夜眠りに落ちるときの、ふわりと意識が体を離れるような感覚が苦手だった。
夢を見たらどうしようと、頭の片隅に恐怖が浮かび上がるから。



 たくさんの人の行き交う中、誰もおれに気づかない夢を見る。
 皆おれを素通り。近づいたって見えていないし叫んだって届かないし触れようとしたってすり抜ける。
 そんな世界に、ぽつり。

(誰かおれを見つけだして)

 埋もれて消えてしまいそうだと、絶望に染められそうになった所でいつも目が覚める。


 毎日見るわけじゃない。でも、最近突然頻度が増えた。
 飛び起きた後は眠れなくて、布団にくるまりながら早く夜が明けてほしいと窓を見つめる。
 理由なんてさっぱりわからなかった。どうしてこんな夢を見るのかも、最近になって増えたのかも。



「寝不足か?」

 旅の途中に訪れた町。久々に出くわしたスイに目の横を叩かれて、いつの間にか薄く隈ができていたことに気づいた。
 昔からスイはおれの不調にびっくりするぐらい敏感で。それはライバルとなった今も全然変わらない。
 頷くと、心配そうに眉根を寄せたスイは、だけどすぐににぱ、と笑顔を作り。

「じゃあ今日一緒に寝るか」
「え……」
「ほら、昔みたいにさ!」

 言われて手を取られて、反論する間もなく連れて行かれる。
 一緒に寝たところで寝不足が解消されるなんて思えない。でもスイのあったかい手を離すのがなんだかもったいなくて、何も言えないままいつの間にかポケモンセンターにいた。

「バトルして疲れただろ?早く寝ようぜ」
「………疲れるほど手こずってない」
「うっせえ悪かったなぼろ負けで!」

 ベッドは2つあるのにスイはわざわざ俺のところに潜り込んできて、いつも通りのやりとりを交わす。子供とはいえシングルだからすごく狭い、けどあったかい。
 左手は右手につながれたまま、もう片方の手はぎゅうっと抱き締めてくる。
少しきつくて、とても安心した。

「おやすみ」

昔よりちょっとだけ低くなった大好きな声を聞きながら、ゆっくりと微睡んだ。



 その日も夢を見た。たくさん行き交う人は俺に気づかない。
でも不思議と、叫ぶことも走ることもしなくても大丈夫だと思った。たくさんの人、その中で視界を閉ざす。

「シュリ」

 いつの間にか左手に温もりがあった。目を開ければ色鮮やかに広がる世界、傍らには手をつないで笑うスイ。

「見ーつけた」

 太陽みたいな笑顔が孤独と絶望を溶かしていく。
 やっとわかった。スイがいないから、あんなにも不安になる夢を見ていたんだろう。
 ぎゅうっと手を握る。この温もりが、いつも俺を救い上げてくれるから。

「ありがとう」

 きっと夢の中でしか素直に言えないから、精一杯笑ってひとこと、伝える。
 スイはちょっと驚いて、でもすぐに笑って頷いた。



(いつも見つけ出してくれるのはきみなんだ)