眩しい、と隣に並んでいた兄が低い声でそう呟いたのをゴールドは聞いていた。 「なあ、目の見え方って違うのか」 「あ?」 兄は――シキは物を見通す透視能力を持つと言われる魔獣、レントラーの血をその身体に持っている血族だ。バクフーンの血を継ぐゴールドとは違い、人間が集落に入って来ることのないようにその目で結界を監視している護国の戦士である。 「だってほら、その目」 「……俺は生まれてからずっとこの目と付きあっとるからなあ。確かに血に目覚める前は見えにくかったんかも知れんけど、今となっちゃあよくわからんわ」 「ふうん、不便になったことはねえの?」 「ないな」 シキはいつも遠くを見る。一体何を見ているのだろう、とゴールドはその横顔を見つめていた。まるで何かを焦がれるような眼だ。何かを求め、何かを捜しているような。いつもゴールドは怖くなる。シキがどこへ行ってしまうのではないかと、その存在がひどく希薄で、遠い気がして。 自分を見つめる視線に気づいたのか、シキはゴールドの方に振り返って表情を緩めた。 「なに不安そうな顔しとるん、お前はアホやなあ」 ゴールドの黒髪を乱暴にかき混ぜながらシキは笑っていた。きっと兄には何も隠せない。その目はどこまでも広い世界を見ているからだ。広く深く人を見つめ、そしてどこか――そう、どこか絶望している。 「なあ、母さんがたまには家に顔出せって」 「……そやなあ、考えとくわ」 「出す気ないくせに」 「俺はあの家は嫌いやけど、お前は好きやで」 「そんなこと聞いてない」 いつもへらへらと表情を緩ませて、シキはすぐに話をすげ替える。それがゴールドにはたまらなく腹立たしかった。お前はまだ子供だと何度も言われているような気分になるのだ。シキもゴールドの気に障っているのは理解しているだろうに、それをフォローすることなどは決してしない。 森の中を風が吹きぬけていく。木の葉同士がすれる音がまるで森の鳴き声のようだとシキは笑った。 「お前は殆ど外に出たことないんやな」 「……危険なんだから、当たり前だろ」 「危険、か」 「どうしたんだよ」 「俺にはこの閉鎖的な世界の方がよっぽど危険な気がするわ」 「何言って――」 「なあゴールド」 サアアアァ、と風が流れた。シキの金の瞳がゴールドを射抜く。ゴールドは動けない。酷い威圧感だ、と息も出来ないままゴールドはその金の瞳に飲まれるように立ち尽くしていた。 「お前は俺みたいになったらあかんで」 「どういう意味だよ」 シキは答えなかった。 「さてと。じゃ、俺は今から外に出掛けてくるから見張り頼むわ」 「は!?外って結界の外か?」 「おう。じゃ、きりきり働くんやで」 「おい!!」 ひらひらと手を振りながら駆けだしたシキを追うことが出来ないのは外界への戸惑いが深く自分の中に根付いているからだろう。幼い頃から外の世界は危険だと教え込まれ、あの惨劇を引き起こした人間が多く存在することを考えるとそれは恐怖を感じざるを得ない。 既に見えなくなってしまったシキの背中が遠すぎて手が届かない。ゴールドは唇を噛みしめ、血族唯一の巫女を脳裏に描く。彼のように生きられたなら、また違った世界が見えるのだろうか。 自分のこの世界はひどく、矮小だ。 [*前] | [次#] |