珍しく熱が出てしまい、学校を休んだ。今日は体育があったから行きたかったのに、と思ったけれどサトコにも母親にも止められては無理をして行くなんて言うこともできずごろごろと布団にくるまっていた。時々様子を見に来る母親の細く柔らかな指に頭を撫でられてサトシは目を細める。普段ならば子供扱いはやめて欲しいというところだが、今は母親の冷たい指先が心地よくて、サトシはそれを黙って受け入れる。そうしているうちに段々とまぶたが重くなってきて気がついたときには母親は部屋からいなくなっていたし、窓から入る太陽の光の色は橙色に変わっていた。
 随分眠っていた気がするが、そのお陰か身体は軽くなっている。熱も下がっただろうか、と自分の額に手をやるが、自分では熱があるかないかなんて判断もできない。まあいいや、と乱れた布団を直して丸くなる。きっとそのうち、晩御飯ができた、と母親が呼びに来るだろう。その前にサトコが帰ってくるかな、と思いながらサトシはぼんやりと目を閉じて開いて、を繰り返した。
 ガタン、と玄関が開く音が聞こえた。サトコが帰ってきたのだろうか、と再び眠気に襲われながらサトシは思考の端でそう思ったが、すぐ階下からは母親と誰かが話す声が聞こえてくる。違うみたいだ、と思ってまた夢と現の間に意識をさまよわせていた。トン、トン、トン、と穏やかな足音が部屋に近づいてくる。この足音はサトコじゃない、サトコはもっとうるさいというか、乱暴だ。誰だろうとぼんやりと思いながら、ガチャリと扉が開くのをサトシは聞いていた。
 眠っているのかい、とやわらかな声が聞こえた。そこでようやく、今までの穏やかな音の主を理解した。
 ――ああ、シゲル、だ。
 心地よくてその響きの余韻に浸っていては既に遅く、聞こえていると起きていると答えることができなくなってしまった、とサトシは目を閉じたまま頭を撫でられるその感覚をぼんやりと感じていた。

「顔色はいいみたいだな。明日は学校、来れるといいね」

 なんだ、珍しく素直じゃないか、と思う。いつもの人を小馬鹿にした態度はどこにいったんだ、と思いながらサトシは意識して目を閉じ続ける。もう起きていることはばれてしまっただろうか。寝息ってどんな風にするものだったっけ、とくだらないことを考えながらそれでも必死に起きていることを隠そうとする。

「サトシ」

 返事をしてはいけない気がした。自分は、こんなシゲルの声は知らない。

「すきだよ」

 目を見開きそうになった。こんな時まで冗談かと、自分が起きていることを知っていてからかっているのかと思った。だけど、シゲルはこんな声音で冗談なんて言わない。じゃあこれはなんだろう。

「……なんてね」

 ――どうしてそんなに寂しそうな、声。
 シゲルの指がこちらに伸びてくるのが気配でわかる。鼓動音がシゲルにまで聞こえてしまうのではないかと思った。耳裏でドクドクと脈を打つ。

(触れた頬が柔らかで、あたたかかった)
(頬に触れた指が熱を持っていた)

 ほんの少しの、衝撃。



03.少しの衝撃で崩れる壁

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(嘘か本当か、本当か)


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