人を慈しむにはまだ幼く、人を愛すには不器用すぎた。
 懇々と死んだように眠り続ける少年――シュリをゆっくりとなでるその手の細さを俺はじっと見てた。

「シュリは不器用なだけなんだ。俺が一番知ってる」

 そう、目の前の少年――スイは呟いた。俺からしたらお前やって不器用なんやで、二人とも自分が相手を傷つけないか悩んで遠ざけたり近づきすぎたりしてみせる。そんなに怖がらなくたっていなくならへんのに、と思う。それに、近くにいたほうが、守ることやってできるのに。少しだけ、昔のことを思い出した。まだあいつがいたとき。あいつがいて、俺もまだまだ純粋な目で世界を見ていられていた、あの時のことを。
 さらさらと白い病室を柔らかくほぐす白いカーテンが揺れとった。スイの傷は未だ癒えず、シュリはスイがいなくなることを恐れているのか、スイが近くにいないと不安定になるようで、こうして日中、スイの病室にいられる間だけ眠る。その目元には薄く隈がある、その姿が痛々しい。
 シュリの肌はただでさえ白いのに、こんな場所にいたら余計に存在が希薄になってしまいそうで俺自身が少し、揺らいだ。守りたいのに守れないのはつらい。俺が一番知っとるから。

「シュリは、シュリは言えないから、俺が気付いてやらなくちゃいけなくて、俺が守ってやらなくちゃいけない」
「お前よりあいつのほうが強いくせに」
「……だから、俺、強くなりたいんだ」

 スイは遠く、どこかを見ていた。その細い身体で一人の人間を守ろうとするなんて、どれだけの想いがあってのことなんやろう。諦めてしまった俺からすれば、スイもシュリも、ひどく眩しい気がした。
 いつか彼らの目も少しずつ濁っていくんやろうか。彼らの腕が少しずつ太くなり、身体がたくましくなり、背が伸びていけば、その視界が広がるとともに見なくていいものの所為で彼らの目が濁っていってしまうんやろうか。

「まっすぐでおれよ」

 口から出たのはそんな簡単な一言。どういう意図があるのか、自分にもわからんかった。だが、スイとシュリにはそうでいて欲しかったのだと、思う。まだ失う悲しさを、歯がゆさを無力さを感じて自分で処理できるほど大人じゃない。自分みたいに割り切る方法を知っていれば別だったのかもしれへんけど、それでも。

「どういう…――」
「まっすぐ、お前自身の損得勘定とかそういうの無しに、シュリを想えるような、お前でおれよって意味や」

 スイはぽかん、とした顔を見せたが、すぐにシュリに視線を落とし、うなずいた。
 そうだ、それでいい。そうやって必死にこいて無力なりに守ってみせろや。お前がしくじったときには俺がおる。お前が守れないなら、そのときは。

「そうやなかったら、俺がそいつ、かっさらうでな。無理やりでも俺のもんにしたる」
「やだ」

 俺の言葉を拒むようにスイは自分の細い指で、シュリのさらにか細く白い手を握った。やっぱり度胸だけはあるらしい。あとは実力が伴えばもっともっとこいつは伸びていくんやろうな、とちらりと感じた。
 いつか二人とも俺の手の届かないところへ行ってしまうんやろか。でも、それでもええんかもしれへん。俺は、俺は一人でも生きていけるから、それでも。

「こいつは、俺が守るって決めたんだ。ずっと、ずっと昔に」

 そう、まるで自分に言い聞かせるように呟くスイの目はどこまでもまっすぐで、俺はひどく安心しとる自分に気付く。俺はもっと歪んでて、そうならざるを得やんかった。だけど、だからこそ守れるものがある。たとえば、今ここに存在するそのまっすぐな瞳や想いを。

「だから、てめぇには負けねぇよ」
「はっ!言うやないか。ガキが粋がってんなや」





 ――なあ、シュリ。お前は世界をこわがらんくてええんやで。気楽に見たらええんや。ここは思ったより悪くない。

 その胸中の呟きが、自分へのものでもあったなんて、俺は認めることが出来るほどまだ大人じゃない。だけど、こいつらと居られる今がなんだか安定してる自分が居る。
 少し冷えた風が窓から吹き込んでくる。あたたかい部屋の中ではそれが、ひどく心地良い気がした。





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IIDX15DJTのサントラ、Wanna Party?を聴きながら。


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