旧夢 | ナノ

▼夏候惇:酔いの我侭

曹操様は私の叔父だ。
夏候惇は又従兄弟のような関係になると思う。

立場や上下はあれど曹操様の下で、私は自由奔放にさせていただいている。
足は速いほうだ。体は身軽な方だ。それよりなにより、曹操様に詩が上手いと褒められている。
褒められたら褒められるがままに伸ばしている。その方が立派だと思って。

15を過ぎた春。曹操様に仕事帰りに来るように言われた酒の席。
「十五と成れば成人だが、ナマエよ、よい男は見つかった」
私より先に夏候将軍が咽た。
良い酒だから無駄にするなと曹操に言われ、彼は咳き込みつつ文句を言う。
そんな将軍を尻目に、私は答える。
「良い男ですか、考えたこともなかった」
「なんと。恋もまだか」

「私は選ぶ立場に居りませんし」
そう答えると曹操はからからと笑う。

「選んで見せよ。そこらの男よりもお主は功を立てておる。十分に選ぶ立場に居るわ」
「うーん」
唸る私に夏候将軍が言う。
「真面目に受けんでいい」
それに曹操は絡む。
「それではナマエが恋を覚えんでは無いか。婚期を逃しても良いのか」
「必要があれば勝手にするだろう。急かす事も無いと言っているんだ」

今夜初めて手にした杯をちびちびと飲みながら二人を見る。
こんなに楽しげな様子を見ると、知りもしない男と恋だのを体験することが馬鹿げてくる。今が一番楽しいのだ。
それをそのまま口に出すと曹操様は可愛いと褒めて下さった。
「大体私の周りの殿方は皆立派で年上の方ばかり。今更新しい方が現れても頼りなく感じてしまうやも知れません。」
「何も同世代でなくとも良かろう」
「やめろ孟徳」

「姪の様に可愛がってきた子供が自分と同世代の男の手に落ちるなど想像もしたくない、と思っておるのだろう」と曹操様に言われ、憮然としつつも「そうだ」と返答した。
まるで褒め殺しだ。恥ずかしい。
「ならばわしの嫁になるか」
「叔父じゃないですか」
「残念だな」
笑う曹操様を見て私への認識はやはり子供のままなのだろうと思う。
「夏候将軍なら無問題では?」
からかわれてばかりも癪だと水を向けると再び夏候惇が咽る。
げほげほと苦しむ夏候惇を気にもせず、叔父貴は言う。
「ならばせめて前の様に呼んでやったらどうだ」
「前の様に?」
無礼にも惇と呼んでいる時期があった。
曹操様がふざけて呼んだのがそのまま移ったのだ。
それを許していただけただけで傍からすればおかしかったのだと成長の過程で知ってからは再び予防とは思わない。

「あの時の元嬢は」
「やめろ孟徳」
夏候将軍は立ち上がると、今日はもう開きだと言った。
そのままずんずんと行ってしまうので本当にお開きだろう。
「お前も帰れ」
曹操様が珍しく言う。
「酒が入っての帰路は用心せよ」と言われたので夏候将軍と帰れと言っているのだ。
さして酔ってはいないが、逆らう理由も無い。
「じゃあおやすみなさい」
手を振って帰るとする。夏候将軍の後を追わんと半ば小走りになる。


月の明るい帰り道を夏候将軍と歩く。
「曹操様のお話」
「言うな」
夏候将軍は遮った。いつもよりお酒臭い匂い。
見上げた横顔は御髪と眼帯で表情も読めない。向こうからは死角なので此方も読めないだろう。
そういえば、曹操様に呼ばれて席着いた時、宴はもう始まっていた。
二人がどれくらい飲んだかは判らない。
汗の匂いも混じって男らしい匂いがする。小さい頃から嗅いでいた匂いだ。
途端に懐かしくなり、童心に返る。未だに大きく感じる夏候将軍の手を握る。
ぴくりと手が跳ねるも、熱い手が私を包み返した。

「ナマエ」
いつもよりだらしない発声にどきりとする。
こんなに酔った将軍を始めて見た。
「男なんぞ作ってくれるな」

「…へぇ」
私はただただ驚いた。

…が、そう言われては恋などできない。
この男達の期待は私を縛り、幸せにする。
いつもより恐らく大雑把な歩き方(普段観察を怠っていたから恐らく、と付けよう。少なくともこんなに大振りな足取りで歩く人ではないのだ。)でも、夏候将軍は家まで送って下さるつもりだ。
「将軍」
「やめろ。」
何を、とは聞かない。鈍い自分でも、やっとピンと理解した。
この大人は私が大人になるのが寂しいのだ。
一生子供で居ろ。それは嬉しくも寂しい。成長を止めることはできないのだ。
取り繕ってもきっといつか軋みが裂ける。この期待ばかりは叶えられない。
いつかは私も嫁に入り、子を持ち、どんどん距離が広がっていくのだろう。
「惇叔父様」

ぎゅう、と夏候将軍の手に力が入る。
私も握り返して、太い腕に額をつけた。
「お前は鈍い」
そう貶されて、頭を撫でられる。
昔のそれとは違う力加減に、久しぶりだからだ、と説明付けるのは簡単な気がした。


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