんあまり使わないじゃないか」
 「使うかもしれませんよ?お高いブランド物よりずうっと親しみ易いです」

 ハルが今も尚見下ろしているページの右下には、愛らしい橙やピンクに色付くガーベラが無数に犇めく布で作られたエコバッグが大きめに載っていた。花達が幾重にも重なっていて最早ポップなモザイクに見えてしまいそうでもあるのだが、丸い花の芯が「これらはガーベラです」と頑固に主張している。
 シンプルな単色もドット柄も小花模様も何故だか着こなせてしまうハルだが、この見た目が騒がしいエコバッグは果たしてどうだかなぁとぼんやり考えて、正一は自分こそがやたら煩い男のように思えた。女の持ち物に逐一口を挟む男は確かに小煩い。しかし、それならば自分の中に息づく理想のイメージに近い格好をした彼女と街中を歩きたいと思うのはとんだ我が儘になってしまうのだろうか。ああ女の匙加減ってわからない。

 「欲しかったの?」
 「タダで貰えるなら取り敢えずは欲しかったですねぇ。白いブラウスと、黒いベスト…あ、ベストはやっぱり要らないです。透け感は無いけど軽い素材で可愛い色をしたパンツかスカート履いて、ちょっと大きなモチーフのついたネックレスを着けてこのバッグを持ったら、決して変じゃあ無いと思うんです。足だってサンダルもブーティーも何でも来いですよ」

 ははあ、そういうものなのか。可愛い色が一体どの色を指しているのかは全く分からないけれど。
 そもそも色自体に可愛さというステータスがある事が不思議なのだが、そんな事を言ってしまえば格好良い色というものも全面否定しなければならない。洋服のコーディネートは正一の苦手分野だ。とは言え其れは洋服の話であって、今の正一が正一なりに組み立てられるコーディネートなるものも確かに在った。

 「結局、エコバッグが欲しいのかい?」
 「底が深くて、四角くて、しっかりした手提げ鞄が欲しいんです。駅前のケーキ屋さんのモンブラン、正一さん好きでしょう?でもあのモンブラン、ちゃんと箱を水平にして持って帰って来ないと、乗っかってる栗が落ちちゃうんですよ。ハルのショートケーキの苺はいつも無事なのに」
 「じゃあ明日、鞄を買いに行こう。ケーキの箱が入るような奴。それでモンブランを買って、普通に持ち帰ってみようよ。もし栗が落ちてなかったら、可愛い色の服にも似合ってモンブランの栗も落とさない鞄をハルさんは手に入れる事になるよ」
 「はひ…!ど、どうしましょう、わくわくして今夜は眠れないかもしれません!」
 「手を繋いで一緒に寝てあげるから大丈夫」





 
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