足を濡らす液体が冷たい。ぱしゃぱしゃと音を立ててシュリは歩く。ここはどこだろう、スイはどこに行ってしまったんだろう。真っ暗なそこはなんだか不気味で、早く帰って布団の中にくるまりたいと思った。空を見上げても天井があるのかないのかもわからないくらい、そこはただの真っ暗闇。

「スイのばか」

 どこへいったの、と大きな声を上げて呼ぶなんて真似は自分にできるわけもなく、シュリはひたすら前へ前へと歩いた。いっそ一回、フレアで空を飛んでみようかとも考えたが、一寸先は闇をそのまま表現したようなこの場所では飛んでもそのすぐ周りしか認識することはできないないだろうと諦める。
 ――なんだろうの水、きもちわるい。
 ふと鉄の匂いがするような気がしてシュリは一度、その液体に手を浸した。そして再び手を液体からあげると、それは、真っ赤な。

「これは……」

 ――まぎれもない、血じゃないか。
 突然襲い来る吐き気と眩暈に倒れそうになるが、この中に倒れてたまるかとその場に踏みとどまる。
 お願いだから、お願いだから助けてほしい。そう必死に胸の中で彼の名前を呼び続ける。どうして、どうして今来てくれないのかと感じるのは焦燥感だ。

「――……スイ……っ!」

 光が、差し込んだ。
 シュリが驚いて顔を上げると、真っ暗闇だったはずの天井は消え失せ、青い真ん丸の浮かび、星がきらりと光って見せる。どうして、と視線を落としたそこにはまぎれもなく自分が呼び続けたその名前の持ち主だった。口はパクパクと動くのに、その声はこちらに聞こえてこない。ただ、その顔には懐っこい、いつもの笑顔が浮かんでいた。
 ――ああ、やっぱりいつもおれを助けてくれるのはスイなんだ。
 その手を取った時、確かにその唇が発する言葉を聞いた。

「帰ろう、シュリ」



04.水面の月

(冷たかったはずの身体はすでにあたたかく、その熱は目の奥の奥から発される確かなものだった)



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