「幸せってなんだと思う?」 「はあ? いきなりなんや」 「この前雪男とそんな話をしててさ。勝呂はどうなんだろうと思って訊いただけなんだけど」 昼休みだった。廉造と子猫丸は各々の用事があったため、今日は別行動。偶然にも購買で居合わせた燐と屋上の影に入って昼食をとっていた。わざわざこんな暑い日に外で食事をとらなくていいものを、屋上行こうぜ、と誘われて断れない自分も自分だと竜士は頭を掻いた。 「波風立たんことちゃう」 「へえ、なんか意外な答えだな」 「そおか? 波風立たんっちゅーか……なんや、みんなが穏やかでおられるのが一番やろ」 「うんうん、それはそうだな」 不穏な空気が明陀に流れていたことは今までに何度もあった。それを経験しているからこそ思うのだ。限りなく全体に近いみんなが笑っていることの出来る状態を大切にしたいと思う。不信感や不安感にかられて疑心暗鬼になることなど必要のないくらい厚い信頼感を持っていられたら。 「人の意識とか思考とか……そういうところにあるんちゃうか」 「しあわせ?」 「おう」 ふむふむ、と燐は頷いた。紙パックのオレンジジュースを音を立てて飲み干し、ストローを噛む動作はまるで子供だな、と思いながら竜士は焼きそばパンを口に含んだ。 「俺さあ」 「おう」 「学校楽しいって思えるの、高校入って初めてだ」 「おう」 「それはやっぱり塾の皆でつるめるようになったからかなって思ってて」 へら、と笑った燐は心底嬉しそうに見えた。 「空気とか、人の考え方とか、確かに大事なのかもしれねえなって俺も思う」 「お前……ほんま恥ずかしいやっちゃな」 「え?」 なんでもない、と竜士は目をそらす。不思議そうに俺が何かしたか、恥ずかしいのか、と騒ぐ燐に言葉を返してやる義理もないだろう。お茶を嚥下する時に青い空を見た。 ――それってつまり塾の奴らがおって幸せやって言っとるようなもんやないか。 人の言葉ひとつで人間は弱くなり強くなり泣くことが出来、笑うことが出来る。素直な人間は時として人を傷つけるが、燐はその言葉ゆえの鋭さを感じさせない。 きっと、予想以上にこいつは馬鹿で、いいやつなのだろう、と竜士は思う。 「やっべ、次体育だった」 「遅れんなや」 「おう! じゃあまた塾で会おうぜ」 慌てて屋上から校舎に引っ込んでいった燐はまるで夏に吹く風のようだった。 Act.2 例えるなら、そこにあるかどうかもわからないくらい透明な [*前] | [次#] |