さして上手くもない、かすれた口笛の音色を燐の突き出された唇が漏らしていた。じんわりとした汗をにじませる夏の朝だ。部屋に置かれた扇風機と窓から入ってくる風が彼らの身体の熱をさらっていく。
 夏の空は高く、白い雲すら眩しかった。
「どうしたの、随分ご機嫌だけど」
「んー?」
 すっかりSQを読んでいると思い込んでいた雪男は、燐の机に開かれている書籍が祓魔塾の教科書であることを視認して瞬きを繰り返す。夢ではないようだが、そうでなければ天変地異の前触れだろうか。
「色々すっきりしたら前向きになれてさ。……ほら、前、幸せってなんだって訊いただろ」
「ああ、そういえばそんなこともあったね」
「他の奴の話も聞いて俺なりに考えてみた」
 夏のキャンプ以降、がむしゃらに現状を打破しようとしていたところがあったが、そこから少し、燐が纏う空気が変わった気がする。なぜかそれに無性に安心感を覚え、雪男はきっと燐が当たり前に頷くであろう言葉を投げかけた。
「答えは見つかった?」
「おう!」
「で、兄さんの幸せってなんなの?」
「それは、あれだよ。あれ」
 あれって何さ、と呆れ半分で笑う雪男を見て燐は満足そうに表情を和らげ、そして笑顔を深めた。
「こんな感じ!」
 きっと答えはひとつじゃない。だけど、この一瞬をどうしようもなく幸せだと思う。


Act.5 ふいに笑いたくなるような


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