「遠慮する」
「何で」
「何でも」
「だから何で」
「もう!ベル君の分からず屋」


京子が勢い良く顔を右へ向けると、其の拍子に蜂蜜色の――否、マドレーヌ若しくはキャラメル色だろうか。ともかく艶々として美味しそうな色合いに染まる髪がふんわりと揺れた。

確かに俺は、分からず屋と言えばそうかもしれない。何時もならば何事に対しても大概素直に向き合っている筈の京子が何故こうも頑なな態度に転じてしまったのか皆目見当もつかないし、俺が手にしている布の色合いが何故京子の好みと完全一致しないのかも解らないし、どういった代物なら京子の大きな瞳を輝かせられる可能性を秘めているのかも判らないのだ。
手にしたワンピースを一先ず手放す。ガーベラの花のように鮮やかなアプリコット色をした膝上丈の其れ、京子に似合うだろうと思ったのだけれど。


「じゃ、取り敢えず好きなヤツ選べよ。纏め買いでも全然オッケーだし」
「…もう、だからそういう事じゃないんだってば!」


京子の頬が丸く膨れた。頬袋に目一杯どんぐりを詰め込んだ栗鼠でもこんなにも見事な曲線は作れないだろうな、と妙な確信をも得てしまう程の膨れっぷり、否、膨れっ面。デート且つショッピング真っ只中の女が浮かべる表情としては大分レアだ。
そういった種類の素直さも勿論京子の魅力の一つな訳だけど、本日二度目の「もう」が飛び出したという事は京子の中の何かが沸点に達する時がそろそろ近い。

さて、俺のジーンズの右ポケット内で出番を待ちわびているブラックカードに戦力外通告をすべきだろうか。京子が何でもかんでも買い与えれば喜ぶような阿呆な女どもとは確実に一線を画している事は恋人たる俺が最も承知しているが、しかしこの俺こそが恋人だからこそ、何かと買い与えたくなってしまうのだ。お人形遊び?馬鹿言え、留まる事を知らず溢れる愛という名の感情に形を与えているまでだ。
こうなりゃ自棄、ワンピース一着に俺の薔薇色生活を脅かされるなんて御免被る。王子の相手が綺麗な服を着る事自体には何の違和感も無い、そうだろう?


「とにかく、コレは俺が買うから。京子がこの服着てんの見たいし」
「そ、……っ、…。でも、ベル君…」
「俺が全額払うってのは却下なんだろ?そう言うなら別に支払いを強行しようとは思わねーけどさ、俺だって王子である以前に男だし好きな女に洋服の一着や十着プレゼントしたいんだよね」
「十着は駄目」
「分かってるっての。だからそれ、元に戻せ」


人差し指を京子の眉間にぴたりと押し当てる。勿論爪は立てないし余計な圧も掛けやしない、此れは暗殺部隊所属隊員ならではの絶妙な力加減が働いていたりする。と言っても京子は其の俺の密やかな心配りには気付いていないのだろうけれど。
指先を少しだけ上に上げると、細い眉根の間にうっすら刻まれていた皺が消えた。けれども京子自身が自らの意思で以て今一度眉を寄せたが為に二本の皺が再度出現。其の事の何が困るって、京子の不満げな顔すら俺からすれば可愛く見えてしまう事だ。

頑張れ俺の頬、流石に今は緩んで良い時じゃない。


「もーどーせ。俺は京子の笑った顔が好きなんだよ」
「ベ、ベル君っ此処店内…」
「知ってっけど」


しれっとさらっと首を傾げれば、京子は弱ったように眉を下げて困ったように目線を落としてから、明らかに恥ずかしげに口をつぐんだ。これだけ愛らしい外見で在るのに其れを武器に転換する発想が浮かばないところも、好きだったり。


「…私は、自分の服は自分で買いたいの。ベル君が選んでくれるのは嬉しいけど、ベル君が当たり前みたいにお金を出すのは幸せじゃないの」
「うん」
「ベル君の自己満足なんかじゃなくって、ちゃんと私の事見てくれてるの分かってる。何時も私の好きそうな服選んでくれるから」
「うん」
「ただ自分で悩んで、選んだりもしたいの」
「うん」
「それでベル君に、褒めて貰いたいな」


さてさて、この可愛い生き物に対しどう接するべきなんだろう。思いきり抱きしめてやりたいし俺だけの特権である京子の髪をぐしゃりと撫でる権利を施行したいとも思うし、何なら淡く色付いた頬に触れて唇に口吻けてしまいたい。直後に京子の頬は再び栗鼠みたいになるのだろうけど。
一先ず内心でとある勧告をば。ブラックカード及びゴールドカード、お前ら今回出番無し。






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