旧夢 | ナノ

▼Lucky Night

「いつまでも横恋慕なんてダッサイわ。少し落ち着きなさいよ」
私は鳥太の部屋で、鳥太の話を聞いて辟易した。
自分自身の発言なのに、鳥太に言った言葉なのに、いじけたくなる。
ここ最近の鳥太の話題はいかに二階堂がムカつくか、なのだ。
正直、二階堂のことはもう考えたくない。

「そんなこと言ったって後から来たのは二階堂だよ」
「知ってる」
「オレは被害者さ」
「知ってる。そして私も煙を好きなの知ってる!?」

云年以上の付き合いの鳥太と私。
一時はパートナーになった頃だってある。
けれどそれは純粋に友達としてのパートナーであって、お互いは今や友達『兼』恋敵だ。

それがあの二階堂の参入でどうしようもない。
二階堂という第三勢力はなんと煙からのご氏名なのだ。勝ちようがない。
おかげで連日深酒をする生活だ。

「そんなこといったって、君はまったく行動を起こさないじゃないか!」
その言葉に、返す言葉をさがしながらクッキーをつまんだ。鳥太の手作りだ。
鳥太はいつでもお見通しだ。そう、なんにもしてない。

何がどうなっているのか、私の血が、細胞がそうさせているのか。
ストレートアタックな(中身はストレートじゃないけど)鳥太に対して、私は遠くからそれを見ているだけ。それ以上の行動を起こせない。恋愛関係どころか、友情関係どころか、それ以前のお客様という立場なのだ。

恋愛においては鳥太の方が何倍も進んでいる。
下手したら煙と鳥太は不器用な信頼関係すら築いている。

「オレとしてはそのままの脈無しの方がいいけど、一応君の幸せだって願ってるんだからね」
「私だって、鳥太が幸せだと嬉しいわ。でもコテンパンに振られてある時諦めてほしい」

鳥太が諦める時なんてくるのかしら。
鳥太のクッキーを齧りながら、私より何倍も女らしい鳥太に憧れる。
尊敬と憧れと嫉妬。友人関係が長く続く秘訣だ。

「鳥太」
噂をすれば煙の声だ。
とはいえ、二人の会話は専ら煙の話なので、本当に噂をすれば煙が来るかどうかについては全くの眉唾。


「煙!いらっしゃい煙!!」
鳥太がティーカップを置いて煙の所へ駆けていく。
あの正直さが羨ましい。私はといえば、足を組み直すことすら出来ずにいる。

能井ちゃんと心が仕事から帰ってきたらしい。
その二人は使用人の押すカートに乗せられて、石になっている。
「うーん大丈夫!任せて!」
鳥太が魔法の準備をする。悪魔人形を食べる、という段階はどうするのだろう。
石の二人がそれを食べられるのか?

「来ていたのか。」
煙がギロリと此方を見る。
悪意があって睨んでいるのではなく、ただ目つきが悪いだけだ。
甘く胸が痺れるのを抑えて
「こんばんは、お元気そうで何よりだわ」と答えた。
もっと気のきいた言葉なんて幾らでもあるはずなのに、いつも平常を保つので精一杯だ。


「煙、臓物なんだけど」

((多分煙は大事な人じゃないよなぁ))
今、鳥太と私はシンクロした気がする。
けれど他に居ないのだ。煙も渋い顔をする。

「丁度よくメスを持ってるわ。痛くないように切ってあげようか?」
私はポーチの中からメスを取り出した。薄いビニールにいれられたソレは当然未使用。
「なんでそんなモノ持ってるの?」
別に医者じゃない。本業はデザイナーだ。
「結構切れるから便利なの。まとめ買いできるし」
本当は麻酔も持っているけど、煙の痛がる顔が見られないなんて詰まらない。
「失敗しないでね」
「失敗しても能井ちゃんが治れば大丈夫でしょ。鳥太やる?」
勿論本心じゃない。私が切りたい。
「いや、ナマエがやってくれ」
煙自らのご氏名に、煙に背を向けているのをいい事に思わずにやけた。
くちばしの奥で、鳥太が面白くない、と口を歪めるのが見えた。


煙が上着を肌蹴り、ソファに寝転がる。
そのすぐ隣に持ってきた椅子に掛けて、腹の辺りを消毒する。
腹筋の発達した腹は脂肪が少し、けれど決してビア腹ではない。
呼吸で上下する様が、人の心を掻き乱して仕方ない。

やばい照れる。動揺を悟られる前にメスでツツッと切る。
正直煙の胴体が見られただけで今日は眼福なのに、内臓も見られるだなんて凄い。
一体なんの御褒美なんだか。眩暈がする。

