「変な夢観ましたー」


試しに表面の布地に皺が寄る程に枕を抱きしめて、そんな事を言ってみた。其の言葉を受けた紺の隻眼は一度ぱちりと睫毛を鳴らして、それからまるでフリスビーを咥えて寄ってきた仔犬に相対するかのようにゆるりと眦を細めた。

クロームが腰を落ち着かせる位置を僅かばかり左へと移す事で明け渡された特等スペースに別段断りも入れず乗り込む。柔らかなマットレスは二人分の体重を軽々と受け止めた。
クロームはいつもフランを(――まるで受容こそが善行だとでも云うように――)受け入れる。其れは単にフラン自身が甘えと我が儘の違いというものをそれなりに理解していて、だからこそ適切な態度と発言を選択出来ている事で生まれた結果だとも言えるが、フランの見目がクロームからすれば所謂「可愛い」部類に属している事も全く関係がないとは言い切れなかった。

己の背丈の低さと顔立ちの幼さは長所とも短所とも思っていなかったし、こうしてクロームの警戒心が容易く解ける様を幾度となく目にした今となっては、なかなかに利便性の有る容姿だとも思っている。
クロームがフランを視る目の中は庇護する側に回る事への欲求と願望が棲みついているのだと気付いてからは、フランもまたクロームを(――其れが両者の間に在る膜を一層濁らせると理解した上で――)受け入れていた。
そうしなければならないとまでは思っていなかったが、そうする事に因って自分の存在がクロームの中にじわりと染み入っていく実感を得られる事だけは確かだったからだ。


「…あ。紐、解けそうですよ」
「え、」
「あっち向いて下さい。髪の毛が絡むといけないんで、ミーが結びますー」
「…ありがとう」


結び目が弛んでいるのか、クロームの白い肌に合わせる事でより輪郭を浮き立たせる黒の眼帯、耳の下を通る紐が髪の合間から見え隠れしている。この儘眠りについて幾度か寝返りを打てばいずれは解けるだろう其れを指して促すと、隻眼は再びゆるりと輪郭を細めた。
静かな衣擦れの音を連れてしなやかな背が此方を向く。髪が落ちる。流れる。シーツに這う。黒い髪。蒼の影など何処にも見付からない。だが其の一部はずっと、それこそフランが師と呼べる程の術士に出逢って、其の幻の媒介として紹介されたクロームの容姿を視界に映した時から変わってはいない。

模すように追うように、縋るように髪型を造るクロームを哀れんだ事は無い。ただ傾倒すると云う感覚を知らず、一途の意味を解さず、且つそういったものを内包してみたい気も持たないフランからすれば、クロームの片目は「捉えたい」と思わせる魅力を存分に湛えていた。
他人の生き甲斐を奪ってやりたいとまで思う程に自己満足を追求する性格では無かったし、そこまでの嗜虐性も持ち合わせてはいない。しかし雄の本能か、或いは人間としての渇きか、自らが一方的に侵略に興じる行為は決して小さくない愉悦をフランに齎した。受容もまた侵略であり、侵食であり、侵攻だ。
言うなればクロームは紙で、フランはインクの染みなのだ。


「巣立てない原因は、親と雛の、どっちに在るんでしょうかね」
「…フラン?」
「あ、すみませーん。考え事が口に出てました」
「鳥が、どうかしたの?」
「巣を出たがらない雛が居るんですよ。もう立派に成長しきってるのに。親も、また孤独になるのが嫌なんですかねー。促す素振りも無くて」
「そう…、ちゃんと巣立って、親鳥もそれを見送れたら良いね」
「ええ。本当に」


結び直した紐の両端から指を離す。其の両手を項の辺りに掛かる黒髪に添えて、手の中へ収めるように寄せてみた。指で造った輪が留め具代わりになって、クロームの髪型が一時的に一つ結びに変わる。
蒼の影は無いのに、後ろから見た形はよく似ていた。フランは直ぐに手を離した。音も無く散った其れはやはり艶やかな黒に染まっていた。
短く息を吐く。シーツの上に広がる髪は微動すらしない。其れを見たフランはもう一度右手を伸ばそうかと思い立って、けれども三秒後、クロームが此方に向き直ったのでやめた。





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一応クローム誕生祝い(20101205)
(title:うきわ)

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