旧夢 | ナノ

▼篭り嬢

※ヒロインは現代からトリップ。原作知識なし。


酷い夢を見た。
冷たい病院の廊下。私は寝巻き姿でさっき巻いたばかりの包帯を指で撫でていた。
外からは轟々と風の音がする。それとも風の音なのか、目の前に立つ両親の声なのかわからなかった。
薄暗い廊下の窓は黒々と夜を伝えている。妹の居る病室には電気もついていない。
母親が一際冷たい声で言う。
「貴女なんて…


「ナマエ、ナマエ」

ゆさゆさと揺れる感覚と優しい声にナマエは重い目蓋を開ける。
視界に入った太公望の表情から、魘されていたのだと自覚する。
夢だと自覚していた夢。夢じゃない。記憶を反芻したに過ぎない。
別室に居た筈の太公望が駆けつけるほど魘されていたんだろうか。

「夢見が悪かったかのう」
「うん、嫌な夢だった…ありがと望ちゃん」
月明かりにまだ夜も真ん中くらいか、とナマエは思った。
起こしてもらえてよかった。酷い夢だ。悪夢を見ることで疲れてしまったが、すぐに眠る気にもならない。
起き上がって寝台の上に座る。

「望ちゃん、私そんなに魘されてた?」
「…ああ、廊下を通りがったら聞こえてきた。」
「そっか。」

ということは太公望は仕事を終えて眠ろうとしていた所だったのだろう。
彼は激務だというのに、こんなことで時間を割かせてしまった。

「ごめんね望ちゃん。」
「いや。話せば正夢にはならんと言うぞ。不安なら話すといい」
「ううん、もう過去のことだか…」

口を滑らせて、太公望を見た。
真っ直ぐをナマエを見ている。無表情に近いが、僅かに心配の色が見える。
太公望は優しいから、下手に心配を掛けたくないとナマエは思っていた。
忙しい彼をこんな些細なことに付き合わせたくなかった。

「…時々見るの。忘れた頃に夢で見るからずっと忘れられないの。こればっかりはどうしようもないから平気よ」
「そうか」
「ごめんね、今から寝るところだったんだよね」
「構わんよ」
がしがしと望ちゃんの両手がナマエの頭を撫ぜた。
乱れる髪に微かに笑って、太公望を見ると、彼も月明かりの中で微笑んでいた。
彼こそがナマエの保護者だ。元始天尊に命じられて優しく接してくれているのか、元々面倒見が良いのかはナマエにはわからなかったが、この世界に来てから今までずっと、ナマエは太公望に守られて生きていた。

少しだけ気が紛れて、ナマエは布団に入りなおす。
何となく自分が寝るまで太公望は見守るつもりなのかもしれないと思ったからだ。
「お休み望ちゃん。次は楽しい夢見るね」
「うむ」

適当に掛かった布団を整えようとする前に太公望が整える。
ナマエはどこかこそばゆい気持ちを消化できず、ふふんと笑って去って行く太公望の後姿を見た。
見た目年齢に大差の無い太公望に子ども扱いをされるのも慣れたものだ。

部屋の扉が閉まる音と聞きながら目を閉じた。



カツ、カツ、と太公望の足音が夜の廊下に響く。
酷く甘いような、くすぐったい様な、いや、とても乾いた様な心持だった。
他者と距離を置くナマエが自分にだけ甘えた顔を見せることはとても気分が良い。
可愛らしい顔が笑顔になるのも良い。しかもあんなにも無防備な様は眼福といって差し支えない。
裏を返せば、あんなにも無防備だということは男として見られてはいないということだ。

それで良いと思う一方で、太公望は酷く落胆していた。
いつの間にここまで心を掴まれてしまったのだろうか。
魘されて汗ばんだ髪、寝起きの肌蹴た夜着、寝台に自分から寝転がるナマエ。
目の前に好物の料理を並べられて、見るだけね、と言われた気分だった。

勿論、ナマエに他意はない。あろう筈もない。
能天気に笑むナマエの唇を奪ってやりたいと胸の奥がざわついていた。
あの柔らかそうな唇に舌を這わせて夢など見せぬほどに融かしてやりたい。
こんな激情が自分にもあったのかと思うほど餓えている。

しかし、自分では責任を取れない。

目の前に山積した仕事を終えるまで、いや、志半ばで落命しないとも限らない。
そのような立場でナマエに想いを打ち明けて何になる。受け入れてもらえたとして、ナマエが悩み傷つくだけだ。
太公望は己の左手を押さえて胸を撫で下ろした。

部屋へ侵入したことは誓って下心ではなかった。
しかし寝転がるナマエを見て無意識のうちに布団に手をかけていた。
ナマエの布団を掛けなおすことで誤魔化したが、違和感は無かっただろうか。
微塵も不審に思っていなかったなら、そんなに無防備なナマエが心配だ。
いや、ナマエならあり得る。孤立して寂しかろうがこの辺りはなるべく人払いをしておこう。

ごちゃごちゃとうるさくナマエのことばかり考えてしまう。考えが纏まらない。
太公望はその日瞑想してから眠りについた。


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