旧夢 | ナノ

▼承太郎:でも殴っちゃったし

友達は大好きな彼の為にチョコクッキーを作ったとか、隣の席の子は好きなあの子のためにチョコレートケーキ買ったとか。
じゃあ私は何したの?っていうと、もう既に好きな人は売却済み。
今更効果もないし、彼女のいる人にあげても立場を悪くするだけだ。
かといって次の恋にはいけない程、恋ってものにうんざりしている。

それもこれも承太郎が学校へ来なくなったからだ。
何故か彼は冬休みを跨いで2ヶ月くらい学校へ来なかった。
その為、女の子達は突然魔法が解けたかのように他の男を捕まえに行った。
明らかに自分より後にスタートを切った女の子に、ずっと好きだった人を掠め取られてしまったのだ。
女の子は悪くない。自分がマゴマゴしていたのが悪い。でも腐りたい気分。

もう卒業も近いし、好きだった人との縁も切れるだろう。
大学に良い男はいるかしら。それもまた取られちゃうかしら。

放課後、掃除当番を終えて窓の外を見ると、あれだけ女の子に囲まれていた承太郎は一人で歩いている。
彼のファンがいなくなったわけじゃないけど、数は減った。だってもう卒業も控えているし、見向きもされなそうだし。
熱狂的にラブコールを送っている子ってやっぱミーハーだからすぐ離れるんだよね。

昇降口から出ると冷たい風がスカートの裾を少しばかり持ち上げる。
夕日は全然暖かくないけれど、日が伸びて少し前よりは明るい。
校門に立っている承太郎の前を通り過ぎようとすると、
「おい」と頭上から声が降ってきた。

当然だけど承太郎だ。
彼が学校に来るようになってから、初めての会話になる。
「久しぶりだな」
「ソーデスネ。どうしたの?なんで学校休んだの?」
「別にいいだろ」
そう言われては、自分の言葉の意味を考えてしまう。確かに、私には関係ない。
「うん、別にいいけど」
そこで承太郎は少し驚いた顔をしていた。傷ついた?承太郎が?まさか。
こうして承太郎を間近で見ると、前の承太郎とは変わったように見える。
雰囲気が?顔つきが?
それだって私には関係ないじゃないか。

「あいつ、彼女できたんだってな」
私はその言葉を聞きながら歩き出した。承太郎も一緒についてくる。
「知ってる。おめでとうってね」
「本心か?」
「何で」
承太郎は返事のかわりに、肩を揺らして微かに笑った。私の気持ちを知っていたのだろうか。
誰にも言ったつもりはないが、承太郎なら気付いていたのかもしれない。
いや、確実に気付いている。だからこそ今話題にしたのだろう。

「アンタって結構意地悪ね。」
承太郎に、まさかこんなことを言われる日が来るなんて思わなかった。
「見る目がない男だと判って良かっただろ」
「なにそれ。」
「お前の気持ちに気がつかねぇ程度の野郎だ」
「きっと私がいい女じゃなかったのよ。」
「俺は自分が見る目のある男だと思ってるけどな」
「はぁ?」
さっきから何を言ってるの?
私は意図を測りかねて、不機嫌を顕わに承太郎の顔を見た。
承太郎の顔は伺えない。逆光だ。

だから意味がわからない、と言おうとした。

「」
言葉が出なかった。
承太郎の長い腕が伸びてきて、その迫ってきた唇に飲み込まれたといった方が正しい。
唇が掠る。もう数oで密着する。咄嗟に私は拳を振り上げた。
身長差から、彼が身を屈めていたから、丁度みぞおちに入った。
威力の程は人を殴ること自体が初めてなのでわからない。
それでも長身の彼が体を丸める程度には効いたみたいだ。


「ばっかじゃないの!!私がヤケになって喜ぶとでも思ったの!?」
私は承太郎を置いて走った。つまり逃げた。

明らかに心臓が跳ねている。走っているからだろう。
この冬の寒空の下で、私の唇の先がじわじわと熱を持っているのも、きっと走っているから、
体温が上がっているんだ。
同情であんなことをする奴だとは思わなかった。


明日もう一度承太郎を殴ろう。
本当に、もう恋ってものにはうんざりしている。

走りながらごちゃごちゃと頭は色んなことを考えていた。
承太郎が私を好きなはずなんてない。きっと失恋に託けてるんだ。
でも、どうして。理由は?
彼の告白を否定する要素は無かった。

もう恋なんてうんざり。だけど。
でも、殴っちゃったし。


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