旧夢 | ナノ

▼承太郎:年下はお好き?

大学の長期休暇。私は久しぶりに実家に帰ってきた。
電気もガスも水道も。この間一切掛からないのだと思うとお母さんの手料理がとても恋しくなったからだ。
とはいえ、ずっと母の手料理だけ食べるわけじゃない。母が外出、冷蔵庫には何もない。こんな日だって一日くらいはあるものだ。
空きっ腹の娘(大学生)を置いて母は隣の空条さん家に行っている。回覧板を届けるというのは一時間以上もかかる大仕事なのだ。聖子さんは優しくてうちの良く言って大らかな母とは気が合うらしい。迷惑かけてないといいけど。
空条さんの家は聖子さんと、いつも不在の旦那さんと、承太郎君がいる。
承太郎くん、といって思い浮かぶ姿はランドセルをガタガタ鳴らして走ってくるあのやんちゃ坊やだ。


聖子さんの前では大人しくお母さん子の承太郎君。
ある日の朝、当時中学生だった私が家を出ると、隣の空条邸前で、聖子さんが承太郎君を見送っていた。
「承太郎、給食セットは持った?絵の具は?」
「絵の具はこの前学校に置いてきたよ」

可愛いじゃない、毎朝いいわね、お母さんの見送りなんて。
そう思いながら「おはよーございまーす」って二人の顔も見ないで挨拶して通り過ぎた。
「おはよーう」って聖子さんの挨拶を背中で受けても振り返らない。挨拶したし。
当時の私は何でも面倒臭い、だるーい、私ってクールなのって感じでスカしてたりして悪いことはしないけど、割と反抗期だった。

暫く歩くとダカダカダカダカってランドセルの中で箸箱でも揺れるような音がして、パンッと尻を叩かれた。
「おはよ…」
承太郎君だ。ちっせぇの。
「おはよ。朝から元気だね」
スカしてはいたけど小さな男の子を邪険にする程意地悪じゃない。
適当に話題を振った。

「絵の具セット持った?」
「学校に置いて来た。関係ないだろソレ」
憮然として言う。聖子さんの前では純真でお利口さんなくせに、二人になると途端に大人ぶって背伸びをしだす。そこが子供なんだって思うけど、やっぱりこの年頃の可愛さってやつだ。
「そっか、じゃあ今何してンの。学校でさ」
「うーん。英語が始まった」
「英語?それならちゃんとやんなきゃね。中学上がったらもっと面倒になるよ」
「面倒?簡単だろ、英語なんて」
「そーかな。…そーかもね」
承太郎君ハーフだし。お祖父ちゃんなんて完全に白人だし。ブルジョワだし。
「 ?」
承太郎君が英語で何か言った。なんだって?

私は無表情で承太郎君を見つめて、前を向き直って逃げの一言。
「朝から英語なんてかったる」
「…そーだな」
承太郎君はあっさり黙った。大人気ないとか思ってるだろう。

「…俺も中学いきてーな」
「ふふ」
なんとも可愛い言葉をぽつりと言った承太郎君に思わず笑ってしまった。
「子供だね。もっと大人になったら中学なんて面倒って思うよ」
「ガキ扱いすんな」
私を見上げて、承太郎君はぴしゃりと言った。怒らせてしまったらしい。
それっきり何を言ってもだんまりになってしまった。

「じゃーね、承太郎君」
途中で別れておしまい。こんな他愛のない思い出はいくつもあるだろうがあんまり覚えていない。
最後に会ったのは彼が中学生くらいで大きくなっていたような気もするが、あの承太郎君とランドセルの承太郎君は別人な感じがする。


そろそろ空腹もいい頃だ。懐かしの定食屋にでも行くか。
財布をポッケに入れて家を出る。出たところで、空条家の前に大きな男の人がいた。
学ランだと理解するとそれは承太郎君なんだろう、と思い至る。

「承太郎君?」
声を掛けると承太郎君はぽかん、とした顔を引き締めて「ああ」と言った。
声変わりもしちゃって。本当に大きくなったなぁ。いや、最後に会った時もそんな声だったか。
「でっかくなったね。高校生か。」
クールにそびえたつ承太郎君に近寄っていって背を比べるも無駄だ。
どうみたって届かん。
「身長は?凄いね。何食べて育ったの」
「195だ。」
「おおお!あと5pで2mじゃん!!」
「別になりたくねぇ」
承太郎君はクールだ。それもそうだ。
2mあったってキリのいい数字ってだけで何があるわけでもない。