「グッ」と呻く煙に思わず咳き込むふりをしてにやけた。
鳥太が「変態」と毒気づいたのは私にだけ聞こえたらしい。


内臓の一部を鳥太が摂取し、悪魔人形の完成を待つ。
それから煙がゆっくり起き上がるのを手伝い、能井ちゃん石に手を当てるのを見る。
こんなに肌が接触するなんて頭がヒートしそうだ。

やがて、多少の時間を掛けて能井ちゃんが回復した。
後は能井ちゃんが治せば解決だ。
治って早々に煙が小言を言い、心と能井ちゃんが言い返しているのを見ながらティーカップに口付けた。

鳥太に礼を言った二人が、今度は私に挨拶してくれる。
「ナマエ!ひさしぶりだなー」
「久しぶり」
「前々回のブルーナイト以来か?」
「そうね、心は滅多に会わないから。でも能井ちゃんは先月くらいに会ったよね」

上着を着る煙をさり気無く見てから、能井ちゃん達に手を振る。
「今度遊びに来てよ。私のお店、そろそろ新作発表しようと思ってるの。
能井ちゃんの銀髪に似合う髪飾りだっていくつもあるわ。」
「いーよ、柄じゃないし。でも今度遊びに行くな!」
おしゃれすれば能井ちゃんは超キマるのに。


見ると、煙は上着を着ている間に逃げ遅れたらしい。
がっしりとした鳥太の腕にホールドされ、嫌悪感を顕わにしている。
「煙、この後オレとお茶でも飲まない?夜だし酒でもいいよ!」
その言葉に、私は思いっきり寛いで
「お邪魔かな?」と言うと鳥太は肯定する。
「その気遣いは要らん。」と煙が言った。


御ふざけも大概に。煙が鳥太を拒否して、鳥太が置いていかれる。
いつものパターンを見て、私はテーブルのクッキーがなくなったことに気が付く。
さっき能井ちゃんが食べてったな。

「そろそろ私もお暇しようかな。」
「そう?じゃあまた」
「うん、また」
あっさりとした別れをして、バルコニーに置いたホウキに跨る。
月夜を飛んでなんとなくバーへ行くつもりだ。


ちんたら飛行していると思わぬ姿を見つける。
「!」
煙の姿を見て私は思わずバランスを崩しかけた。
煙も飛んでいるのだ。
「奇遇だな」
煙はホウキを操って並走する。
これは夢でも見てるんじゃないか。私は今日何度目かの眩暈を感じた。
さっき鳥太の部屋を出て行ったばかりじゃない。
つまり、私を追いかけて先回りしたってこと!?

「どうしたの?まさか私を追いかけてました、なんて?」
「そうだ」
冗談めかして言うとあっさり肯定されて思わず煙を見た。

「お前をファミリーに勧誘したい。当然幹部としてだ」
「あ、あら、そう?」
愛想笑いに見せかけて、実際は心から嬉しい。
カッカッと体中の血が沸く。
「その気はあるか」
数年前までは顔を合わせる度に誘われていた。
けれど誘われる喜びと鳥太と同列になりたくないという我侭から今まで断ってきた。
ある時から顔を合わせても言われなくなって、その日は随分やさぐれた。
久しぶりの勧誘なのだ。

私は悩む。
煙と同じ屋根の下は楽しいだろうか。きっと今よりも話すチャンスはある。
けれど鳥太や心みたいな『ただの幹部』という扱いは嫌だ。
いつだって特別でいたい。ならば、『ファミリーの一員』なんて肩書きは邪魔だ。

「とっても光栄だけど…」
「そうか。」
「気が変わるまで誘ってくれたら、その時こそ。
で、でもファミリーじゃなくたって何時だって力になってあげる」

これ以上の告白は出来ない。心臓が変形しそうだ。
煙の返事を待たずに私は手を振ってホウキのスピードを上げた。
ビューンと突き放して飛んで、煙を空に置いてけぼりにする。

望み薄だとか、成就するしないとか、勿論恥ずかしいなんて気持ちじゃない。
告白して、ときめきとか感情だとかを全身にめぐらせるなんて、本来の私には柄じゃない。
切羽詰った様子を顕わにして必死になるなんて馬鹿げている。
馬鹿げているんだ。恋なんて下らない。

くそ、どきどきする。

翌朝、煙からの注文があった。
煙から、という手紙を受けて喜び勇んで開いた封筒には二階堂へのオーダーメイドの髪飾りの注文が書かれていた。


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