旧夢 | ナノ

▼メローネ&リゾット:芳しきJK

日本に居た私が父に呼ばれて来たのはイタリアだった。
母が亡くなってから孤児院の電話で何度も話をして、ついに引き取られることになった。
父はどこかオドオドしていて、片親育ちの私を憐れに思っているようだった。
ずっと一緒に居なかったことを引け目にでも感じているんだろうか。

義務教育を終えて、高校進学も無い私は初夏の飛行機に乗った。
飛行機はつつがなく私をイタリアへ運び、空港の出入り口へ向かっていた。
遠くに誰かの名前を書いたスケッチブックを掲げている家族が、その名前の少年を受け入れていた。私もああなるのだろうか。
父と二人でイタリア暮らし。
どんな人かなど電話越しにしか知らない。

それでも母の死を受け入れた私には些細なことの様に感じられた。
会ったこともない肉親を信用して、捨てられれば自分はその程度の価値だと自棄になっていたのかもしれない。


私の名前を掲げたボードがあった。
向かうと、父から送られてきた写真の姿は無い。
背の高い男が一人、立っていただけだった。白目の無い、不気味な男だった。
向こうは私を知っているらしい。目が合うと来るように言われる。


ここは安全な日本ではなくイタリアだ。
それでも父を信じてみようと思った。


普通の声量で会話できるほどの距離に近づくと、その男が普通の男性ではないことがわかる。
今までにあったことのないタイプの人間。飛行機で乗り合わせた名も知らぬ外国人の全てとも違う。非日常的な世界観をつれている人。
「父は?」
短く問うと男は静かに言った。
「君の父は俺を寄越した。詳細は車内で話そう。」

男に連れられて空港を出るとロータリーに付けられたオープンカーがあった。
運転席の男は巻き毛が特徴的な人物で、此方が乗り込むのを確認すると車を滑るように走らせた。

「まず自己紹介だ。俺はリゾット。こいつはギアッチョだ」
ギアッチョと呼ばれた男は振り向かずに短く挨拶をしてきた。
「ナマエ」
恐らく知っているのだろうが、名前くらいは名乗る。

「君の父だが、既にこの世には居ない」
リゾットが父を殺した人物なのだろうか、と思うほどに剣呑な気配があった。
「君の父上には恩がある。何かあった時は俺が君を預かると誓っていた」

++++

あの日オープンカーで見た空。
それと同じくらい晴れた空の下で私は制服を着て歩いていた。
細かい手続きなど知らないが、イタリアの学校に進学した私は所謂女子高生だ。

あれからどんな生活になるかと思いきや、男所帯の中で酷く穏やかな日々を送っている。
真夏を過ぎても未だ暑い中、ぷつぷつと沸く汗が日焼け止めを流してしまわないか心配だった。

「ただいま」
「おかえり」
人気の無い路地を抜けて玄関を開けるとリビングにはメローネが居た。
室内は薄暗く、冷房が良く効いていて涼しい。

メローネはカタカタと見たことも無いパソコンを弄っている。
詮索はしないことになっているのでキッチンへ向かい冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。冷蔵庫の中は飲み物のボトルが並び、男だらけの共同生活のむさ苦しさが伝わってくるようだ。
棚からオルヅォの粉を取り出してボトルに入れて振る。
イタリアに来てから知った飲み物だけど、薄く溶かせば殆ど麦茶になる。
飲み方は全く違うらしく、初めて飲んでいるところを見られたとき、プロシュートが肩眉を上げていたのを覚えている。

麦茶ボトルと化した水を飲みながら一人分開けてメローネの隣に座る。
学校から渡されたプリントの中に、保護者承認のいるものがある。
父は、戸籍上はまだ生きていることになっている。適当に筆跡を変えてサインしようと筆箱を開けたところで「それはなんだい?」と声を掛けられる。

「大したことじゃないんだけど、読みましたって保護者承認のサインがいるの。」
「俺がするよ。保護者の一人だからさ」
「父の名前知ってる?」
「勿論」
大人しくノートにプリントを載せて差し出すとメローネは書類を上から下へ眺めるように読むが、さして面白くもない内容なのでサラリとサインを終える。

「んー…ベネ」
メローネはパタンとパソコンを閉じて此方を見て呟く。
「何が?」
「いやぁ、現役の女子高生がここにいるということが…ね。それはマジモンの制服なんだろ?」
「保護者の一人なんでしょ?」
メローネの長い腕が伸びてきて抱き込まれる。
イタリアのスキンシップの境がよくわからないけれど、これは少し性的に過ぎる。
メローネの膝の上に寝転がるのはいいが、短いスカートの裾を彼の左手が摘んでいる事実は許容できない。
サラリと綺麗なストレートが顔に掛かることも、日本の生活ではまず見かけないレベルの美形であることも非常に許容できない。

以前は手を握られることも戸惑うほどだったのに、最近はそれ以上のスキンシップにも慣れてきてしまった。

「一人くらい保護者じゃなくてもいいだろ…」
低く囁くメローネに眩暈すら覚えてしまう。高校1年生だぞ。変態め。
ときめく胸が非常に悔しいが、メローネのこれは男が女へ行う"お誘い"ではない。
からかっているだけなのだ。

勿論私にだってその気はないが、振り回されてしまうのは事実よりもっと悔しい。
メローネから逃げようともがくも奴は笑みを深くして、長い指の手でもって腕を取る。
私を難なく抑えられてしまう。


「何をしている」
暫く腕の中でもがいているとリゾットの声がした。
リゾットはソファの背後に立ち、メローネの両肩に手を置いている。
メローネは僅かに目を見開いて両手を降参の形に上げる。
その間に私はメローネの腕からすり抜けた。

「いやぁ、ナマエでリフレッシュしていただけさ。汗の匂いが可愛くてさぁ」
「え、何、汗?」
慌てて自分の体臭を確認するも、まぁ夏だし、制汗剤の匂いが漂っただけだ。
変態過ぎない
ソファの上で私がメローネから距離を置く。
スン、と頭上から音がした。

「確かに」
驚いて見上げるとリゾットがキッチンへ向かう後ろ姿があった。

リゾットは!私の匂いを嗅いで!当たり前のように!

衝撃にポカンとしていると横でメローネがくつくつと笑う。
「男なんてこんなもんさ。」


この家に保護者なんているんだろうか。


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