「そうか。そりゃそうだよね大きすぎても不便って言うし。じゃ。」
特に盛り上がるわけでもないし、さあ飯だ。っと歩き出そうとしたところ、手首を掴まれる。
突然で驚きはするけれど、承太郎君って子供の頃からこういうところは変わらないんだなと思う。
「何処に行くんだ?」
「どっか食べに行く。家の中何にも無いんだ」
「俺も行く。奢ってやるよ」
「奢りはいいよ。」
高校生に驕ってもらうなんてなんか嫌だ。いい時計してるみたいだけどさ。
まぁでも確かに久しぶりだし。隣のお姉さんが驕ってやるよ。
「行こうか」って言って私達は歩き始めた。

承太郎君を連れてふらふらと私達は歩く。
懐かしい道。ここ数年は通ってなかった。

喫茶店やらを通り過ぎて、信号待ち。
ちゃんと交通ルールを守ってるってのに隣の車線の車がブルンブルンと煽ってきた。
こちとら歩道だぞ。承太郎君が困るだろうが。
文句言ってやろうと一歩踏み出したところで突然車が発進した。
危ない距離だったけれど、承太郎君が咄嗟に私の腕を引いてくれて顔面に排気ガスをくらうだけで住んだ。
「ぶっ殺すぞ!イモ野郎!」
吸い込まないように腹から声を出す。
どうせ二度と会わないし、こういうのは一言文句を言っておしまいにするに限る。

承太郎君はいつのまにか煙草を吸っていた。
この子は不良になってしまったんだなぁ。
「災難だったねぇ」と笑って私達は青信号を渡った。

懐かしい定食屋はあんまり変わらない。
「懐かしいな、まだこの店やってたんだ。
家の母さん、旅行ついでに寮に来ちゃうから一度も帰ってなかったんだ」
「知ってる。」
「あ、知ってた?」
まぁ、母さんと聖子さんはしょっちゅうお喋りしてそうだもんね。
私は懐かしいメニューを頼んだ。承太郎君も同じものを、と注文する。

「承太郎君は高校で何してンの」
「その質問好きだな。」
「そう?」
「前もそう聞いてきたぜ。」
そう言われても。思い出せない。他愛もない話ってのはそんなもんだ。
「そうだっけ?で、どうなのよ」
「アンタこそ」
質問を返されて、うーんと私は少し考える。

「え、あー必須科目の英語がキツい…なんかこんな会話したことあるね?」
確かにこんな感じの会話をしたことがあるような気がする。
「苦手か」
「苦手が高じて嫌いだわ。落としたら短期留学しなきゃなんないかも。」
学費がかさむし絶対に嫌だ。
「俺が教えてやってもいいぜ」
「承太郎君高校生じゃん」
「俺は英語は得意だ。問題なんかねぇだろ」
「嫌だよ年下に教えてもらうなんてさ」
承太郎君は黙ってしまった。いかん。怒らせた。
正にこんなやり取りをしたなぁって今日思い出したばっかりじゃないか。
沈黙の間に注文した料理が二人の前に差し出される。
私は会話の修正を考える。考えて別の話題で塗り替えることにした。

「そういや承太郎君いい年じゃん、恋人いる?」
「…テメーはどうなんだよ」
「え、まさか。居れば春休み中実家帰りなんてしないよ。」
承太郎君の食いっぷりは見てて気持ちのいいものがあるな。
男の子ってこうなんだろうか。仕事で疲れた父は少食だし、あとは女しか居ないからなぁ。
「春休み中ずっと居るのか。」
「居る居る。食費とか色々浮くし。でも明日から暇かもね。何もやることないし」
「そうか。」

それから黙々と食べて、先に食べ終えた承太郎君は立ち上がった。
「ナマエ」
呼ばれて見ると、チャリンと小銭を置く音がした。
「いつまでも俺をガキだと思ってんじゃねぇ」

ニヤリと笑って出て行く承太郎君の背中を眺めてから、二人分の料金が置かれているのに気がついた。
しまった、奢られた。


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